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ルポ・いのちの糧となる「食事」

下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

食べること、好きですか? 食いしん坊な私は、食べることが辛く、苦しい場合があるなんて考えたことがありませんでした。けれどそれは自分や身近な人が病気になったり、老い衰えたりしたとき、誰にも、ふいに起こり得ることでした。そこで「介護食」と「終末期の食事」にまつわる取り組みをルポすることにしました。

プロフィール下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

出版社勤務を経て、1994年より公衆衛生並びに健康・美容分野の書籍、雑誌の企画編集を行うチームSAMOA主宰。構成した近著は「疲れない身体の作り方」(小笠原清基著)、「精神科医が教える『うつ』を自分で治す本」(宮島賢也著)、ほか。書籍外では、企業広報誌、ウェブサイト等に健康情報連載。

第75回 居心地いいカフェから広がる 
介護の未来へ「決意」と「対話」(後編)

はじめに

 前回より、介護業界の内側からポジティブな介護、未来の介護を切り開くムーブメントを主宰している高瀬比左子さんにうかがったお話を掲載しています。直接、食支援に関する記事ではないですが、未来の食支援にもつながるムーブメントを紹介でき、新春にふさわしい記事ではないかと思っています。
 高瀬さんが開催する「未来をつくるKaigoカフェ」は活動開始から3年を経て、当初のように“カフェ”での開催が困難になるほど参加者が増え、毎月盛況です。介護業界の内外から自分なりの「ビジョン」をもつ人が集い、対話を重ねて、ゆるやかなネットワークを創造しています。
 これはひとえに主宰する高瀬さんの人柄故だと感じますが、堅苦しさのない、しなやかな運営で人を引きつけ、注目されているのです。
 また「ゆるやかなネットワーク」と言っても、患者(利用者)・家族の潜在的、現実的なニーズに応える介護や医療を能動的に生み出しているトップランナーを多数含む人脈で、筆者は高瀬さんのプロデュース力、コーディネート力の高さ、志の一途さを感じています。
 前回は、高瀬さんが「未来をつくるKaigoカフェ」を開いた経緯を中心にうかがった内容をまとめました。今回は、主に「未来をつくるKaigoカフェ」活動の一環で開催されている学校への出張カフェについてうかがった内容、今後の展望についてまとめます。

未来をつくる子どもへ福祉教育
介護の魅力を伝え、互助の心育む

「未来をつくるKaigoカフェ」は原則として月1回、高瀬さんがファシリテーターとなり、参加者は介護に関する身近なテーマについてゲストトークを聞き、グループディスカッションするといった構成で開催されています。
 ワールドカフェのスタイルで、介護と何らかの接点がある“大人”が「未来の介護」について対話する場となっています。
 学校への出張カフェも構成は同様で、都内の某小学校の総合学習の授業で継続して開催されています。参加者は、小学4年生。介護とは何か、ほとんど知らない子ども達です。出張カフェで子ども達と対話する機会をとても大切に考えているという高瀬さんに、活動のきっかけと趣旨をうかがいました。

「福祉教育に熱心な先生と知り合ったことが直接のきっかけで開催することができるようになりました。私としては、ぜひ子ども達に魅力ある仕事の1つとして『介護の仕事』を知ってもらいたく、実現できて本当にうれしい企画です。
 小学校のカフェでは、真面目すぎない楽しい授業ができていて、たわいない子ども達との対話を私も楽しんでいます。
 総合学習のテーマは『共に生きる』ですので、子ども達に介護の仕事の楽しさ、いろんな人がいて、いろんな仕事がある社会の豊かさを感じてもらって、“自分ならどうする?”という思考につなげるように配慮しています。
 能動的に介護と関わっている『未来をつくるKaigoカフェ』の仲間にボランティアで協力してもらっているので、子ども達がそれまで聞いたことのない現実社会に触れる機会をつくることができています」(高瀬さん)

 例えば、高齢者と一緒に暮らしたことのない子どもが多い中、年老いるということ、認知症とその介護について、認知症の高齢者のお茶目な側面を漫画で紹介することで伝えたり、日本全国をランニングしながら襷でつなぐRUN伴というイベントの体験談から伝えたり、趣向を凝らしています。
 介護と美容、介護と旅行などを組み合わせたビジネスを創造しているクリエイターなどは、専門性をもちつつ複合的なサービスをつくり、新たな仕事を生み出すことで、たくさんの人を喜ばせることができる醍醐味を伝えます。
 子ども達にとっては未知の領域。ゲストティーチャーの話の中にある豊かな人間性から、ノーマライゼーションや愛を感じ、その価値を学びます。その後、自分ならどのような介護をするか、どうしたら介護を必要としている人がいることを多くの人に知ってもらえるか、協力を得られるか、考え、意見を交わします。また、「人の意見を聞き、自分の意見を言う“対話力”を身につける機会にもなっている」とのこと。

 高瀬さんにとっては、学校への出張カフェは「未来をつくるKaigoカフェ」でできた縁を活かし、仲間の魅力、強みを紹介する機会でもあるそうです。

「介護業界で働くステキな人たち、その存在を子ども達に楽しく伝えたい。楽しくないと、介護がとてもやりがいのある仕事だと伝わりません。
 小学生の子ども達は介護についてほとんど知りませんが、いずれ父兄がもつマイナスの価値観の影響を受ける可能性があります。子どもが介護業界に進むことを父兄が『大学に行ってまですることじゃない』などと反対するケースもあるようですが、ネガティブイメージに負けない体験を提供し、福祉の真価を理解し、身近なことと思ってもらいたいですね。
 しかし、1回の体験では足りません。さまざまな状態にある人の自立を支え、自らも輝くステキな人の話を聞いたけれど、ほかでは介護について知るのはマイナス面ばかり…では、職業の選択肢に入らなくなってしまいます。小さい頃から継続的に介護に関する教育を授けることが、介護に夢をもち、介護を担う人を育てることにつながるでしょう。
 とはいえ現状、福祉教育の必要性を感じている先生は少ないようです。必要性を感じていてもどのような教育が必要か分からない、多忙で取り組めないなどもあるかもしれません。そこで実践事例を増やし、実際にどんな成果があったかなどを集めていきたい。ぜひ、全国にも広がってほしいと思っています」(高瀬さん)。

 出張カフェを実施した後、学校は子ども達の変化を成果として上げていて、
  • ・ 実際に介護業界で働く人から聞いた言葉を思い出し、困っている人に「何かお手伝いすることはありませんか?」と声をかけ、体が動くようになった
  • ・ クラスメイトとの関係性や学級経営にも大きく影響した。他者を助けることで「自分が活かされる」という体験、友達のやさしい側面に目を向ける、家庭・社会の多様性を知る機会にも
  • ・ 他者に対する関心とやさしいまなざしを持ち、プラスの側面を引き出し合うきっかけになっている

など、子ども達に貴重な体験が提供されたことがうかがえる内容です。

 高瀬さんは、福祉教育は「互助を学び、地域のことを知る機会になり、家庭や地域で子どもも自分ができることを考え、見つける機会になる」と話し、全国各地の介護関係者と身近な学校がつながることに思いを馳せています。

「私もできる限りのことはしたいけれど、もっと大きな仕組みづくりにも期待しています。行政や教育委員会、企業などが『継続的な福祉教育の仕組みづくり』をすることは可能だと思うし、そうした仕組みを根付かせる必要があるのではないでしょうか」(高瀬さん)。

 筆者も、介護はもっとその本来の意である「尊厳の保持」「自立支援」を担う仕事だと広く理解される必要があり、より日常のことになれば支援する人も、される人もラクになると考えます。大人も、子どもも「介護を知る」から始まるでしょう。高瀬さんのお考えに共感しました。

 次回は、埼玉県和光市で2003年より実施され、今なお継続されている「食の自立支援」についてうかがったお話を掲載予定です。

プロフィール
●高瀬比左子(たかせひさこ) 「未来をつくるKaigoカフェ」代表。介護福祉士・社会福祉士・介護支援専門員。大学卒業後、一般企業を経て、高齢者NPO団体設立支援や訪問介護事業所、施設や施設ケアマネジャーとして勤務する中で「未来をつくるkaigoカフェ」を主宰。対話を通じて介護の未来と、地域社会への還元を模索。平成27年8月、厚生労働省が主催した「第3回介護人材確保地域戦略会議」にて先進事例の1つとして「学校向けkaigoカフェ企画 ~講義型、体験型、対話型の授業をミックスした小学生へのカフェ活動について~」を発表。