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ルポ・いのちの糧となる「食事」

下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

食べること、好きですか? 食いしん坊な私は、食べることが辛く、苦しい場合があるなんて考えたことがありませんでした。けれどそれは自分や身近な人が病気になったり、老い衰えたりしたとき、誰にも、ふいに起こり得ることでした。そこで「介護食」と「終末期の食事」にまつわる取り組みをルポすることにしました。

プロフィール下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

出版社勤務を経て、1994年より公衆衛生並びに健康・美容分野の書籍、雑誌の企画編集を行うチームSAMOA主宰。構成した近著は「疲れない身体の作り方」(小笠原清基著)、「精神科医が教える『うつ』を自分で治す本」(宮島賢也著)、ほか。書籍外では、企業広報誌、ウェブサイト等に健康情報連載。

第89回 余命短い人の「支え」を支える人を育てる 
エンドオブライフ・ケア協会、設立1周年

はじめに

 一般社団法人エンドオブライフ・ケア協会が設立1周年を迎え、4月23日、記念のシンポジウム「エンドオブライフ・ケア最前線の現状と課題 ~介護現場と非がんの問題を中心に~」を開催しました。同協会の活動をシンポジウムの一部も交えてご紹介します。
 エンドオブライフ・ケアは最期の日々の生活を支えることで、その中には食支援も含まれます。食べることを支える取り組みがケアの大変重要なポイントとなることも多いのではないかと考え、食支援に携わる医療・介護職の方々には、ぜひ、同協会の活動と人材育成プログラムを広く知っていただきたく、ご紹介することにしました。

尊い生命、見送るプロフェッショナルに
介護の未来を変える可能性を感じる

 エンドオブライフとは、人生の最終段階のことです。余命短い人を前にすると「すこしでも穏やかに」と思い、やすらかな旅立ちを願います。筆者も、家族介護者としてこれまで数度の看取りを経験する中、そう願いながらそばに居ました。
 家族がさまざまなものを手放していく姿を見守るのは切なく、せめて今日、1日を穏やかに終えてほしい。よりラクに呼吸し、眠り、すこしでも好物を口にして、微笑んでほしい。そのために何かサポートできることはないかと悩み、試行錯誤しました。そして何ができても、できなくても、看取った後には「もっとしてほしいこと、できたことがあったのではないか」と思い、人の存在の大きさ、喪失感を強く感じました。
 今は、この連載の取材や介護の学びを通じて、後悔はあるものの、病気や介護、その死によって家族と共有した宝物と無力・勝手な自分の愛しさに気づけ、ありがたいとすら思っていますが、また、そういう立場になることがあれば、同じ悩みをもち、ジタバタしそうです。人生の最終段階に立ち合うことは、誰も慣れるようなことではないのかもしれません。
 家族介護者ではなく医療・介護に携わる人、家族介護者が“プロ”だと思う人にも、看取りに関わる場合に無力感や苦手意識をもつ人は少なくないとのことです。
 公私共に「死」と接する経験が乏しければなおのこと、どのように関わったらよいのかわからないと悩む人が多いでしょうか。現代は日常から遠いところに「死」がある生活をしてきた人が多く、死にゆくことについて教育も乏しいので、やむを得ないと感じます。

 しかし、世界のどこの国もまだ経験したことがない超高齢・多死時代の到来が迫り、地域で人生の最終段階をみる機会が増えるのは確実です。これまであまり看取りに関わる機会がなかった医療・介護職も地域の中で自らの役割を認識し、余命短い人と家族を理解し、多職種で連携して援助するための言葉や作法を身につける必要に迫られています。
 そこで2015年4月、医療や介護に携わる人が、患者・利用者の看取りに関わる際に必要となる「援助的コミュニケーション力」を中心に、援助者の自信を養う基礎教育を行って、全国にエンドオブライフ・ケアができる人材を増やし、その人たちの交流を促進する団体として、一般社団法人エンドオブライフ・ケア協会が設立されたということです。
 同協会は、人生の最終段階に対するケアの質の向上をめざしており、人材育成プログラム「エンドオブライフ・ケア援助者養成基礎講座」を全国で開催すると共に、修了者や「エンドオブライフ・ケア援助士」の認定を受けた人のフォローアップ講座、事例と情報共有等のコミュニティ運営を行っています。
 設立1周年記念シンポジウムの冒頭、同協会理事・小澤竹俊先生(めぐみ在宅クリニック院長)が、
「2015年度は講座を636名が受講し(うち看護師53%、介護職22%)、苦手意識を『関わる自信』に変え、自身の職場で活かすと共に、職場の仲間などにその意義を伝え始めました。
 エンドオブライフ・ケア援助者養成基礎講座は、ケアの実践の“入学式”のようなもので、修了して終わりではない。実践を重ね、同じ意志をもつ地域の仲間と対話し、援助の質を高めて、人生の最終段階にある人とより豊かに関わることができるようになっていきましょう」
との趣意の挨拶を述べられました。

 同協会は、エンドオブライフ・ケアの学び・実践の核として、人生の最終段階にある人それぞれの「生命の支え」を支える、ということを置いています。
 患者・利用者が最期に、自分を支えてくれるものの存在に気づき、人生の意味を味わい、人生を肯定して、穏やかに終う。その援助を行うことが最期のケアであり、それは患者・利用者と家族にとって、また、看取りに関わった医療・介護職にとっても「よかった」と生命を讃えられる、貴重な経験となると考えられているのです。
 講座で学んだ医療・介護職は、目の前の人の「支え」は何か、援助的コミュニケーションによって引き出し、最期の日々も「支え」と共に生き抜いてもらえるよう支援しているとのこと。受講者の声を述べるとして登壇したシンポジストのお話をうかがって、人生の最終段階という状況ではなく、人生に亘って大切にしてきたものにフォーカスしたケアを受けられたら安心で、幸せだと感じました。
 特別養護老人ホーム施設長・広畑晶子さん(社会福祉法人白山福祉会)は、講座の受講によって事業所でスタッフのエンドオブライフ・ケアがどのように変化したかを発表しました。
 印象的だったのは、看取りの段階に入っても「死にゆく人」ではなく、「今日を生きる人」として尊厳を守る介護をすることを「最期に出会った者」「最も身近な他人」として全うするよう取り組むようになった、というお話です。
 広畑さんが勤務する施設のエンドオブライフ・ケアの様子はNHKが取材し「おはよう日本」で紹介されたとのことで、その映像が会場でも放映され、発表について理解を深めました。

 医療的に余命が短いと判断されても生活は続き、そのときこそキュアではなくケアを要することから介護職の専門性の発揮に期待が大きいと考えられていて、同協会設立1周年を記念したシンポジウムのテーマの1つに「介護現場でのエンドオブライフ・ケア」が据えられました。ぜひ、本稿をお読みの介護職の方々には、同協会のウェブサイトもご参照いただきたくアドレスを付します。
 エンドオブライフ・ケアの学びと実践は、介護の本分の一端を明らかにし、さまざまな課題や問題を抱え、希望やモチベーションを保ちにくいとされる介護の未来を変える可能性を感じます。学び、実践は2025年までまだ10年ある「今こそ」とも思います。
 また、余命短い人の食べることを支える際には、倫理的な判断がなされるために、患者・利用者がどのような食や価値を大切に生きてきたか、どのような選択を望むか、多職種がエンドオブライフ・ケアの視点で関わる必要を感じます。
 同協会のウェブサイトと併せて、小澤先生の近著「今日が人生最後の日だと思って生きなさい」(アスコム刊)もエンドオブライフ・ケアについて多くの示唆を含んでいますので、ぜひご参照ください。


 次回は、栄養補助食品・嚥下補助食品を開発・製造・販売する食品メーカー、ニュートリー株式会社のものづくりと、嚥下食についての啓発活動についてご紹介予定です。