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認知症の人の困りごとを解決するヒントとは

対談 稲田秀樹さん×丹野智文さん

認知症の人に対して、どのような支援・かかわり方をすれば、より暮らしやすく、より前向きに生活することができるのでしょうか。新刊 『認知症の人の〝困りごと〞解決ブック 本人・家族・支援者の気持ちがラクになる90のヒント』 (中央法規) の著者である稲田秀樹さんと、当事者の視点でさまざまな発信をしている丹野智文さんが、その思いを語り合います。


本人の困りごとに目を向ける

丹野 新刊が発売されるということで、おめでとうございます。どのような内容なのですか?

稲田 端的にいうと、認知症の人の困りごとを解決するためのヒント集です。認知症の人が生活するなかで感じる90の困りごとについて、それぞれにヒントを示しています。

丹野 本人の困りごとを取り上げているのですね。

稲田 はい、支援の入り口は本人です。そこを外すわけにはいきませんから。しかし、本人に対して十分に目を向けていない専門職は、意外と多いように思います。

丹野 どうしても「家族の困りごと」の解決が優先されがちですからね。でも、本人はないがしろにされると、怒るし不穏にもなる。本人の困りごとに目を向け、本人が笑顔で前向きに生活できれば、家族も楽になるんですけどね。

稲田 本当にそう思います。今回の新刊では、イラストをたくさん掲載しているのですが、認知症の人が困っている場面はあまり描いていないんです。生活を工夫することによって、外に出ていきいきと暮らしていけるのだということをイラストで強調しました。

自分のことを自分でできるように

稲田 丹野さんは生活のなかで意識していることはありますか?

丹野 自分のことを自分でやるということです。たとえば、私は講演のために全国各地に行く機会があるのですが、荷物は自分で準備します。もちろん、忘れ物をすることはありますが、自分でやっているから誰にも文句を言えない。つまり自己責任です。
 認知症になると、「何もできないだろうから」と家族が心配して、何でもやってしまいがちですよね。そうすると、忘れ物があったときに、「どうしてないのか」と家族に対して怒ることになるでしょう。よかれと思ってやったことが、逆効果になってしまうのです。私は家族に怒ることがないのですが、それは自分のことを自分で決めているからです。

稲田 認知症ケアでは、「できることを奪わない」ことが大切ですが、その意味では、「困ること」を取り除きすぎるのはよくないのかもしれませんね。

丹野 はい、失敗してもいいと思うんです。失敗するから工夫するようになります。心配することは大切ですが、本人にとってどうするのがよいか。その視点を大切にしてほしいですね。

行動を制限しない

丹野 僕は講演で必ず話していることがあります。それは、認知症の進行は止められないけれど、止められることが2つあるということです。1つは、行動の制限。家族は心配して、財布を取り上げたり、一人で出かけるのを禁止したりします。すると、本人はすべてをあきらめて、うつになってしまう。
 もう一つは、何でも先回りすること。それによって、本人は自分で考えることができなくなって、誰かに依存してしまいます。
 この「うつ」と「依存」を防ぐことができたら、本人は認知症があっても幸せに暮らせると思っています。

稲田 依存する環境に慣れると、無気力な状態になってしまいます。それによって、BPSDなどが出ることもあるでしょう。本人にできることをやってもらう、あるいは本人ができること
を見つける。そういう支援が大切です。それは認知症が重度になっても同じです。進行したら何もできないという考え方は改めなければいけません。  私は、今回の新刊のなかで、認知症の人が暮らしやすくなる方法として、スマホの上手な活用を提案しているのですが、そのあたり丹野さんはいかがですか?

丹野 社会とつながるためにも、スマホの存在は重要です。よく「認知症の人はスマホが使えない」と言われますが、そんなことはありません。社会から遮断されると、誰からも連絡がこなくなり、結果的に使わなくなってしまう。でも、地域の人とつながっていれば、飲み会や遊びの誘いなどがあるかもしれません。

稲田 デイサービスによっては、「携帯電話や財布を持たせないでください」というところがあります。何かあったときのリスク管理のためなのでしょう。同様に、台所仕事なども危険だからとやらせない。そういうところが多いように思います。

丹野 僕が元気でいられるのは、自由があるからです。好きなときにスマホを使って、好きなものを好きなように買うことができる。それが当たり前の暮らし方です。認知症になったからといって奪われたら、生活への意欲は失われてしまうでしょう。

稲田 自立支援の考え方であれば、「スマホの使い方を忘れない」ということがサービスの目標であってもよいと思うのです。スマホの使用や買い物は、その人のQOLを向上させる方法といえます。これからは、そうしたことがサービス計画に位置付けられるぐらいに、介護保険制度は柔軟になってほしいものです。

丹野 最近思うのは、財布を持っていない人は、自分で物事を決められなくなってしまうということです。「何をしたいか」「何を食べたいか」と聞いても、「何でもいい」という返事しかありません。
 でも、僕がその人の家族に頭を下げて、本人が財布を持てるようになると、「何を食べたいか」をちゃんと口に出して言えるようになりました。
 行方不明になって亡くなってしまう方も、ほとんどが財布を持っていなかった方のようです。命を守るためにも、財布は必ず持ち続けなければいけないと思っています。

稲田秀樹
1961年東京生まれ、株式会社さくらコミュニティー ケアサービス代表取締役。2011 年に鎌倉市今泉台に認知症対応型デイサービス「ケアサロンさくら」を立ち上げ、同年に一般社団法人かまくら認知症ネットワークを設立し、代表理事を務める。当事者のわかる力・できる力に着目した支援を実践している。

丹野智文
1974年生宮城県生まれ。ネッツトヨタ仙台入社後、トップセールスマンとして活躍中の2013年に若年性アルツハイマー型認知症と診断される。営業職から事務職に異動し、勤務を続けるかたわら、認知症の社会的理解を深めるための講演活動などを精力的に行う。

※本記事は、『おはよう21』2023年10月号より抜粋して掲載しています。詳細は本誌をご覧ください。

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