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ルポ・いのちの糧となる「食事」

下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

食べること、好きですか? 食いしん坊な私は、食べることが辛く、苦しい場合があるなんて考えたことがありませんでした。けれどそれは自分や身近な人が病気になったり、老い衰えたりしたとき、誰にも、ふいに起こり得ることでした。そこで「介護食」と「終末期の食事」にまつわる取り組みをルポすることにしました。

プロフィール下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

出版社勤務を経て、1994年より公衆衛生並びに健康・美容分野の書籍、雑誌の企画編集を行うチームSAMOA主宰。構成した近著は「疲れない身体の作り方」(小笠原清基著)、「精神科医が教える『うつ』を自分で治す本」(宮島賢也著)、ほか。書籍外では、企業広報誌、ウェブサイト等に健康情報連載。

第60回 互助を引っ張る市民活動 
ローカル支え合い拠点での食支援(前編)

はじめに

 今回、取材にうかがったNPO法人てとりんが運営する「家族介護者支援センター てとりんハウス」(愛知県春日井市)は、食べることを支える取り組みが中心ではありません。とはいえある意味では食支援にもなっているカフェを常設していて、また、イベント的に介護食料理教室なども行なっているため、ご紹介することとしました。
 介護保険制度と地域包括ケアの進展によって介護は社会化され、要介護者と介護事業者(所)は制度に組み入れられたものの、家庭の中で家族を介護する人を支える仕組みはまだ制度の中にほとんどありません。
 しかし、長く介護に携わっている人のストレスや健康状態の悪化、孤立を防ぎ、支え合いの循環を保つことも含めて介護の“社会化”で、介護離職などによる貧困、虐待、心中、殺人といった凄惨な出来事を防ぐためにも、今後はすべての地域・生活者で取り組むべき課題となるのが「介護者支援」です。
 そして、こうした市民活動には医療・看護・介護・福祉の専門職の理解と協力が不可欠になると、一市民としても思っています。そこで先駆的な好事例紹介として取材をお願いしました。
 2010年に家族介護者、介護経験者の主婦4名が立ち上げた「けあらーずサークル・てとりん」を発展的に運営してきた、NPO法人てとりん代表理事の岩月万季代さんにお話をうかがいました。

気軽に立ち寄れ、ほっと和む場
介護負担自覚を促し、支援が始まる

 筆者がNPO法人てとりんを知ったのはNPO法人介護者サポートネットワークセンター・アラジンが主催した「介護者フォーラム2015 地域包括ケアにおける介護者支援とカフェの役割」(2015年6月27日・東京)でした。
 介護者支援。実はそれがどういうことか、知らないまま講義を聞きに行き、初めて世界の介護者支援の現状や先駆例について学びました。そして、自分が介護をしていたときのことも思い出し、介護者支援が介護者と要介護者の平穏な生活のために不可欠なものだと感じました。
 以後、関連図書を読むほか、新宿食支援研究会(五島朋幸先生主宰、通称「新食研」 詳しくは連載第5354回)のメンバーでもあるアラジンの河相ありみさんと新食研勉強会等で顔を合わせ、介護者支援についてうかがう機会を得たため、介護者支援の広がりの必要性をより強く思っています。
 それはさておき、先述のフォーラムのパネルディスカッションに登壇したパネリストの1人が岩月万季代さんで、ディスカッションの前に各パネリストが先駆的に行なっている事例を紹介する時間があり、岩月さんがNPO法人てとりんを設立し、何をしているのかあらましを聞いて、本連載でもぜひ取材をさせていただきたいと考えたのでした。
 NPO法人てとりんの設立は2012年です。2010年に発足した「けあらーずサークル・てとりん」が月1回「家族介護者のつどい」を開催してきて、2011年より週1回「介護おしゃべりサロン」を開催。傾聴をベースとした介護者の心のケアを行なってきましたが、事業を発展させるためNPO法人化したということです。
 2013年には春日井市制70周年記念事業として「かすがい介護フェスティバル」と題し、介護サービスを利用する市民の視点で介護関連情報を集め、展示するイベントを開催。市民に介護に関する情報提供を行ないつつ、行政機関ほか地域の介護関連事業所、医療機関、NPOなど多数の介護関連団体がブース出展に協力をしてくれ、現在も連携しています。
 そして2014年6月、けあらーずサークル発足以来、念願だったという「常設の介護者支援の場」を開所し、カフェ事業を始めたとのこと。現在、NPO法人てとりんが運営する「家族介護者支援センター てとりんハウス」では文末の表のような事業が行われています。
 代表理事の岩月さんはがんセンター勤務経験もある看護師ですが、「病院勤務からは離れて久しく、サークル発足の動機は個人的な介護体験です。看護師としてというより一市民として“介護者支援が必要”という気持ちでした。現在、勉強しながら介護相談、健康相談にも応じていますが、踏み込んだ内容は連携していただいている医療・看護、介護関係者につないでいます」と話します。

「常設の『場』をもちたかったのは、月1、月2、週1回の活動をしていく中で、支援者のタイミングではなく、介護者のタイミングで相談できる場所が開かれていなければ、支えきれない介護者がいることに気づいたからです。
 けあらーずサークルを始めたとき、飲食業をやるとは考えてもいなかったけれど、カフェスタイルだから入りやすく、ほっとでき、話しやすいというのがあるようです。
 始める前に、先駆者として訪ね、お話をうかがった大阪のNPO法人つどい場さくらちゃん理事長・丸尾多恵子さんも『飲食がなかったら会議になってしまう』とおっしゃっています。まずは束の間、家庭での介護から離れ、緊張を解いていただくために、カフェスタイルにしました。
 実際に“近所の喫茶店に来ている顔”で半年ほど通った後、実は何年も1人で家族の介護をしてきた……などと介護の状況を話し始める人もいます。
 介護者にタイミングを委ねる余裕のある、継続的な関係づくりがあってこそ、支援が可能になります。正直なところ“ママさん”などと呼ばれるのにはまだ慣れませんが……(笑)」(岩月さん)。

 要介護者への食支援については、岩月さん自身が介護に携わる中で、要介護者の食を支える負担の大きさを身にしみて感じた体験から、介護者支援で「食の相談にのる」は不可欠なことと考えていて、実際に相談を受けることが少なくないそうです。
 また、忙しい中でついなおざりにしてしまいがちになる介護者の食についても支援は必要で、カフェでのモーニングサービスやランチサービスの提供が一助となっています。


「要介護者が食べ慣れていて、食が進み、消化吸収のよい食事を、毎日3食、献立を変えて出すのは大変なことです。栄養管理が必要な場合は家族分の仕度と分けて準備しなければならなかったり、食べられる量が少ない場合は回数を増やし、食事介助に時間がかかる場合もあります。
 それでも食事が十分にとれるか否か、いのちに関わることだと思うから、多くの介護者はできる限りの工夫をして、疲れ果てていても手を抜けません。要介護者の唯一の楽しみが“食べること”になっていたりすれば、なおさらです。
 療養中の要介護者の食のニーズに妥協はなくて、手をかければ食べやすく、おいしいものが出せますが、その分、介護者の負担は大きくなります。
 昨年は、介護者、要介護者への食支援に精通しておられる五十嵐桂葉先生率いる管理栄養士集団・NPO法人LET’S食の絆にご協力いただき、介護食の料理教室を開き、内容そのものは大変好評でした。
 しかし、介護者の中には気持ちに余裕がない方も少なくありません。『行って、習う』はハードルが高すぎたかもしれない、試食会の方がよかったかもしれないと反省しています」(岩月さん)。

 岩月さんは料理教室や健康相談などの催事を、介護相談を引き出すきっかけづくりとして開催しています。

「カフェでは『介護者自身から介護状況を話してもらうこと』が支援のきっかけとして大事なことですが、介護者自身が負担やストレスに自覚的でない場合もあり、とくに男性の介護者に多く見られます。
 自覚していても地域に人間関係がないから、メンツがあるから、手助けを求めにくいということもあるかもしれません。しかし、孤立した状態が長く続き、ストレスや疲労が蓄積し、介護者自身も心身の健康を害すれば虐待など不幸な出来事を招くリスクになってしまいます。
 イベントをきっかけに、個々のアセスメントにつないで、介護者に介護に携わっている時間や、自身の健康状態を認識していただきます。血圧を測るとIII度高血圧を示す人も少なくないので、すぐに医療機関の受診を勧めます。介護者自身に『自分も支援を受けるべき存在』と気づいてもらうことが、介護状況を聞き、介護負担軽減のサービスにつなぐ最初の1歩です」(岩月さん)。

 次回も引き続き、NPO法人てとりん代表理事の岩月万季代さんのインタビューを掲載します。

常設カフェ介護者の居場所づくり事業 兼 相談事業火曜~日曜、7時半~16時(月曜、第3土曜定休)。誰でも気軽に入れるカフェだが、傾聴の研修を受けたボランティアスタッフに介護の悩みや愚痴を聞いてもらえ、困りごと相談もできる(アセスメント結果により地域各機関と連携も)。岩月さんは“ママ”と呼ばれ、エプロン姿のまま相談を受け付けている。モーニング(300円)、ヘルシー日替わりランチ(500円)もある(本文中写真は取材当日のランチ)
常設「介護と暮らしの情報コーナー」情報収集提供事業近隣の介護関連事業所やサービスの情報(制度外のサービスも含む)、医療・看護・介護・福祉関連記事のスクラップや介護関連図書が閲覧できる(一部、貸出も)。パンフレットやチラシは電子データ化
認知症カフェ介護者の居場所づくり事業 兼 相談事業平素から認知症の本人・家族のカフェ利用はあるが、認知症の介護者が来やすいようあえて毎週日曜日を「認知症カフェ」と表示している(誰でもカフェ利用可能)。認知症の人にはスタッフが付き添い、話し相手になる(一般のカフェ利用者も、顔を合わせる回を重ねるごとに自ずと認知症への理解を深め、顔なじみとして打ち解けるなども)。介護者は束の間、別のスタッフとおしゃべりで息抜き(困りごと相談も)。第1、2、3、4日曜日は「歌声カフェ」も開かれ、ボランティア演奏家の伴奏で歌うのが恒例に
家族介護者のつどい介護者の居場所づくり事業 兼 相談事業家族介護者同士で、日々の介護について語り合い、聞き合う。参加者を介護者に限定することで、打ち明けにくい話題も話しやすい。毎月第2火曜日午後と第3土曜日午前に開催
専門相談相談事業認知症専門医や薬剤師、看護師など近隣の専門職などが定期的にカフェで開催(すべてボランティア)。認知症医療相談(月1回)、お薬相談(月1回)、介護相談(月1回)、健康相談(月2回、介護者のストレスチェックや握力測定、普段の食事の塩分チェックなど)、介護・医療相談(月2回)、ケアプラン相談(月1回)など。個別面談や囲み座談など、相談スタイルはさまざま。病院では診療時間内等に聞けない生活上のアドバイスも受けやすく、リピーターも多い。介護者リフレッシュ企画としてアロマハンドマッサージ(セラピストが提供)、腰痛相談(整形外科医が対応)なども
認知症家庭介護サポーター養成講座人材育成事業基礎編では家庭介護者支援の意義と、介護者支援の基礎として「利用できる介護サービス」について学び、傾聴を学ぶ。ステップアップ編では介護者の心理と特性、認知症、家族介護者の健康リスクについて学ぶ等
各種セミナー、講座開催人材育成事業 または 介護者支援の啓発事業介護者向けには「介護食料理教室」「認知症講座」「脳卒中講座」など、一般向けには「介護保険制度学習」や「高齢者・介護者のための口腔ケア教室」なども。一方、ボランティア育成の場にもなっていて看護学部学生が傾聴実習を行なうほか、市の市民活動支援センター(ささえ愛センター)などからボランティア体験等も受け入れている(本文中写真は取材当日ボランティア体験の小中学生)
  • *これとは別に、家族介護者のストレス電話相談(社会福祉協議会委託事業)
    若年性認知症本人の就労・社会参加支援
    リサイクル介護用品バザー(福祉用具の使い方について、専門員が相談に対応)も行なう。