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宗澤忠雄の福祉の世界に夢うつつ

宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

疲労が溜まりやすい福祉の現場。
皆さんは過度な疲労やストレスを溜めていませんか?
そんな日常のストレスを和らげる、チョットほっとする話を毎週お届けします。

プロフィール宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

大阪府生まれ。現在、埼玉大学教育学部にて教鞭をとる。
さいたま市障害者施策推進協議会会長等を務め、埼玉県内の市町村障害者計画・障害福祉計画の策定・管理等に取り組む。著書に、『医療福祉相談ガイド』(中央法規)、『成人期障害者の虐待または不適切な行為に関する実態調査報告』(やどかり出版)等。青年時代にキリスト教会のオルガン演奏者をつとめたこともある音楽通。特技は、料理。趣味は、ピアノ、写真、登山、バードウォッチング。

暮らしの復興に向けた取り組みを

 3月11日が近づくにつれて、震災と原発事故に関連するマスコミの報道は洪水のように溢れました。それも今や、水が退くように消えてきました。今回は、福祉的な支援について、気仙地域の現状から考えてみたいと思います。

陸前高田の東北レインボーハウス
-大勢の人たちの協力によってつくられた

 小中学校の校庭に並ぶ仮設住宅は、子どもたちの遊びや運動の場を奪うことになりました。海と山に挟まれて平地の乏しい三陸沿岸部ならではの問題とはいえ、子どもたちの成長・発達への具体的な悪影響が出ていると指摘されています。とくに、運動不足に伴う体力の低下は、岩手県と宮城県の学校・教育委員会関係者が深刻な問題だと受けとめています。

レインボーハウスの落書き

 仮設住宅の狭隘さと遮音性のなさをめぐる問題もあります。狭い仮設住宅の中に家族が4人も押し込まれると、自宅の中で子どもの学習する空間はなかなか確保できません。隣の仮設住宅とは、携帯電話の鳴る音や話す声さえ筒抜けの状態ですから、学習に集中できるような環境でもありません。隣の家族で夫婦喧嘩でも始まれば、小学生や中学生にとって勉強どころではないのです。

レインボーハウスの「火山の部屋」
-子どもたちだけでなく、子を亡くした親も含めて、やり場のない気持ちをサンドバックにぶつける

 とくに、学習の意味が独立する小学校4年生以上の子どもたちにとって、自宅が学習の場とならない問題は、その後の学習の態度や習慣の形成・発達に深い影をもたらすことさえあるでしょう。高校受験を控えた中学生ともなると、進路を左右する深刻な問題です。

 このように、体を使って遊ぶことやスポーツすることにも困難があり、学習にふさわしい場を確保することにも難しさがあるとすれば、子どもたちの発達の様々な面に歪が生じてくるのは当たり前です。そこで、子育ての渦中にある親御さんは、何とか自宅再建を急ぎたいと願うのですが、それはそれでまた別の困難に出くわします。

 津波をかぶった沿岸部の平地部分は、かさ上げ工事の真っ只中です。私が今回訪れた気仙地域のかさ上げ工事が完成するのは、7年後だというのです。でも、子育ての渦中にある家族は、7年後まで待つわけにはいかない。いつになったら、自宅再建か災害公営住宅に移り住むことができるのでしょう。子育ての渦中にある親御さんの不安は募るばかりです。

 なによりも深刻な問題は、子どもを養って高等教育までを見通すに足る収入を得るための職がありません。すると、この地域に住み続けることに何のメリットもないのですから、子育て現役世帯は沿岸部に見切りをつけ、内陸部へ流出していく動きに歯止めがかからない状態となって、沿岸部の人口減少が続いているのです。気仙地域の場合は、一関市から北上市にかけての内陸部への移住が増えているということでした。

 核家族小規模化の進むわが国にあって、岩手県はもっとも三世代大家族の残っていた地域です。それがまず、仮設住宅の狭隘さによって、高齢者世帯(祖父・祖母の世帯)と親子世帯(父母とその子どもたちの世帯)への分解が一挙に進みます。沿岸部では津波被害の生々しい体験が残る上、体感できる余震が今でも続いています。そこで、安全確保の見地から、高齢者を優先して内陸部の「みなし仮設」に移った世帯もかなりありました。

 震災以前は、一つ屋根の下でともに暮らしてきた三世代家族が、仮設住宅と「みなし仮設」によって分解され、高齢者世帯と子育て世帯で住む地域さえ異にせざるを得ない事態が生じたのです。ここから事態は新しい局面に移ります。

 震災直後に内陸部の「みなし仮設」に移っていた高齢者世帯は、沿岸部に災害公営住宅が完成すると故郷に戻ろうとし、若い子育て世帯は職のない沿岸部を離れて内陸部に転出しようとする。仮設住宅によって大家族を分解したことは、皮肉なことに、高齢者世帯と子育て世帯がそれぞれの移住を可能とし、とくに子育て世帯が内陸部に転出する条件づくりをしたという一面があるといえるでしょう。

 すると、地域の少子高齢化が一段と進んで、地域の購買力も衰退するために、さまざまな商店経営は成り立たなくなる。すると、ますます雇用の場は失われ、さらに若年世代は転出していく。まさに、復興というよりも、地域社会の縮減にひたすら向かっていく悪循環が生じています。

 新聞報道によれば、震災前からの減少率は、陸前高田市16.1%、大船渡市5.4%、釜石市9.5%、大槌町21.8%となっています(3月9日朝日新聞朝刊)。少子高齢化によって徐々に進行していた極点社会化=地域社会消滅へのテンポが震災によって加速されたのです。人口減少率がもっとも低い大船渡市は、近隣自治体と比べて相対的に雇用の場がある地域ですが、それでも高齢者世帯の戻りを越えて若年世帯が転出していると聞きました。

 津波で自営業の店舗が流されてしまった家族での出来事です。震災前は夫婦で切り盛りしてきた店舗を再建するのかどうかについて、夫婦が喧々諤々の話し合いをはじめます。かさ上げ工事の完了した土地がいつから店舗のために使えるのか、資金をどう工面するのか、借金を返済できるだけ儲けが期待できるのか、地域の人口減少や高齢化に歯止めがかかるのか等々、山のような難問がでてきます。しかも、通常の店舗経営の課題としては、ほとんど誰も経験したことのない課題ばかり。そこに、自宅再建や災害公営住宅の家賃支払いのことまで考慮するとなると、家族の死活問題をめぐる夫婦の話し合いはけんか腰になっていきます。

 これは夫婦間のDVではありません。しかし、激しい夫婦の言い争いは、子どもたちにとってはお父さんとお母さんの大ゲンカとしか受け止められず、そこで子どもたちが痛く傷ついているというのです。もちろん、このやり切れない日常の中から、アルコール問題が絡むようになって、DVや虐待・不適切な養育に陥るケースもあります。

 その他にも、様々な福祉・介護ニーズが山積しています。乳幼児健診を機に何らかの障害の発見されたケースでは、父母の暮らしの見通しが障害の受容を大きく左右する事実もあります。高齢領域では、震災直後の避難所から仮設住宅に向かう暮らしの大変動と落ち着きのなさが、認知症の引き金となったり進行を加速したり、動きの乏しい暮らしを強いられたことが心身機能の低下や廃用症候群による要介護度の重度化を大規模にもたらしました。

 それでいて、職業的支援者の人手は全く足りません。ボランティアも全く不足している。ミニ特養を開設しようとしても人手不足から、定員を下げてでしか開所できないのです。

 陸前高田には、被災した子どもたちを支援するレインボーハウスがあしなが育英会によって建設されています。阪神淡路大震災の経験と実績のある団体とスタッフによる取り組みですが、「阪神淡路大震災との状況の違いを思い知らされた」とうかがいました。

レインボーハウスの遊ぶための空間
-左上は親の見守るための小窓

 この地域には、厳しい自然と向き合ってきた長い歴史に由来するのか、無常観をベースに困難や悩みを奥歯で噛みしめたまま外に出そうとしない文化性が強いと言います。その上、甚大な被害をもたらした津波の体験は、海そのものがトラウマになっているようなお母さんもいて、沿岸の道を車をレインボーハウスまで走らせるだけで辛い思いを募らせるというのです。

親の集う部屋-左は子どもたちを見守る窓

 神戸は、大都市機能の復興は早かったし、地域に学生はたくさんいたし大阪や京都から大勢の若者がやってくるなど、支援に必要なマンパワーに不足や不便を感じることはあまりなかった。これに対し、陸前高田は暮らしに必要な最低限の機能の復興さえ時間はかかるし、マンパワーは丸で足らないといいます。

 とくに、子どもたちへの支援は、学習支援を軸に据えながら遊びをともにする取り組みを継続していくことが大切です。このような取り組みを積み重ねる中で、「あのね、実はね…」と震災で傷ついた体験や胸の内を他者に打ち明け、公共圏に開き、子どもたちの魂の復興と充実に向けた歩みを確かなものにしていくことができます。

「あのね…」と打ち明けるための空間

 この取り組みの中心と期待したい若者は、この地域に大学や専門学校はないためにほとんどいません。そこで、他の地域から来てもらうしかないのだが、現状ではなかなかそれも期待できないというのです。

 震災直後の混乱期を中心とする課題に対応してきた単発的なボランティアとは異なり、現在の子ども支援の課題は、支援に一定の質を担保し、継続的な係わりをつくることのできる支援者とボランティアの組織化が急務であると考えます。子どもの支援の充実は、地域の少子高齢化に歯止めをかけていくためにも重要な課題です。

 この地域の復興を成し遂げることができるかどうかは、少子高齢化に歯止めのかからないわが国すべての地域社会の将来を占う試金石となっています。どの地域の人たちにとっても他人ごとではないのです。民衆の暮らしの復興に資する営みを全国の人たちが共にできるようなシステムの大規模な再構成が求められています。