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介護職に就いた私の理由(わけ)

さまざまな事情で介護の仕事に就いた方々の人生経緯と、介護の仕事で体験したエピソードを紹介していきます。「介護の仕事に就くことで、こんなふうに人生が変わった」といった視点からご紹介することで、さまざまな経験を経た介護職が現場には必要であること、そして、それが大変意味のあることだということを、あらためて考えていただく機会としたいと考えています。
たとえば、「介護の仕事をするしかないか・・」などと消極的な気持ちでいる方がいたとしても、この連載で紹介される「介護の仕事にこそ自分を活かす術があった・・」というさまざまな事例を通して、「介護の仕事をやってみよう!」などと積極的に受け止める人が増えることを願っています。そのような介護の仕事の大変さ、面白さ、社会的意義を多くの方に理解していただけるインタビュー連載に取り組んでいきます。


花げし舎ロゴ

花げし舎ホームページ:
http://hanagesisha.jimdo.com/

プロフィール久田恵の主宰する編集プロダクション「花げし舎」チームが、各地で取材を進めていきます。
久田 恵(ひさだ めぐみ)

北海道室蘭市生まれ。1990年『フイリッピーナを愛した男たち』(文藝春秋)で、第21回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。
著書に『ニッポン貧困最前線-ケースワーカーと呼ばれる人々』(文藝春秋・文庫)、『シクスティーズの日々』(朝日新聞社)など。現在、読売新聞「人生案内」の回答者、現在、産経新聞にてエッセイを連載中。

第135回 フランチャイズビジネスから転身して地域再生へ 
農福連携を足がかりにした地域づくりを目指す

岩崎智之さん(39歳)
おとなりさん。代表取締役
西東京農地保全協議会会長
ノーマライゼーション西東京の会会長
むさしウェルビーイング協会会長
(東京・西東京市)

取材・文:毛利マスミ

たまたま出会った仕事が、介護での起業を目指すきっかけに

 東京と福岡で3事業所ずつ、計6事業所のデイサービスを運営しています。
 しかし、私たちの会社は「介護業」とは考えていません。私たちは、「地域の方々と共に、地域のために」を理念に掲げ、「地域力再生業」として活動しています。時代の流れとともに、断ち切れてしまった「人と人とのつながり」を、経済面の課題も解決しながら、どのように再構築していくかがテーマであり、その核となるのは、農業(農作業)だと考えています。事業展開を始めた当初から、現在試験的ではありますが別団体を立ち上げ、農家の協力とご指導を頂きながら、シニアの方、デイのご利用者様、子どもたち、障がい者をはじめとした、地域の皆様と一緒に農作業を通じたつながりづくりを楽しんでいます。

 大学の経済学部を出た私は、将来起業したいという思いから、幅広くビジネスを学べ、金融にも明るいコンサルティング会社に就職。その後はフランチャイズビジネス関連の会社で勤務しました。そのなかで、ショートステイやデイサービスの展開する仕事に出会ったことで、介護・福祉の勉強を始めました。そして勉強をしていくうちに、非常におもしろい業界だと気づいたのです。

未来につながる、循環する地域の仕組みづくり

 私がおもしろいと思ったポイントは3つありました。まず、「事業として成り立ちやすい」ということです。介護業界は個人事業主や零細企業が多く、大手がシェアを独占しているわけではありません。つまり、やり方しだいで勝ちやすい業界だということ。マーケット的にも2040年ごろまでは拡大傾向です。
 次に、「親の介護離職の問題」です。どんなに安定企業に勤めていても、介護離職する人はいます。自分がいくら仕事をがんばっていても介護で辞めなければならないことがあるのなら、自分で介護を仕事にしてしまえば、仕事をしながら親の面倒がみられる。一石二鳥だと思いました。
 最後は、「地域づくりがしたい」という思いでした。母が農家出身ということもあり、幼少期から食や環境の安全性にはとても気を使って私を育ててくれました。自分も大人になり、土壌汚染や環境問題を考えるようになると、足元の地域づくりに興味が湧いていました。介護事業は、この地域と密接な仕事であることも魅力でした。

 私はこの3つのポイントと、フランチャイズビジネスで培ったノウハウをつなげたいと考えました。フランチャイズビジネスとは、ノウハウが詰まった事業を再現性のある形にし、横に広げていくものです。高齢者も、子どもも、障がい者も、子育て世代も、シニアも、みんながうまく成り立ち、お金が循環する仕組みをもった地域を、事業を絡めて作っていけたら。それを再現性のある形にして全国に広げられたら、国や世界さえも変えられる——フランチャイズビジネスの考え方です。
 私は、自分や社員が生活していくため、魅力的な仕事だと感じてもらうため、そして、子どもが就職したいと言った際に大賛成できる仕事とするため、きちんとビジネスとして利益を出すことは当然としつつ、その活動が地域のために役立つ必要があると考えています。地域づくりは、子どもや孫が生きる未来をつくることにつながります。そのためのシステムづくりが、人間が生きていく根幹の目的である「種の保存」のための自分の役割だと思ったのです。
 そして32歳で独立し、デイサービス「おとなりさん。」を立ち上げました。

社会的役割をもつように働きかける

 昔の村長(むらおさ)は、若者に知恵を授けたり、神話や伝統、文化を伝えたりと、たとえ体が動けなくても貢献していましたよね。私は、高齢者の方には「支えられる側」ではなく、「支える(社会貢献する)側」にいかになってもらうかが大事だと考えています。ですからうちのデイでは、ご利用者様に「社会的役割」をもってもらうようにしています。
 たとえば、うちの施設でこんなことがありました。
 ママさんスタッフには、子連れ出勤を認めていて、障がいのある息子さんが遊びに来たことがありました。お母さんは働いているので、その子のそばにいることはできません。ですからその子はちょこんと不安そうに座っていました。そしてその横には、帰宅願望が強く「帰りたい」と、いつも言っているおばあさんが座っていました。でも、その日のおばあさんは違っていました。「大丈夫?」とその子を気づかい、子どもも、おばあさんと一緒にいるその空間に安心し、落ち着いて過ごすことができていました。

 私はそれを見たときに、目指している介護の形が出来始めたと感じました。デイの名前のとおり「おとなりさん。」の関係性、互助の地域の形です。
 ほかにも、たとえば農作業をする、料理をするというのは、わかりやすい社会的役割ですが、その場に座ってくれているだけで、雰囲気を作ってくれていることもあります。たとえば農地で子どもが作業する横に座っていてくれれば、多世代がつながっている農地づくりという役割を担ってくれていることになります。おばあさんを「単に座っている人」にするか「社会貢献している人」にするかどうかは、介護の仕事をしている側の働きかけ次第です。
 昨年は、マラソン大会のゴール地点にみんなで旗を持って応援に出かけたのですが、単に楽しむ目的だけではなく、「ゴール地点を盛り上げる役割」を持って出かけました。介護をされて、ご利用者様がお礼を言うのではなく、マラソンのスタッフからご利用者様へ「ありがとうございます」とお礼を言ってもらえる状況をつくるのです。
 3月にオープンしたばかりのデイでは、さらにこの考えを進めて、ご利用者様を「地域づくりの主体者」になって頂こうと計画中です。たとえば、麻雀好きな方がいたら、麻雀教室の先生になってもらい、チラシも自分たちで作って地域で配って、生徒を集める。高齢者が主催者側になれる場、その環境づくりをしようと思っています。

介護は究極のサービス業

 今後は、農地で採れたものを使って飲食事業も展開させる計画です。地域コミュニティとして発展させて、シニアや障がい者の就労の場にもしたいと考えています。そしてその利益を地域にまわすという、循環のサイクルを作りたいです。さらにこのシステムができたら、これをフランチャイズの考え方で横展開し、将来は、社会保障制度のない途上国に持っていくことも考えています。
 私は、介護は究極のサービス業だと思っています。サービス業で一番難しいとされているのが旅館業ですが、介護職にはさらに医療、介護、福祉の知識と見識が求められます。さらに、関係者が多いため、目の前のお客様だけでなく、まわりの関係者の満足も考えなくてはいけません。介護職を極めたら、どんなサービス業もこなせる実力が身についているはずです。
 お客様との関わりは、ほかのどの業界でも絶対に必要な力です。それを学ぶには、介護業以上に魅力的な場所はありません。


農作業は、「おとなりさん。」の活動の柱になっている。

喫茶店のようなメニューは、
ご利用者様をお客様ととらえる視点と自己選択の訓練目的。

【久田恵の視点】
 人が新しい視点を持つには、これまでの固定観念からどう解き放たれるか、それが重要ですね。高齢者を「どう支えるか」ではなく、高齢者に「どう支えられるか」、そう考えるだけで周りの風景が一変し、わくわくしてきます。しかも、そう考えるだけではなく、実践していくことで具体的に現実を変える、新しい時代が来ているのを感じさせてくれます。