メニュー(閉じる)
閉じる

ここから本文です

宗澤忠雄の福祉の世界に夢うつつ

宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

疲労が溜まりやすい福祉の現場。
皆さんは過度な疲労やストレスを溜めていませんか?
そんな日常のストレスを和らげる、チョットほっとする話を毎週お届けします。

プロフィール宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

大阪府生まれ。現在、埼玉大学教育学部にて教鞭をとる。
さいたま市障害者施策推進協議会会長等を務め、埼玉県内の市町村障害者計画・障害福祉計画の策定・管理等に取り組む。著書に、『医療福祉相談ガイド』(中央法規)、『成人期障害者の虐待または不適切な行為に関する実態調査報告』(やどかり出版)等。青年時代にキリスト教会のオルガン演奏者をつとめたこともある音楽通。特技は、料理。趣味は、ピアノ、写真、登山、バードウォッチング。

静岡県虐待防止研修に参加して

 8月13日、「障害者虐待事案から学ぶ」をテーマとする静岡県虐待防止研修に講師として参加しました。

 福祉・教育分野の研修は、職員・教員が本来の仕事から離れやすいお盆の時節に開催されることが珍しくありません。埼玉大学で毎年開催する教育免許状更新講習も、お盆の時節に開かれています。

 日々の暮らしや子どもたちの成長・発達に係る支援の仕事は、日祝のような休日はありません。一年365日の間、子育てや介護がずっと休みなく営まれているのと同様です。それでも、支援現場の利用者数は、お盆には一時的に減少するため、この時節に研修が開かれることになるのです。

 残酷暑(「残暑」と「酷暑」を合わせた私製造語)の、世間の多くがお盆休みの最中に「虐待防止研修」となると、受講者の「やる気」についていささか心配になるのが普通なのです。「虐待」という2文字だけで暑苦しい(笑)

 しかし、これがまったく違うのです。私の担当部分は、受講者が300名近い人数の、3時間の研修ですが、はじめから終わりまで、受講者の集中力が途切れる様子はありません。

 この背景には、それぞれの支援者にとって、障害のある人の虐待防止の取り組みがこれまで以上に具体的で切実な課題として鮮明になってきた事実があるのではないでしょうか。障害のある子ども・成年に係る虐待事案は、従来よりも広範囲に発生している事実が明らかになりつつあります。

 入所型だけでなく通所型のサービスにおいても多数の虐待事案が発生しています。伝統的な社会福祉法人だけでなく、異業種からの参入組にNPOや株式会社を含め、経営セクターの種別に拘わらず虐待事案が発生している点も看過できません。

 支援現場や地域社会における虐待防止の認識は、従来以上に、支援者や現場ごとのコントラストが明確になってきているように思います。旧態依然とした体質からほとんど何も変わっていない、変わろうともしていない支援者や現場があるかと思えば、虐待防止の取り組みを機に人権擁護に係る視点と取り組みを抜本的に改めようと努力してきたところもあります。

 時代錯誤なまでの虐待事案は、学校教育においても目立ちます。昨年8月に明るみに出た東京都立永福学園の虐待は、バスケットボール部の顧問である教師が「校外外周を1分25秒以内に走れ」と指示したことに対し、「43秒遅れたから、罰として校外外周を43周走れ」とした事案です。生徒は、熱中症で倒れているところを発見されました。

 誰がどのように考えても、不合理で無意味な懲罰的虐待に過ぎないことが、「指導」や「教育」の名の下に行われている事実に対して、激しい憤りを覚えます。この顧問教師のしたことは、バスケットボール部の指導というよりも、戦前の軍事教練と何ら変わるところがありません。

 しかも、この事案の「体罰」としての認定と「停職1か月」というささやかな処分を出すだけに1年の歳月がかかるというのですから、学校・保育所・病院の「間接防止義務」の実効性が疑われても仕方ありません。虐待防止法の改正に必要不可欠な論点とするべきところです。

 虐待防止の取り組みが進む中で、地域のネットワークがより有機的なつながりを形成し、連携支援の力を高めるようになってきたところも目立ちます。このような点では、虐待防止に係る取り組みの地域間格差も拡大している点が心配です。

 さて、研修当日の静岡は気温33℃、湿度90%でした。35度を超える猛暑日ではありませんが、湿度の高さから「息苦しい蒸し暑さ」に包まれています。朝と昼は食欲がなく食事をスルーしたまま研修を終えて、新幹線のプラットホームにボッーと立っていると、可動式のホームドアが設置されていないことに気づきました。

 新幹線の静岡駅は、新横浜駅に近い乗降客数のある駅です。リニアに巨大な資金がつぎ込めるのであれば、東海道新幹線の各駅に可動式ホームドアを設置するなんて訳もないはずだと思うのは、私の鉄道事業者に対する無理解があるからなのでしょうか。


いちのやの鰻

 そして、川越に戻って一日の〆は、外食では数年ぶりの鰻となりました。

 川越の「いちのや」の鰻は格別です。天保3年(1832年)創業の老舗ならではの、焼きとたれが最高に美味しい。しかし、店内の様子が以前と変わっている点は大いに気がかりです。

 10年前なら、家族連れのお客さんも含め、「特別の贅沢をすると腹をくくって、いちのやの鰻を食べに来た」客の活気に店内が溢れていた記憶があるのです。今や、どことなく静寂です。お値段は以前よりかなりお高くなっていますから、お店の敷居がうんと高くなっていることは間違いありません。

 何とか庶民の手が届く「特別の贅沢」の範囲から、「いちのやの鰻」は遠い存在となってしまったのではないか。

 記憶は定かではありませんが、私も少なくとも過去6年はいちのやの鰻を食べていません。久しぶりの鰻を頬張りながら、「いちのやの鰻はこれが最後かもしれない」と心の中で手を合わせ、しんみりした気持ちに包まれてしまいました。ウナギはもはや伝説の食べ物になりつつあるのでしょう。