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ルポ・いのちの糧となる「食事」

下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

食べること、好きですか? 食いしん坊な私は、食べることが辛く、苦しい場合があるなんて考えたことがありませんでした。けれどそれは自分や身近な人が病気になったり、老い衰えたりしたとき、誰にも、ふいに起こり得ることでした。そこで「介護食」と「終末期の食事」にまつわる取り組みをルポすることにしました。

プロフィール下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

出版社勤務を経て、1994年より公衆衛生並びに健康・美容分野の書籍、雑誌の企画編集を行うチームSAMOA主宰。構成した近著は「疲れない身体の作り方」(小笠原清基著)、「精神科医が教える『うつ』を自分で治す本」(宮島賢也著)、ほか。書籍外では、企業広報誌、ウェブサイト等に健康情報連載。

第77回 住み慣れた生活環境で介護予防を重視する 
和光市・長寿あんしんプランにおける食支援(後編)

はじめに

 介護と介護予防の先進地として著名な和光市で2003年(第2期計画)より実施され、今なお継続されている「食の自立支援」についてうかがったお話を、前回に引き続きご紹介します。

公民&多職種チーム一丸で
“介護保険卒業”の幸せ創造

 和光モデルと呼ばれる地域包括システムの中で「食の自立支援」が定着し、成果を上げてきた要因の一つに、保険者である市が主催する「コミュニティケア会議」の存在があります。会議では個別のケアプランに対する助言・調整等の支援が続けられてきました(「食の自立支援」に限ってではありません)。
 コミュニティケア会議は、日常生活圏域ごとに毎週開催する圏域会議と、月2回開催される中央会議で構成され、中央会議では、保険者である市の職員が会議のコーディネートを行い、地域包括支援センターの全職員と共に、ケアプランを作成したケアマネジャー、ケアプランに基づくサービスの担当者、外部助言者である医師、管理栄養士、歯科衛生士、理学療法士、薬剤師、作業療法士が同席。会議にかけられた各ケースについて、地域包括ケアを念頭に置いた自立支援に資するケアプランとなるよう調整・支援を行います。
  • ・ 課題が的確に抽出されているか
  • ・ 課題解決へ、適したサービスが組まれているか
  • ・ 目標、期間は適切か

などについてプランを精査するとともに、他制度・多職種によるチームケアの編成を支援し、外部助言者(在宅ケアに精通した専門職)から具体的なアドバイスも入り、ケース担当者以外の参加者にとっても、アセスメント能力を伸ばし、専門外の専門性を高めるOJTの場になってきたということです。
 また会議では、要介護者、要支援者については更新期間の際、主治医の意見書と最新のアセスメント調査票、直近のサービス利用実績からケアプランの見直しを行うとともに、介護予防の案件は全て会議にかけることにより、ほぼ全てのケアプランに対して支援を行うことが可能になっています。また、市民には「一人の高齢者のケアプランをこれだけ多くののメンバーで支援しています」と会議の機能と重要性を発信し続けています。

「コミュニティケア会議でのOJTとケアの実践を10余年間続けてきた結果、食の自立支援の意義、経口栄養を維持する大切さ、残存機能維持を支える意味等について、多職種の理解が得られています。
 第2期計画でサービスを作っていく段階で、予防前置主義や自立支援といった和光市の方針を理解し、共感してもらえる事業者の参入を求めました。その結果、食の自立支援はじめ予防を含む介護サービスに携わる事業者からは具体的な事業提案を得ることもでき、ニーズ調査に基づいて必要なサービスが提供できる体制を構築することができました。
 また、ヘルパーだけでなく、他の職種についても市は独自の人材育成を続け、職種間で技能が踏襲されるよう支援しています。
 その上で、個々の高齢者の食に関しては、食材調達・調理・栄養・摂食・嚥下・消化・吸収・排泄のどこにどの程度の問題があり、6カ月後、どのような状態に改善できたらその方は幸せか。そのために誰がどのようなサービスを提供するチーム編成にするのか。コミュニティケア会議で具体化、検証します。
 チーム全員に『目標を共有し、各々役割を果たして、結果を出す』という意思統一は図られていて、市は、在宅介護に関わる専門職のステイタスを上げることにも努め、医療との連携もサポートしています」(東内京一さん)。

 重症化予防・介護予防を重視した食支援の成果は、要支援、要介護の認定率にも現れていると言えるでしょう。2014年の和光市の要介護(要支援)認定率は9.4%です(全国18.2%、埼玉県14.3%)。2003年の和光市の要介護(要支援)認定率は11.5%でした(全国14.4%、埼玉県11.3%)。要支援の約4割が、毎年、介護保険から“卒業”することも和光モデルの特長として知られています。
 卒業した後も予防事業が受け皿となり、食の自立が維持できるようサポートが続く仕組みも整っています。地域密着型サービスを増やし、それら地域拠点には交流スペースを設けて、その場で介護予防事業が行なわれています。
 そこで行われる事業は、介護予防サポーターが運営を補助しており、利用する人がつながり、 “互助”の関係が育まれる地域づくりを公民連携で、同時に行なってきたため、「介護保険を卒業することが幸せなこと」と市民の理解も深まっているということです。

「食の自立支援など重症化予防・介護予防に力を注ぐのは、幸せな長寿を実現するためです。出前講座などの機会には、介護保険法の周知、自助・互助の大切さも含めて健康寿命を延ばす意義を繰り返し伝えています。
 介護サービスが必要な方はサービスを使い、元気になっていく。元気な方と、元気になった方は、介護予防サービスの中で健康を維持し、支え合う。適正なサービス利用が寝たきりを防ぎ、健康寿命の延伸をもたらすことが市民に理解されて、食の自立や栄養改善、口腔ケア、筋力アップの大切さについても理解が進むのを助けました」(東内京一さん)。

 行政と、市民と、介護保険事業の関係者すべてが目標と方針を共有することで同じ方向を向いて施策の実行と、個別ケアマネジメントに取り組み、卒業後の受け皿が確保されていることが市民の安心につながっているため、“卒業”という結果が継続的に出て、低い認定率を維持することが可能になっています。
 なお、2006年から栄養管理ステーションの委託を受けていたNPO法人が、2014年から新たに委託を受け、市内の高齢化が進むマンモス団地(西大和団地)内の商店街に「まちかど健康相談室」を開設し、食支援の拠点の一つとなっています。

「誰でも気軽に立ち寄れる『町の中の保健室』的オープンスペース(平日10時~15時)です。管理栄養士が常駐しているほか、看護師や保健師が待機している時間帯もあります。
 ここでは介護予防の見守り・声がけのほか、健康・栄養相談、各種イベント(手芸、体操、クッキング、講座、ウォーキング)があり、参加者による自主的なサークル活動も始まっています。
 市内でもこの団地の高齢化は著しく進んでいて、独居世帯も少なくありません。そこで、こういう場のニーズがあると考えられ、設置されました」(和光市北地域包括支援センター長・西山隆さん)。

 同施設の運営に当たるNPO法人ぽけっとステーション代表理事の山口はるみさんは、次のように話します。

「地域の特性から栄養・口腔ケアの拠点であり、高齢者の閉じこもり予防も担う場です。開室の際、団地の自治会から『独居世帯の増加』『閉じこもり防止』でどのような取り組みを行なうべきか悩んでいたので大変助かる。気楽に立ち寄り、社会参加して、日常の困りごとを相談できる場所ができて安心、と歓迎していただけました。
 ご利用をご高齢の方に限っているわけではないので、子育て中のママと赤ちゃんがみえて、人気者になることもあります。
 相談室は、利用者が「何かをしなければならない場所」ではないから自由に立ち寄ることができる。現在、毎日20名前後のご利用があり、ここを“卒業”されて、もう少し運動ケアがある事業所へ移られる方や、西山所長など地域包括ケアセンターの方に案内されて、新しくみえる方など、ほどよく新陳代謝があります。
 イベントを除き食事の提供はしていませんが、お湯や電子レンジは利用可能なので、ここでお弁当を広げる方もいらっしゃいます。暮らしに近い場所だけに、生活が見えるので、食の自立支援で介入しやすいムードがあるのです。
 ご高齢の皆さんには長年の食習慣があり、疾病改善などの課題に対して自己管理をするのは大変です。普段から顔を見て付き合って、ご近所馴染みの管理栄養士としてアドバイスを繰り返す。実現可能な目標をご提案し、達成できたら共に喜ぶ。地道なことが、生活改善と自立につながっています。
 利用する方にとって来やすい場所であり続けるよう、この『敷居の低さ』は大事にしたいですね」(山口はるみさん)。

 また和光市では今後、団塊の世代が後期高齢者となる2025年を見据え、自費によるサービスの購入等の経済性に着目した、新たな自助及び互助サービス(生活支援サービス)の創出を公民連携により進めるとしています。
 要支援の手前で、加齢に伴う体力の低下や病気などによって生活上の困りごとがあり、やりたいことができなくなっている高齢者に対して、民間事業者が生活を多面的に支える有償サービスを開発し、提供するための仕組みを構築するに当たって、市が政策の一環で民間事業者と協働。住民のニーズに合ったサービスを創造することにより事業の公共性を担保するもので、この取り組みでは、「食べることを支える」自費サービスもいくつかつくっていく予定だそうです。

「自費負担でも自分の暮らし方に合ったサービスを受け、健康を維持し、自立した生活を続けたい。そのような高齢者にサービスの選択肢を増やしていく考えですが、とくに『食支援ツール』の可能性は大きいと思っています。
 こうした自助の活性は地域経済の活性ともリンクするので、複合的に重要な政策だと考えています」(東内京一さん)。

 なお高齢者への「ニーズに基づく食の自立支援」と同様のケアマネジメントは、地域包括ケアシステムの中で障がい者へ、わこう版ネウボラ(子育て支援システム)の中で子ども達へも提供されています(2013年10月から試験的に行ない、2015年4月からフル稼働)。
 東内さんは「障がい者並びに障がい児の方などへの在宅での栄養ケアも、重症化予防という視点で大切なサポートだと考えています」と話しました。