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宗澤忠雄の福祉の世界に夢うつつ

宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

疲労が溜まりやすい福祉の現場。
皆さんは過度な疲労やストレスを溜めていませんか?
そんな日常のストレスを和らげる、チョットほっとする話を毎週お届けします。

プロフィール宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

大阪府生まれ。現在、日本障害者虐待防止研究研修センター代表。
長年、埼玉大学教育学部で教鞭を勤めた。さいたま市社会福祉審議会会長や障害者施策推進協議会会長等を務めた経験を持つ。埼玉県内の市町村障害者計画・障害福祉計画の策定・管理等に取り組む。著書に、『医療福祉相談ガイド』(中央法規)、『成人期障害者の虐待または不適切な行為に関する実態調査報告』(やどかり出版)、『障害者虐待-その理解と防止のために』『地域共生ホーム』(いずれも中央法規)等。青年時代にキリスト教会のオルガン演奏者をつとめたこともある音楽通。特技は、料理。趣味は、ピアノ、写真、登山、バードウォッチング。

お手洗いと複合差別

 本年3月、京都府で「障害のある人もない人も共に安心していきいきと暮らしやすい社会づくり条例」が成立し、わが国で初めて障害のある女性についての「複合差別」が盛り込まれました。画期的なことだと受け止めています。

 京都府条例は、基本理念と相談対象のところで複合差別について明記しています。

  • (基本理念)全て障害者は、障害のある女性が障害及び性別による複合的な原因により特に困難な状況に置かれる場合等、その性別、年齢等による複合的な原因により特に困難な状況に置かれる場合においては、その状況に応じた適切な配慮がなされること
  • (特定相談等)第2条第4号(障害のある女性)に規定する配慮に関すること

 この条例づくりの中では、DPI女性障害者ネットワークが1000名を超える事例から明らかにしてまとめた『複合差別調査報告書』から、障害のある女性に対する複合差別の具体的な事例を提示することによって、複合差別克服の課題が条例に盛り込まれたそうです。

 複合差別事例のほんの一部をご紹介すると、次のようです。

  • -職場で男性が私の見える位置で用を足したり、目の前で平気で着替えたりした。でも、子どものため、懸命に働いた(肢体不自由)
  • -やっと就職できた職場の上司に「飲みに付き合え」と言われ、酔って眠ってしまい、ホテルに連れ込まれて性的暴行を受けた。身体が動かず逃げることができなかった(肢体不自由)
  • -入院中、女性の風呂とトイレの介助、生理パッドの取り換えを男性が行っていた。女性患者は同性介助を求めたが、体力的に女性では無理だといわれた。トイレの時間も決まっていて、それ以外は行くことができない。トイレを仕切るカーテンも開けたままで、廊下から見えた(難病)

 障害のある人の虐待に関する私の調査の中でも、養護者による虐待は、女性が男性の2倍の件数で捕捉され、しかも男性の場合には虐待類型が重複する場合でも2つ程度で収まるのに対し、女性の場合では3~4種類の虐待が重複していることが明らかになりました(『障害者虐待-その理解と防止のために』43-47頁、中央法規出版、2012年)。

 このような養護者による虐待の傾向は、その後一貫して、さいたま市における虐待対応状況調査結果において確認されていると同時に、女性が男性の2倍の割合で虐待を被っているという事態は、平成24年度の国の障害者虐待対応状況調査結果においても明らかとなっています。

 京都府の条例は、複合差別の問題に対する支援と施策に関する具体的な課題を明らかにする取り組みを、わが国で初めて本格化するはかりしれない意義があると考えます。

 2007年ILO報告書『ディーセントワークへの障害者の権利』においても、障害のある女性は障害のあることと女性であることの複合した差別を受けていることを指摘しました。しかし、わが国では一般就労や働くことの取り組みの内側にある障害のある女性への複合差別の問題を掘り下げる経緯は、いかにも脆弱だったように思います。

 さらに、わが国は社会福祉とジェンダーの問題を深く追及しなかった唯一の先進国だといわれてきました。つまり、支援と施策の両面においてジェンダーの視点を欠いてきたのですから、障害領域において複合差別の課題が真正面から取り上げられた点は、社会福祉のあり方全体に対する重要な問題提起をしていくことになるでしょう。

 さて、このような複合差別の問題を深めたかったため、先日、静岡で開催されたDPI日本会議全国集会の特別分科会「女性障害者-複合差別とエンパワメント」に参加してきました。ここでは、複合差別をめぐる実に多様な具体例が話し合われました。その中の一つにトイレの問題が取り上げられ、皆さんの発言を傾聴しているととても得心のできる指摘がされていたのです。

 「多目的トイレ」の設置のあり方についての問題指摘です。多目的トイレは、通常、性別を特定しない形で設置されていることが多いですね。下の画像にあるように、男性用と女性用のいずれのトイレのブースの中ではなく、いうなら「無性化」された設置形態なのです。

性別のない多目的トイレ-圏央道内回り狭山PA

 多目的トイレをいつも使用する必要のある女性にとっては、男性も使うところを強要されているのであり、トイレ使用のたびに女性性を否定されていることになるのです。これは、車いすなどを利用する男性においても同様です。したがって、男性用と女性用のトイレブースにそれぞれ多目的トイレを設置することを当たり前のこととしていかなければならないのでしょう。複合差別解消の観点から求められる合理的配慮です。

男性用ブースの中に設置された多目的トイレ-同PA

 この点は、今のところ高速道路のサービスエリアにおけるお手洗いがもっとも進んでいるのではないでしょうか。とくに、東名高速道路では、ほとんどのサービスエリアのトイレで、男性用と女性用のそれぞれのブースに多目的トイレがあると同時に、性別をしない多目的トイレも設置されています。性別を特定しない多目的トイレは、性同一性障害の人には気兼ねなく利用しやすい設置形態だといわれています。

 ともすると、性別の設置形態でなくてもとにかく用を足せるのだから、男性用と女性用のブースそれぞれに多目的トイレを設置しなくてもいいじゃないか、スペースと予算の制約もあるのだから…、との考えを多くの人は運びがちだったのでしょう。複合差別の辛酸を余儀なくされてきた人たちが、日常のお手洗いの利用においても性を尊重されることがないとすれば、それはやはり個人の尊厳を踏みにじる事態です。京都府の条例を機に、複合差別解消に向けた課題をみんなで共有したいと望んでいます。

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