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宗澤忠雄の福祉の世界に夢うつつ

宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

疲労が溜まりやすい福祉の現場。
皆さんは過度な疲労やストレスを溜めていませんか?
そんな日常のストレスを和らげる、チョットほっとする話を毎週お届けします。

プロフィール宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

大阪府生まれ。現在、日本障害者虐待防止研究研修センター代表。
長年、埼玉大学教育学部で教鞭を勤めた。さいたま市社会福祉審議会会長や障害者施策推進協議会会長等を務めた経験を持つ。埼玉県内の市町村障害者計画・障害福祉計画の策定・管理等に取り組む。著書に、『医療福祉相談ガイド』(中央法規)、『成人期障害者の虐待または不適切な行為に関する実態調査報告』(やどかり出版)、『障害者虐待-その理解と防止のために』『地域共生ホーム』(いずれも中央法規)等。青年時代にキリスト教会のオルガン演奏者をつとめたこともある音楽通。特技は、料理。趣味は、ピアノ、写真、登山、バードウォッチング。

ぜんしれん第10回記念大会in豊橋

 この10月21~22日、全国知的障害者施設家族会連合会(略称「ぜんしれん」)の第10回記念大会が愛知県豊橋市で開催され、私は鼎談者として参加しました。500名近くの知的障害のある人とその家族が全国から集いました。

ぜんしれん第10回記念大会

 鼎談におけるわたしの発言要旨は、次の2点です。

 一つは、障害者の権利条約が批准された新しいステージにふさわしく、居住サービスや意思決定支援を創造・拡充しようということです。地域生活と支援のあり方について、「施設か在宅か」「代行意思決定か自己決定か」という単純な2極から発想することは、もはや時代錯誤に過ぎません。

 障害のある人のライフステージとその節目のあり方を見通した上で、日々の地域生活の質を充実するためには、さまざまな社会資源と支援サービスが障害のある人の必要に即してネットワーキングされている必要があります。しかも、このような地域支援システムには、障害のある人の権利としての虐待防止・差別克服(直接差別の禁止や合理的配慮の提供義務)の手立てが貫かれ埋め込まれていなければなりません。

 もう一つは、少子高齢化に伴う極点社会の到来に対して、障害のある人にかかわる福祉事業がどのように立ち向かうのかという点です。人口構成の歪な姿の進行は、要支援者層を拡大する一方で、支援サービスの担い手が減少するという深刻な事態を出来させます。

 さらに、地域社会の人口減少は、日常生活に必要不可欠なスーパーマーケットやパン屋・クリーニング屋等を撤退に追い込みます。支援者の主力となる20~40歳代の人たちは、現役の子育て家族を構成している場合が多いために、子どものいる暮らしに必要な機能が維持されている都市への移住を余儀なくされます。少子高齢化で人口が減少した地域に、福祉・介護の施設だけが存続できる可能性はほとんどありません。

 そうして、限界集落はおろか地方部の市町村そのものが2040年に向けてどんどん消滅していくというシナリオが現実味を帯びてくるようになりました。

 すでにこのような危機の渦中にある地域の社会福祉法人・事業者は、全国の至る所で確認されるようになりました。ここでは、福祉・介護従事者が自治体人口の2割前後を占めるまでになり、地域の衰退産業や商業施設の維持・存続をはかる事業を、障害のある人の働く取り組みと一体のものとして追究する営みが始まっています。これらの事業をトータルにみれば、地域社会の持続可能性を障害のあるなしにかかわらず協働して切り拓く取り組みだということができるでしょう。

 地域社会そのものの存続に資する福祉・介護事業は、インクルーシブな社会を必然的に形成・発展させます。歯の浮くような「住民同士の支え合い」や、横文字のノーマライゼーションを唱える必要はありません。とれたての野菜・果物・焼き立てのパンを地域で食べることができるという事実の中に、障害のある人を核とする事業者がすべての人の地域生活に必要な機能をみんなの力を合わせて維持しようとする営みがあるだけです。ここに、障害のあるなしにかかわらず「まるごととしての地域社会」の創出に向けた、日本型インクルージョンの将来的必然が見えていると考えます。

 ぜんしれん大会の特徴は、「息がしやすい」「意見を言いやすい」など、風通しのいい雰囲気にあると思います。とくに今回は、グループ・ミーティングによる全員参加型の大会となっていました。知的障害のある人の地域生活と居住サービスを向上させるための様々な願いや考えを交流し、それぞれの地域でより効果的な取り組みを進めるための知恵やヒントをこの大会で得ようとする皆さんの姿勢と熱意には、本当に頭が下がります。

 当事者団体の中には、年齢や活動の経験年数に応じた上下関係を軸とする組織立てのところが散見されます。その点、ぜんしれんはフラットで何でも話し合える雰囲気に溢れ、参加者の立ち位置にかかわらず、すべての人が意見を出しやすい大会でした。

 中央でも地方でも、高度経済成長の間に築かれた「3障害」(身体障害・知的障害・精神障害)それぞれの主要な団体が、政策形成に支配的な力を行使するような時代がかつてはありました。しかしこれは、実質的にはかなり以前に終焉した代物です。この20~30年の間に当事者団体は多元化してきたのです。

 特定の団体の影響力が低下したのは、その「高齢化」にあると考えるのはあまりにも表面的な見方です。確かに、50~60代の人が「70歳をこえた団体会長の下で修業しています」と発言するのを耳にしたことがあります。これでは若い人に限らず、誰もがこのような組織に魅力を感じることはないでしょう。

 しかし、支配的な団体がなくなったことの真の理由は、社会福祉の実施体制そのものが多元化してきたことにあると考えます。

 高度経済成長の時代を中心に、わが国の福祉サービスは中央集権型の政策形成によって発展してきました。ここで多くの団体は、中央の権力構造の中でいかに大きな影響力を行使できるのかを追求し続けました。会員や法人・事業者の組織数を頼りに(「水増しの公称数」は横行していました)、中央の政官界にできるだけ大きな政治力を行使できる団体であろうとすることです。このような影響力を行使できる度合いに応じて、自らの団体を利する補助金を国家予算に結実させようとしたのです。

 しかし、国レベルで社会保障・社会福祉予算への配分が拡大し続ける時代は、構造改革の進展とともに終焉しました。施策やサービスの姿は、自治体ごとの特徴や大きな格差を生み出す実施体制になりました。ここで、中央集権的な権力構造の中でいかに影響力を行使するかといったかつての発想だけでは、事態を何も動かすことができなくなったのです。

 国家基準の再構築を見据えるとしても、地域社会の現実を正視した施策とサービスに関する実務的で現実的な政策を提言することからはじめなければならないのです。このことを地域社会から実現していく団体だけが、未来に向かうみんなの力となりうる時代であると考えます。

大黒屋のうな重

 さて、豊橋に向かう途中に浜名湖はJR新居駅そばにある鰻屋の「大黒屋」でうな重を戴きました。お腹が減って「うなぎ」ののぼりが見えたら、たまらず迷わず飛び込んだのですが、これが大正解! 長い養鰻業の歴史に培われたウナギが、上品な甘辛さのたれで香ばしく焼かれ、もう最高のお味でしたよ。

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