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ルポ・いのちの糧となる「食事」

下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

食べること、好きですか? 食いしん坊な私は、食べることが辛く、苦しい場合があるなんて考えたことがありませんでした。けれどそれは自分や身近な人が病気になったり、老い衰えたりしたとき、誰にも、ふいに起こり得ることでした。そこで「介護食」と「終末期の食事」にまつわる取り組みをルポすることにしました。

プロフィール下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

出版社勤務を経て、1994年より公衆衛生並びに健康・美容分野の書籍、雑誌の企画編集を行うチームSAMOA主宰。構成した近著は「疲れない身体の作り方」(小笠原清基著)、「精神科医が教える『うつ』を自分で治す本」(宮島賢也著)、ほか。書籍外では、企業広報誌、ウェブサイト等に健康情報連載。

第99回 介護食とユーザーをつなぐ 
暮らしの保健室かなでの料理教室(後編)

はじめに

 前回、2016年7月20日と8月24日の2度に亘り「暮らしの保健室かなで」(以下、「かなで」)で開催された料理教室の模様をお伝えしました。今回は、こうした取り組みが各地に広がることを願い、取材して感じたことをまとめます。

食支援の広がりに不可欠な交流
必要を感じる人が起こすムーブメント

 「かなで」では、料理教室を定期的に開催していく考えで、つい先日も第3回が介護食品の業界団体や栄養士の専門学校とも連携して開催されました(2016年10月20日)。
 回を重ね、近隣の病院や歯科医院、介護関連の事業所、薬局に勤める専門職と、医療・介護系の教育者、学生。そして地域の市民活動に携わる人々、在宅で介護をする人、介護を受けている人も任意で集まり、管理栄養士や介護食メーカーなどと交流しています。
 料理教室だけれど、紹介されるレシピ以上に、その場の対話によって介護食と栄養、季節の食生活の注意点を確認し、食支援というサポートの必要性に気づく機会となっていることが重要です。
 専門職それぞれの職域の中では情報交換や交流もめずらしくはないものの、暮らしに身近な“かしこまらなくていい場”で、他職種、メーカー、住民が交わることはまだ少ないということで、「かなで」をはじめ、そのような機会をつくる取り組みは注目されます。とはいえ“地域包括”とか“地域丸ごと”と言われて久しく、高齢者に食の問題が多いことを考え合わせば、こうした食べることを支える取り組みがいつまでも特別なものであってはいけないと感じます。

 このような取り組みは、例えば「かなで」だから、「東京」だからできることでしょうか。
 確かに、「かなで」が開催した料理教室の運営に携わる食支援のプロフェッショナルにはスキルと人脈があります。他の活動でも注目され、話題になることも多いトップランナーです。
 しかし、トップランナーは“行動”したからトップランナーになり得たのであり、最初の1歩は医療・介護の仕事をする中での気づきによります。
 患者・利用者の健康維持・増進、QOL向上に「何かが足りない」「もっとこういうものが必要だ」と感じ、考えることができた人が、成果を求めて、行動を起こしているのです。
 第1回の料理教室で献立と調理解説、栄養指導を担当した管理栄養士・中村育子先生(福岡クリニック在宅部栄養課課長、足立区)は、「私は足立区を中心に仕事をしていて、江戸川区の『かなで』はホームではないけれど、福田室長の吸引力が強いから、ついつい『かなで』の活動に関わっている」と、笑顔で話していました。
 そう書くと、やっぱり“吸引力”があってこそと感じるかもしれませんが、そのパワーは、「利用者の健康維持・増進、QOL向上に必要だ!」という目的意識で行動していてこそ伝わり、人を動かすもの。利用者の食の問題に向き合って、何をするか考え、動いた結果、直接的な食支援にとどまらず、もっと大きな視野で食支援の広がりをめざす行動につながり、ますます吸引力が強まり、人脈が広がっているのだと思います。
 問題に気づける人には、きっと地域にムーブメントを起こす才能もあるのです。各地でトップランナーが起こす取り組みを取材して、問題を棚上げせず、解消するために動けば、必要な人や情報に出会うことができ、すぐに仲間ができ、ずっと1人で頑張ることはないと知りました。
 そして食支援は幅広く、調理指南や商品活用法の紹介に限らず、いろいろな援助の在り方があります。利用者や地域の食の問題に気づくことから、個々の、または地域特有の食支援が始まっています。どのような地域でも、専門職のみなさんにはできることがたくさんあります! もっと食支援の必要を、介護食の存在を伝え、広げていきましょう。

 参加者・実践者であると共に、食支援を広げていくことを志向していただきたいと願うのは、全国的に考えると、まだまだトップランナーに続き、変化を起こす、新たな旗手が必要だと感じるからです。
 介護食メーカーも、在宅へ食支援が広がることをめざし、企業努力を重ねています。食べる人の身近にいる介護職や食べる人自身と交流する機会は貴重だと考え、そのような機会を求めているようですから、真摯な企画には協力的だと考えます。「かなで」の料理教室に参加していたメーカー各社も、口々にユーザーに身近な専門職やエンドユーザーと膝を交えて対話できる機会は貴重で、重要だと話していました。
 今は、介護食を製造・販売する企業同士ライバルとはいえ、「市場を育てていく時期のため、競うより協力して、ユーザーの日常の食生活にマッチした商品を開発していく必要がある」との考えも耳にしました。ならば介護食の生産者を担うことが、介護の現場で働く専門職に期待されます。
 食べることを支える取り組みを広げることによって、食支援を実践することの価値も上がります。食支援によって利用者や、地域のためになる成果を出すことは、介護の専門性を明らかにします。そして、介護に携わる人が自身の気づきと向き合い、解消することは仕事のモチベーションを高め、人生の充実につながるでしょう。
 ぜひ、食支援の必要を、介護食の存在を伝え、広げていきましょう!