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「ヘルたん」シリーズ最新作 「ヘルパー探偵とマドンナの帰還」

ヘルパー探偵が織りなす 人情味あふれるエンターテインメント

写真左「ヘルたん ヘルパー探偵誕生」、
同右「ヘルたん ヘルパー探偵とマドンナの帰還」
(ともに愛川晶著、中央公論新社発行)

 訪問介護事業所で働くヘルパーが、探偵に? 先日、本格推理小説の旗手・愛川晶さんによる「ヘルたん」シリーズの第2弾、「ヘルパー探偵とマドンナの帰還」が中央公論新社より刊行されました。第1弾も文庫化され、シリーズの醍醐味をまとめて堪能するには絶好の機会といえます。
 そこで、著者の愛川さんに、シリーズ執筆の経緯から介護現場で働く専門職、介護現場の現状について話を聞きました。

探偵が謎を解けない理由は「忘れた」から?

 愛川さんといえば、大がかりなトリックを用いた推理小説を多く手がけ、最近では落語の寄席を舞台にした「神田紅梅亭寄席物帳シリーズ」が有名です。一見すると、介護や福祉と結びつきませんが、「ヘルたん」シリーズの執筆に至るきっかけを教えていただけますか。

――ミステリー小説が成立する条件として、主人公(探偵)がなかなか謎を解けない理由が必要になる場合があります。その理由はこれまでほとんど出尽くされている感がありますが、「主人公が「忘れた」」という設定が残っていました。今から6年前に私の父親が他界しましたが、アルツハイマー型認知症を患い、自宅や施設で介護をした経験もあり、執筆することになりました。主人公・神原淳の師匠である名探偵・成瀬秀次郎は、認知症でありながらも、所々で往年の推理力を輝かせ、神原を支えています。

 父親が認知症と診断されたときの心境はいかがでしたか。

――まさか自分の肉親が、という状況ですね。認めたくないという気持ちが最初にありました。自宅での介護、施設での介護と続きましたが、介護職やケアマネジャーの方には大変お世話になりました。

著者の愛川晶さん

現場の介護職への入念なリサーチ

 主人公のヘルパー、神原淳が2級ヘルパー研修、訪問介護の現場におけるやりとりのなかで、認知症の人への対応、具体的な介助方法など、介護に関する詳細な記述が描かれています。入念なリサーチをされた印象を受けます。

――執筆にあたり、介護に関する書籍は相当数集めましたね。ただ、具体的な現場の実情については、実際の訪問介護事業所の方々にヒアリングを行い、ご協力を仰ぎました。

 愛川さんは現役の高校教諭でもあります。介護の世界を志す生徒を指導することもあるのではないですか。

――就職担当をしていたころは不景気と重なり、介護の世界を目指す学生も多くいました。その際に介護の養成施設や事業所、老人ホームも随分と回りました。実は本書の主人公・神原淳とヒロイン役の中本葉月は、私が担当した生徒がヒントになっています。

基本的には「悲しい話」

 第1弾「ヘルたん ヘルパー探偵誕生」の単行本が上梓されたのが2012年2月です。読者の反応はいかがでしたか。

――勉強になった、面白かった、身につまされたなど、介護現場の描写に関する意見が多かったですね。専門職の方からは「排泄ケアの描写がない」というご指摘もありました。排泄介助は介護のリアルな部分ですからね、そのあたりは続編で反映させていただきました。

 執筆に際して心がけたことはありますか。

――基本的には自分のことを忘れていくという悲しい話なんですね。ただ、ミステリーなので、話が壊れない程度に読者を驚かせる必要がある、そのさじ加減に気を使いました。読後にしみじみする感覚が残っていただければと思います。

ありがとうと心から言われる仕事

 「男性の寿退社」を例に、介護現場で働く人たちの境遇にも触れています。

――介護現場の給料は、高卒で働いて得る賃金としては、それほど少なくないと思うんですね。ただ、上り幅が少ない。だからこそ、男性が結婚する際に岐路に立つわけです。私が生徒にいうのは、自分のしたことが残り、相手に心から「ありがとう」と言われるのは、介護という仕事の大きな特長だということです。ですから、制度として働き続けることのできる環境をつくってほしいという思いはあります。

 主人公の神原淳もいずれはそうした壁にぶつかるのでしょうか。

――ヘルたんシリーズは、神原の成長物語という側面も持ち合わせています。引きこもりの若者が社会参加していく手段として、介護という仕事とどう向き合っていくのか、期待してください。

 介護現場を描いた書物や映像作品は数多くありますが、介護現場の細部に言及したリアリティという視点では、本シリーズは他の追随を許しません。一人の介護職の成長を、謎解きとともに、皆さんも楽しんでみませんか。

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