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ルポ・いのちの糧となる「食事」

下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

食べること、好きですか? 食いしん坊な私は、食べることが辛く、苦しい場合があるなんて考えたことがありませんでした。けれどそれは自分や身近な人が病気になったり、老い衰えたりしたとき、誰にも、ふいに起こり得ることでした。そこで「介護食」と「終末期の食事」にまつわる取り組みをルポすることにしました。

プロフィール下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

出版社勤務を経て、1994年より公衆衛生並びに健康・美容分野の書籍、雑誌の企画編集を行うチームSAMOA主宰。構成した近著は「疲れない身体の作り方」(小笠原清基著)、「精神科医が教える『うつ』を自分で治す本」(宮島賢也著)、ほか。書籍外では、企業広報誌、ウェブサイト等に健康情報連載。

第79回 これからの在宅医療と摂食支援の未来予想(中編)

はじめに

 前回より鈴木内科医院(東京、大田区大森)院長の鈴木央先生に、在宅医療が広がっていく中で「食べることを支える取り組み」の必要性、課題、展望についてうかがったお話を紹介しています。
 在宅療養で「食べることを支える」ニーズは9割を超え、その実現には多職種連携、市民との交流、市民への啓発が大切と、さまざまな立場の方の参考になる貴重なお話がうかがえたので、摂食支援の周辺について語られたことも含め全3回でご紹介することとし、今回は2回目です。

地域の在宅対応力をあげていこう!
在宅医療の広がりは社会を変える

 前回、鈴木先生が在宅医療に携わる中で歯科など他の専門職を重要なパートナーと考えておられること、大森地区では1990年代から多職種の実践者がリーダーとなり、タテヨコの連携を広げていることなどをうかがいました。
 しかし、一方で地域包括ケアとはいえ多職種連携がなかなか進まない地域も少なくない、地域格差が大きいなどとも聞きます。在宅医療関連学会の役員等を務める鈴木先生は、そうした点をどう考えておられるのでしょうか。先進地以外で、在宅医療推進にモチベーションをもつ多職種に、連携に必要な情報や学びの機会は等しくあるのでしょうか。

「全国的にも、ますます多職種間の交流と対話を増やしていく必要があり、その必要性を感じている人は増えていて、ムードは確実に変わってきていると思います。
 国が在宅医療連携拠点を設け、地域性に配慮した進め方を促す方針を出し、医師会が本格的に在宅医療に取り組む姿勢を見せた3年ほど前から、各地でつながりづくり、役割分担の具体的な動きが生まれ、スピードアップしたと感じています。
 それでも現在まだつながりが希薄な地域は、多職種で顔を合わせて、相互理解のための対話が必要です。一方的な会議、文書だけで地域づくりはできません。
 大森の場合は、『さぁ、皆で一致団結して!』といった勢いのある感じではなくて、90年代から『ぼちぼちやっていきましょうか…』と、比較的のんびりしたムードで、徐々に変わってきました。これからという地域は、2025年にどういう地域ができているか、2035年を左右することとして考えると、この10年はとても大切な時期なので、ちょっと勢いがいるかな。
 必要を感じている人が動くことが期待されます。地域の職能団体等の活動経緯や関係性など地域事情に詳しい人か、医師会が率先して『対話の場』『学びの場』をコーディネートしていくことで、加速度がつくようです。
 現在がどうあれ、誰か、問題意識をもって『地域の在宅対応力を上げていこう』という人がいる限り、2025年までになんとか超高齢社会に対応できる体制を整えることができるのではないか、と僕は楽観しています。健康を害し、寝たきりの人が増え、在宅医療や介護に携わる人は疲れ果てる。たくさんの人が死ぬことに慣れてしまう…などという話もあるけれど、そういう社会にはならないと思う。
 病院や施設が不足し、在宅医療が増える中、提供する医療は変わらざるを得ません。対高齢者の在宅医療では、よりコストのかかるキュアより、生活を支えるケアが求められ、在宅で亡くなる人が増えるのは日本の高齢者医療の偏りが是正されるチャンスかもしれない。
 医療・介護等に携わる多職種間にはこれまでとは違う新しいつながりができ、『尊敬できる仲間がいる!』と発見して、在宅ケアのモチベーションがあがるでしょう。
 市民にも『私たちも、何かできることはないか?』という方は増えてきているので、僕らと市民の交流が盛んになり、地域医療だけではなく、社会全体を支えようという動きが高まる。まさに理想的な社会をつくることができるはずです」(鈴木先生)

 病院や施設数が多い地域、医師会がまだ具体的に対応していない地域など、すべてはこれからに見える地域も、既に「地域包括ケア」の流れの中で多職種から意識的なリーダーは動き出しているので、「ちょっとやり方を変えれば、ぐっと進む。必要な情報は、学会などを通じてオープンにしたい。もっと善くしていこうとめざす人がいる限り、心配しすぎることはないと思っている」と鈴木先生。
 理想的に変わっていく1つのきっかけとなるのは認知症ケアで、鈴木先生は「認知症は医療・介護のみならず、福祉や一般市民も含め、いろいろな人を結びつける病気で、連携をもたらす」と考えているとのこと。
 ほかにも、若年性認知症の早期発見とケア、就労支援、精神疾患のある介護者のケア、地縁・人縁が薄く、経済的に困窮している人のケアなど、あらゆる地域で困難例として共通する事例が、共通の課題を示してくれ、多職種での症例検討と対話から地域の対応力を上げていく、とも。
「今は全国から講演に呼ばれるけれど、2、3年もしたら『そんなこともう知っている、やっている』と呼ばれなくなるはず(笑)」と鈴木先生は話しました。

 さらに、在宅での摂食支援推進のキーマンとして「管理栄養士」をあげ、地域の在宅対応力をアップしていくにも貴重な存在だと話します。

「管理栄養士の摂食支援に対するモチベーションを活かすために、地域や在宅での仕事が過度の負担にならない仕組み、地域で活動しやすい仕組みをつくることが必要でしょう。
 まずは多職種協働でポピュレーションアプローチの機会をもつこと。その機会に、多職種で顔が見える関係をつくることができます。
 また、在宅対応力のある管理栄養士から、未経験者への教育も必要で、そこは僕ら医師、看護師も協力できるでしょう。事例を共有して、その個別性について学ぶ機会が提供されることが在宅対応力を高めるために大切です」(鈴木先生)

 鈴木先生は、管理栄養士に限らず多職種に必要な在宅対応力として他職種の専門性に対する理解と共に、情報共有のためのICT活用、個々のスピリチュアリティに配慮するためのナラティブ・ベイスド・メディシン[]の理解等も含まれると話し、さらに患者や家族が満足する在宅療養を続けた後に「質の高い在宅看取りを受けた経験が広く地域に蓄積されれば、日本という社会を大きく変えることになるかもしれない。われわれの仕事には大きな意味がある」(「治療」2016年1月号「特集・在宅医療の質を高める/在宅看取りの質を高める」、南山堂刊より)と述べています。

 次回に続きます。

[*]^ 鈴木先生が在宅看取りにおいて最も重視しているのはスピリチュアリティへの配慮で、スピリチュアル・ペインへの対応だけでなく、患者がどのような人生を送り、病気や障害と向き合ってきたか「ものがたり」を理解し、患者の人生の意味や家族が看取る意義を、患者・家族と対話の中で模索、理解するケアも含まれるとのこと。
 終末期の摂食支援におけるナラティブ・ベイスド・メディシンについては、改めて取材をしたいテーマと考えます(筆者)。