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介護職に就いた私の理由(わけ)

さまざまな事情で介護の仕事に就いた方々の人生経緯と、介護の仕事で体験したエピソードを紹介していきます。「介護の仕事に就くことで、こんなふうに人生が変わった」といった視点からご紹介することで、さまざまな経験を経た介護職が現場には必要であること、そして、それが大変意味のあることだということを、あらためて考えていただく機会としたいと考えています。
たとえば、「介護の仕事をするしかないか・・」などと消極的な気持ちでいる方がいたとしても、この連載で紹介される「介護の仕事にこそ自分を活かす術があった・・」というさまざまな事例を通して、「介護の仕事をやってみよう!」などと積極的に受け止める人が増えることを願っています。そのような介護の仕事の大変さ、面白さ、社会的意義を多くの方に理解していただけるインタビュー連載に取り組んでいきます。


花げし舎ロゴ

花げし舎ホームページ:
http://hanagesisha.jimdo.com/

プロフィール久田恵の主宰する編集プロダクション「花げし舎」チームが、各地で取材を進めていきます。
久田 恵(ひさだ めぐみ)

北海道室蘭市生まれ。1990年『フイリッピーナを愛した男たち』(文藝春秋)で、第21回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。
著書に『ニッポン貧困最前線-ケースワーカーと呼ばれる人々』(文藝春秋・文庫)、『シクスティーズの日々』(朝日新聞社)など。現在、読売新聞「人生案内」の回答者、現在、産経新聞にてエッセイを連載中。

第35回 ママさんバスケットに打ち込んだ日々から介護職へ。そして取締役に。 
ジジとババの笑顔は私の生きるモチベーション

小池みゆきさん(52歳)
あおいけあ 取締役 副管理者(神奈川・藤沢)

取材:藤山フジコ

「とにかく話だけでも聞いてみよう」がきっかけ

 3人娘がいるのですが、真ん中の子が幼稚園のときママ友から声がかかって、ママさんバスケットを始めました。家庭婦人がチームを組んで試合に臨む大会などもあり、もう夢中になってバスケットに打ち込む日々でした。バスケットはチーム制なので、チームワークや根性などママさんバスケットを通じて身体に叩き込まれました。

 そんなとき頼まれて知り合いのおじいちゃんのお世話をすることになったんです。おむつ交換をしたり、車椅子に乗せて散歩へ連れて行ったり、糖尿の持病があったので糖尿食を作ったり。もともと人と関わることが得意だったので、抵抗はまったくありませんでした。そのころ、ちょうど40歳になり子どもの手もかからなくなったので、そろそろ働こうと思い求人広告をペラペラと見ていたら介護職の求人が載っていたんです。おじいちゃんのお世話していたし、「できないこともないかもしれない・・。とにかく話だけでも聞いてみよう」と、ここに連絡したことが介護の世界に入るきっかけでした。

 そのデイサービス「いどばた」(現在:定員13名)は開所して間もない頃で、時給750円からのスタートでした。何も分からず飛び込んだ世界だったのですが、上司に恵まれて本当に感謝しています。当時の会社名が「ディグニファイドライフ」という名で(現在:あおいけあ)社長に「どんな意味なんですか?」と聞いたら「尊厳ある人生」という答えが返ってきたんですね。ああ、すごくいいな・・と思って。

 働き出すと、さまざまな疑問や葛藤が生まれたりします。そんなとき社長に相談すると「いいと思えば、やってもいい」、「そう考えるなら、そうすればいい」と言ってもらえたんです。「尊厳ある人生」は利用者さんのためでもあるし、働く私たちのためでもあったんですね。勤め始めてすぐのころは、一番下の子はここに入り浸っていました。会社が、「子連れOK」だったんです。そんな会社の理念に共感でき、お互いの信頼関係の積み重ねでここまできたという感じです。ここで働き始めてから12年経ちましたが、会社の理念はずっと変わらず、ぶれず、だから社長についてこられたのだと思います。

一番大切なことは利用者さんの「これをやりたい」という気持ち

 思い出深い男性の利用者さんがいます。ここに来た当時は83歳でした。90歳になってもダッシュできるくらいの体力はあったのですが、認知症だけ進んでいって、徘徊もひどくなりました。他の施設でのショートステイにはとても受け入れてもらえない状態だったんです。ちょうどショートステイも受け入れている小規模多機能型「おたがいさん」(現在:定員29名)ができたので、そちらに移ってもらいました。最後はグループホーム「結」(現在:定員7名)で、皆で看取りました。その方が元気な頃、施設から、ふら~と出ていってしまい、あわてて後を追ったのですが見失ってしまったんです。青くなって走って探しまわっていたら、楽しそうにニコニコしながら道路を歩いていて。その姿を見たら全身の力が抜けました。半泣きで「おじいちゃん、置いてかないでよ~」って言ったら、「悪かった、悪かった」と謝るんですけど、私を置いていってしまったことじゃなくて、私が泣いてることに謝ってる。そんな、かわいらしいピュアなところが大好きでした。利用者さんに対して思い入れが深い分、最後のお別れは、未だになかなか受け入れることができません。利用者さんが亡くなった後も、ご家族との付き合いはずっと続きますね。おじいちゃんたちがつなげてくれた縁はたやすくは切らないよという思いがあるからです。

 施設ではさまざまな行事が行われますが、そのひとつが運動会。内心、ヒヤヒヤしながら見守っていますが、眠っていた闘志のようなものが呼びさまされて勝負ごとに熱く、夢中になっているお年寄りをみると、これは続けていくべきだと。危険だからと止めるのではなく一番大切なことは利用者さんの「これをやりたい」という気持ちだと思います。昨日は「焼き芋を焼こう!」ということになって、男性の利用者さんに「お父さん、炭を熾して」って頼むと、嬉しそうに働いてくれました。ここではナタやノコギリを使っておじいちゃんたちがいきいきと作業しています。危ないとは絶対に言わない。なぜ危なくないかと言えば、皆を信じているからです。人の役に立つことは、生きがいにつながります。命が輝きますね。

 こんな突発的に行うイベントのお金は、利用者の皆さんが稼いでいます。施設内で年に3~4回行われる大きなイベントのひとつ「いどばたガレッジセール」にみんなでいろいろなものを作って売るんです。1個200~300円程度のものなんですけど、1回のイベントで2~3万円の売り上げがあるんです。それをプールしておいて、みんなが、やりたいことに使っています。「これは誰かにやってもらっているんじゃないよ、皆で頑張って稼いだお金でやっているんだから、誰にも遠慮はいらないよ」と伝えています。外出したときも「高級アイスクリームを食べよう!」ということになって、アイスクリーム屋さんにお年寄りがズラっと並んで(笑)。私たちスタッフも、ジジとババの稼いだお金でご相伴にあずかって。別の日は、ファミレスにおやつを食べに行ったりなど、みんながやりたいことをやるためにそのお金があるわけなんです。

 そんな利用者さんの気持ちを優先させることに重きを置いているので、突発的にイベントやレクリエーションが入ると、1日のスケジュールは大きくずれていきます。午前中の入浴の予定を午後に持っていくなど、そのつど、決断は全部自分がします。状況を見て、この後の入浴は無理だと判断すれば、ご家族に謝ります。決断し、その責任も負う。「明日、必ず入ります」とご家族に説明すれば、今までの信頼関係があるので、「そんなに楽しいことを経験させていただいて、こちらこそありがとう」と、逆に感謝されます。取締役に就任して責任も増えましたが、利用者のジジとババに支えられ、ご家族に支えられ、スタッフに支えられてきました。

ジジとババたちは私の生きるモチベーションなんです

 ここは認知症の方が多いので、スタッフから対応に困ったと相談を受けることがあります。認知症の症状は同じではありません。進み方も違うし、一人ひとり症状もさまざまなので、認知症に対する関わり方というのではなく、その人との関わり方が重要と考えています。まずは、その人を理解する、ちゃんと見るということですね。困った症状にも必ず理由があるとスタッフに伝えています。だから、一緒にその理由を探していこうねと。例えば、たまたまスタッフが利用者さんのそばから離れたとき、利用所さんがすごく不安になったとか。そんなときは安心してもらうためにギュ~って抱きついたりなどのスキンシップは常にしています。利用者さんには「ああ、楽しかった」「また、来たい」という気持ちになって帰ってほしい。それには不安にさせない。「みんな、あなたの味方なんですよ」と、言葉でも態度にも出していくということを心がけています。

 毎朝職場に来て、ジジとババの顔を見るとスイッチが入るんですね。笑い皺がどんどん増えちゃうよっていうくらい毎日を楽しく過ごしています。仕事という意識もないですね。一日が終わり、みなが帰ってしまうとつまらなくなってオフモード。ジジとババたちは私の生きるモチベーションなんです。会社では、もうひとつサテライトが建つ予定です。そこにはカフェが入ったり、住宅が入ったりする構想で、地域を巻き込んで誰でも自由に出入りできる場所にしたいと思っています。そしてもっと利用者さんが外に飛び出していける環境を作っていきたい。ジジとババたちがイキイキすると、私の心のダイヤモンドが輝くんです。共に年を重ね、自分も最後まで「いどばた」の一員でありたいと願っています。


いどばたガレッジセール。
入居の皆さんの作品を販売

インタビュー感想

 あおいけあの施設内に足を踏み入れると、そこはゆっくりと時間が流れる癒しの村に来た気分になります。利用者さんもスタッフさんも皆笑顔で、なんとも心地よい。何故なんだろうと思っていましたが、小池さんにお話をうかがって納得しました。ここは「信じる」ということでつながっている場なんだなと。社長がスタッフを信じる、スタッフが利用者さんを信じる、利用者さんが施設を信じる。信じることが輪になって誰でも受け入れてくれるあたたかい場所となっていました。
 インタビューに応じてくださった小池さんは、ジジとババを愛する人情味溢れる方でした。常に利用者さんに寄り添い、気にかけ、てきぱきと働いている姿に頭が下がりました。前日から通うことになった、帰宅願望が強く10秒も目を離せない重い認知症の方が帰り際、「ほんとうに楽しかったの。また来るね!」と小池さんに笑顔で話されていましたが、そのことが小池さんの介護の姿勢を顕著に物語っていると思いました。

【久田恵の眼】
 介護の現場は、どこも同じではありません。まず、そこに漂っている空気感が全然違います。この「場」の空気感は、運営している人たちと、そこを利用している方たちとの関係をそのまま表してしまいます。どんなに素晴らしい理念を掲げていても、そこに居て心地の良い場を生み出すことはとても難しいことですが、それを易々とこなしている人にしばしば出会います。生産性や効率重視や利潤優先、そういった世界とは真逆な場。そこででこそ輝き、力が発揮できる、介護の現場とはそういう人たちの場所なのだということを教えられますね。