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ルポ・いのちの糧となる「食事」

下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

食べること、好きですか? 食いしん坊な私は、食べることが辛く、苦しい場合があるなんて考えたことがありませんでした。けれどそれは自分や身近な人が病気になったり、老い衰えたりしたとき、誰にも、ふいに起こり得ることでした。そこで「介護食」と「終末期の食事」にまつわる取り組みをルポすることにしました。

プロフィール下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

出版社勤務を経て、1994年より公衆衛生並びに健康・美容分野の書籍、雑誌の企画編集を行うチームSAMOA主宰。構成した近著は「疲れない身体の作り方」(小笠原清基著)、「精神科医が教える『うつ』を自分で治す本」(宮島賢也著)、ほか。書籍外では、企業広報誌、ウェブサイト等に健康情報連載。

第62回 雑誌「おはよう21」連載からスピンオフセミナー 
牧野日和先生の「口から食べる支援を成功させるコツ」

はじめに

 去る9月27日、本サイトを運営している中央法規出版株式会社本社会場(東京)にて、歯学博士・牧野日和先生(愛知学院大学心身科学部講師)の講習会「口から食べる支援を成功させるコツ」が開催されました。
 この会は、中央法規出版が発行する介護専門職のための総合情報誌「おはよう21」に6月号から連載されている「加工食品でできる 簡単やわらか食 ~食べる人にも 作る人にも やさしいレシピ~」の体験版として、連載を監修する牧野日和先生と、レシピと食材提案を行なう株式会社ふくなお(大阪市東住吉区)が企画、株式会社フードケアと株式会社タカキヘルスケアフーズの協賛も得て、全国3会場で開催したものです(先に広島、大阪で開催)。
 最終回の東京会場には全国から医師や看護師、管理栄養士など多職種・約50名が集まりました。専門職ではない筆者には難しい部分も多々ある内容でしたが、嚥下障害者の食べ方の分析法、および、それに応じた嚥下調整食の提供の実際、嚥下調整食の作り方と確認の仕方を学ぶことができ、対象患者(利用者)へのていねいな食支援の在り方、そのための学びの大切さを強く感じたので、雑感と共にあらましをご紹介します。

奥義をつかんで、即現場に活かそう!
食支援のプロフェッショナル育む学び

 講習会の冒頭、牧野日和先生は会場を見渡して「多職種が集まりましたが、皆さんの共通点は『可能な限り、最期まで患者さんに口から食べさせたい』ですよね?」と言って、チームの共通目標を確認、「翌日から各々が実際のケアに取り入れることができる講義をする」、「牧野日和の講演を二度と聴かなくても支援ができるようにする」と宣言しました。
 受講者それぞれの机の上には資料と共に、摂食嚥下機能低下を段階別に模擬体験し、食形態を理解するための食品がずらりと並べられています。用意されたお弁当も3段に分かれていて、上段:嚥下調整食コード3、中段:同コード4、下段:常食を組み合わせたものでした。


 この講習は座学を超えて、

  • ・「食べる」という行為および解剖生理学を理解する
  • ・「食べられない」メカニズムを理解する
  • ・「嚥下調整食」を理解し、適切に選択・提供する

という3点を体験的に学べるように工夫されていました。これらの食支援が対象患者(利用者)の「食べられる心(自信)と食べるための身体をつくる」ケアの礎として重要ということです。

「食べる」という行為および解剖生理学を理解する

 食べ物を認識することに始まり、排便に至るまで、人が栄養やエネルギー、喜びを得る「食べる」という行為は、脳と心、全身を使うたくさんの行為の連続した流れで、食事をするには関係ないと思われるような部位(例えば体幹等の全身の筋肉)も、口やのどなど狭義の食べる機能を支えるなどしているため、障害が重くなるほど、心身のどこに不具合、障害があっても食べることが困難になります。
 そのことの仕組みを科学的に学び、「食べられない」原因をとらえ、支えるということは、患者(利用者)を取り巻く医療・介護の多職種に多様な知識と経験、状況判断、ていねい且つ果敢にケアに取り組む覚悟、連携が必要になると改めて感じました。
 牧野先生は、自身が15年前から実践している、人生最期の食事「お食い締め」支援の話もおり混ぜ、連携チームで念入りな評価と石橋を叩くようなトライアルを重ねている事例を紹介。緊張感のあるエピソードに、受講者の1人は「食支援に取り組もうとしている受講者には基礎となり、食支援を実践している受講者には基本の振り返りになる機会」と感想を述べていました。
 また、人には雑食性動物の特性として命を守るため本能的に「食べない」という判断があることや、食に対する心の影響、姿勢の影響、さらに視覚の影響についても話が及び、とくに「まず食べる、食べないを決める最初の判断をするのは視覚・87%」というのは、専門職でない筆者にも経験的にもうなずけました。嚥下調整食の見た目も「おいしそう」であることは間違いなく重要です。
 ただし、牧野先生は「単に食べさせたい」想いが先行し過ぎて、専門的なアセスメントをおろそかにすることの危険性についても詳しく述べ、注意を促しました。
 食事である以上、見た目と味だけでなく、患者(利用者)の機能に合わせる食べ物であることが基本であり、そのために「食べられない」という症状がどういうものかについても正しく理解する必要があるということでした。
 牧野先生は受講者に、「我々のように機能障害のない“食べられる口、健康な心身”で嚥下調整食を試食し、見た目と味でジャッジをするのはほとんど意味がない。頭だけで、食べられる人の『食べられない』を理解するのは難しい」と呼びかけ、そこで、実際にさまざまな食形態の食べ物を使い、嚥下障害の口の動きを演じながら食べ、隣の人と食べさせ合うなどもして、「レベルが合っていない飲食物は食べられない」体験を促しました。
 模擬体験に使われたお弁当の嚥下調整食コードに適した食材は、株式会社ふくなおの食材を調理したもので「物性」「見た目」「味(食材ごとに異なる風味・食感)」に加え、「嚥下障害のメカニズム」への配慮を兼ね備えたものでした。

「食べられない」メカニズムを理解する

 牧野先生は「『摂食嚥下機能障害』と一口に言っても、食べ物が口に入ってから飲み下されるまで、どの段階にどのような障害があるのか、心や身体に食べられない原因はないか、見極める『評価』が必須である。的を射た支援を行うためには適切な評価を行われなければならない」と話し、「受講者の皆さんには『摂食障害を有する患者さん』になってもらい、食をしていただきます。はい、まずは歯を全部抜いてください。……それが無理なら、咀嚼が不充分なイメージとして8回噛んでからすぐに飲み込みましょう! たとえ誤嚥や窒息しても、今日は受講者の中にドクターとナースがいるから安心して(笑)」。
 牧野先生の冗談に笑ったのは束の間のこと。食べられない人を模倣した、指定された方法で “レベルが異なる食物”を食べるのは困難かつ危険と肌身で感じました。
 受講者は、障害を理解する講義と、「さまざまな食形態の物を食べる・食べさせる」実技経験からあらためて障害の大変さや支援の難しさ、その必要性を理解したのではないでしょうか。
 自分の口で「食べやすい物(適量)」を迎えに行き、自分のペースで食べること、噛めること、飲みやすい食塊にできること、口の奥に運べることの食べやすさ、食べる機能の障害がある場合の食べにくさを体験しながら、どのような食支援・食介助が必要かパートナーと確認し合っていました。
 また、患者(利用者)によって、そして患者(利用者)1人ひとりのその日の体調によって、さらに提供された食事によって、さまざまな不具合が起こり得ることを察した受講者も多かったようで、牧野先生の「食形態に対象者が合わせるのではなく、対象者の障害に食形態や介助法を合わせることが必要」という言葉にうなずいていました。
 一方筆者は、多くの人の人生の後半に食を見直すタイミングが何度かやってくることを思い、こうしたことの一旦は一般向けの健康づくり教室などでも、予防のために啓発される必要を感じました。

「嚥下調整食」を理解し、適切に選択・提供する

 牧野先生は「患者(利用者)の安全面を考慮しながらも、可能な限り食べる支援を実践できる。今そんなプロフェッショナルチームが必要とされている」と話し、食支援で連携する専門職のすべてが「食べられるケア」を正しく理解、習得していく重要性を説きました。
 また、現存する機能に合った嚥下調整食を適切に選択し、健康状態の管理のもとステップアップ(またはダウン)する方法や、嚥下調整食2013(日本摂食・嚥下リハビリテーション学会)」のコード分類と摂食嚥下機能、摂食動作と中枢神経の関連、バイタルとの関係、患者(利用者)と家族の意志の確認、食事形態の見直しのタイミングについても解説しました。
 さらに講義はとろみ調整の目的や使い方、食介助などにも及び、実践者向けの講義の詳細はとても本稿で伝えられるものではありません。実践者にとってはとても充実したものだったようで、終了後、多くの受講者が牧野先生を囲み、なかなか散会しませんでした。皆さん、熱心に食支援の現場の話を交わしていました。実践者同士のよい交流の機会にもなったということでしょうか。
 「嚥下調整食」を作り、摂食嚥下障害を的確に見極め、的を射たケアを続けることが容易ではないこと、それでも労を惜しまず支援することの大切さは、別に牧野先生が書かれた一文からもうかがえます。

「重い摂食嚥下障害者になるほど、食べられるようになる道のりには、誤嚥ありきの薄氷を履む段階を含んでいる。何よりも対象者の安全を確保しながら、時に誤嚥ありきのギリギリのところを、医師や歯科医師の指示を得ながら進まないと摂食嚥下機能の改善や経口摂取、食事形態の向上はない」(牧野先生)

「ここから先は危ない。ここまでは大丈夫」。このように的確に見極めが出来る専門家と協働しながらケアが展開できる環境を作るため、講習内容は盛りだくさんに、ていねいに企画されていたのだと思います。講習会の表題通り“コツ”をつかんで帰路についた専門職の方が多かったでしょう。
 「食べられるケア」については、雑誌「おはよう21」での連載「加工食品でできる 簡単やわらか食 ~食べる人にも 作る人にも やさしいレシピ~」にも分載されています。

 約3時間みっちりと座学を超えた講習を受け、医療・介護の現場で食支援に携わる多くの専門職の方が連載と、全国で開催されている牧野先生の講演に出会う機会があることを願いました。他の取材でも、摂食嚥下機能障害と機能回復訓練に長けた専門職は増えたが、食べさせることができる専門職はまだまだ少ない、などと聞きます。食べられない人が増える中で、「食べられるケア」ができる専門職が増えるための学びの場が増える必要を感じました。

 次回は、障害者や高齢者への訪問診療を積極的に行っている歯科医師・石塚ひろみ先生にうかがったお話をご紹介します。