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和田行男の婆さんとともに

和田 行男 (和田 行男)

「大逆転の痴呆ケア」でお馴染みの和田行男(大起エンゼルヘルプ)がけあサポに登場!
全国の人々と接する中で感じたこと、和田さんならではの語り口でお伝えします。

プロフィール和田 行男 (わだ ゆきお)

高知県生まれ。1987年、国鉄の電車修理工から福祉の世界へ大転身。
特別養護老人ホームなどを経験したのち99年、東京都で初めてとなる「グループホームこもれび」の施設長に。現在は株式会社大起エンゼルヘルプ地域密着・地域包括事業部 入居・通所事業部部長。介護福祉士。2003年に書き下ろした『大逆転の痴呆ケア』(中央法規)が大ブレイクした。

身からの思考はチカラ

 夫婦二人暮らしのガンさん(仮名)は八十歳代半ばですが、就労現役者で趣味のシニアサッカーにいそしんでいます。
 年相応のもの忘れはあり、いろいろ気になることもありますが、介護事業者代表である子は「親父さんの好きなように生きてもらえればいい」と楽観していました。

 あるとき、その親父さんの行方がわからなくなりました。シニアサッカーの試合でやや遠方にバスで出かけたのですが、帰りのバスに乗車していません。

 親父さんのサッカー仲間から連絡を受けた子は、警察に行方不明届を出し、孫やその仲間も繰り出して探し回りましたが、見つかりません。

 「うちの親父も、いよいよ(認知症)かな」

 と思いながら捜索活動をしていると、数時間後に警察から「保護している」との連絡が入りました。
 後に親父さんの話を聞くと、ストーリーはこうでした。

 帰り際、少々仲間たちからバスに向かうのが遅れてしまい、バス乗り場に到着したら誰もいなくなっていたとのこと。
 小銭が少しあったので、電話しようと思ったようですが公衆電話が全くなく、しょうがないので歩いて駅まで行き、電車で帰ろうと思って、歩き出したようです。

 つまり、その場から離れてしまったので、ガンさんが居ないことに気づいた仲間が乗車場に戻った時にはいなかったということです。

 駅までの距離は数キロ。
 よく、駅の方角がわかったもんだ。
 よく、駅まで歩けたもんだ。
 よく、公衆電話を見つけることができたもんだ。
 振り返って話す親父の話の筋は通っている。
 にもかかわらず、「80歳代半ばでもの忘れ多い親父=いよいよ認知症か」と疑った自分が情けなかったと友人は話していました。

 しかもその経験から、自分の事業所に来てくれる利用者や暮らしている入居者が「ここがどこなのか、なぜここにいるのか」それがわからなくなれば、そのうえでの行動を起こそうとするのは人として当たり前のことじゃないかと気づき、他のことも含めて「人として当たり前の言動に対して、認知症の診断があるというだけで問題視・異常視していたのではないか」と省みていました。

 身をもって知る
 とはよく言われますが、身近な体験からの思考は身に付くでしょうね。宝ものです。

写真

 この日は、世の終わりかと思うほど、強烈な空模様でした。
 この写真の逆側、東の空は雷雨を伴う不安定なグレー系の空模様に夕陽があたって薄いオレンジ色。そこに虹が差していました。
 南側は水色の空、そして北から東側に向けては、写真のような空模様で不気味さを感じました。