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梶川義人の虐待相談の現場から

梶川 義人 (かじかわ よしと)

様々な要素が絡み合って発生する福祉現場での「虐待」。
長年の経験から得られた梶川さんの現場の言葉をお届けします。

プロフィール梶川 義人 (かじかわ よしと)

日本虐待防止研究・研修センター代表、桜美林大学・淑徳大学短期大学部兼任講師。
対応困難事例、家族問題担当ソーシャルワーカーとして約20年間、特別養護老人ホームの業務アドバイザーを約10年間務める。2000年から日本高齢者虐待防止センターの活動に参加し、高齢者虐待に関する研究、実践、教育に取り組む。自治体の高齢者虐待防止に関する委員会委員や対応チームのスーパーバイザーを歴任。著書に、『高齢者虐待防止トレーニングブック-発見・援助から予防まで』(共著、中央法規出版)、『介護サービスの基礎知識』(共著、自由国民社)、『障害者虐待』(共著、中央法規出版)などがある。

アルファ碁的進化

 これまで、幾つかの大学で幾つかの異なる科目を担当し、幾つもの教科書を使ってきました。学校から指定されることも自由に選べることもあります。しかし、どの教科書にも、内容の重複が多すぎるように感じてきました。「辞書のほうがよほど分かりやすい」とさえ思うほどです。

 そこで思い出すのは、三浦しをん氏の小説「舟を編む」です。映画にもアニメにもなりましたが、題名は、辞書は言葉の海を渡る舟であり、編集者はその海を渡る舟を編むことに由来します。

 この小説は、編集部員たちが見出し語24万語に及ぶ新刊辞書を、10年以上の歳月をかけて編んでいく様を描いています。私には、編集部員による「用例採集」がとても新鮮でした。見出し語の語義説明を書くために、実例を集める作業なのですが、古語・新語・流行語、小説・雑誌・新聞、インターネットの書込み、ラジオ・テレビ・映画、日常会話など、それこそあらゆる使用例が対象になります。

 さらに、こうして集められた言葉のなかから「言葉の海を渡る舟」に相応しいものを選別する過程は、「載せるべきか載せざるべきか、それが問題だ」と大いに悩ましく、ドラマチックです。「粋を集める」というのがポイントなのだと思いますが、本当に教科書もかくありたいものです。

 粋を集めるといえば、先日、仕事でお世話になった志木市様の「要援護高齢者等支援ネットワーク」は印象深いものでした。ネットワークへの協力団体の名簿をみると、公私含めて142団体もあります。それぞれの団体の成員を仮に50人とすると7,100人となり、同市の高齢者人口が17,191人(2015年国勢調査)ですから、何と高齢者2、3人に専任の見守りが一人つく勘定になります。これは凄い!

 これまでも、ネットワークの発揮する力の大きさに言及してきましたが、志木市様のネットワークの力も最大限に発揮されたなら、もの凄いパフォーマンスが期待できそうです。前回触れた「我がこと・丸ごと」の地域づくりは、一歩も二歩も前進するでしょう。

 高齢者虐待問題がらみで言うと、虐待防止法に盛り込まれることが期待されていたものの盛り込まれず、また、被害も一向に減る気配がないため、喫緊の課題の一つとなっている、詐欺や悪徳商法の未然防止の抑止力となることが期待されます。

 もっとも、具体的にどう展開するかについては、「先進事例」とか「モデル事業」などをお手本にしない道も探りたい気もします。というのも、人工知能である「アルファ碁」の例があるからです。

 最近開発されたアルファ碁のソフトは、プロ棋士の膨大な対戦データを学習することなく、自己対局のみを積み上げた結果、旧ソフトに100戦全勝したそうです。つまり、人知を学ぶことが足を引っ張っている可能性がある、ということです。

 そこで、志木市様のネットワークについても、先進事例やモデル事業の真似ではない、独自の進化を遂げた姿を見てみたい気がするのだと思います。再び訪れたら、家々に「警察官立寄所」ならぬ「防犯相談員立寄所」のステッカーが貼られているとか。

「粋(いき)を集めました!」
「集めるのは粋(すい)!」