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ルポ・いのちの糧となる「食事」

下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

食べること、好きですか? 食いしん坊な私は、食べることが辛く、苦しい場合があるなんて考えたことがありませんでした。けれどそれは自分や身近な人が病気になったり、老い衰えたりしたとき、誰にも、ふいに起こり得ることでした。そこで「介護食」と「終末期の食事」にまつわる取り組みをルポすることにしました。

プロフィール下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

出版社勤務を経て、1994年より公衆衛生並びに健康・美容分野の書籍、雑誌の企画編集を行うチームSAMOA主宰。構成した近著は「疲れない身体の作り方」(小笠原清基著)、「精神科医が教える『うつ』を自分で治す本」(宮島賢也著)、ほか。書籍外では、企業広報誌、ウェブサイト等に健康情報連載。

第47回 始動、みんなの健康サロン「海凪」(みなぎ)
地域の暮らしを支える場をつくる(3)

はじめに

 連載第45回より、3月まで市立輪島病院で主任看護師をしていた中村悦子さんが一般社団法人みんなの健康サロン「海凪」を設立し、市内に「みんなの保健室わじま」を開いた経緯とお考え、今後の展望をうかがった記事を掲載しています。

各地の好事例、輪島流で真似
やってみなければ分からない

 前回の記事に、中村さんが在職中からさまざまな関連学会や勉強会にも足を運び、知識と技術と人脈を得てきたこと、それが今回、ご自身の場をつくるバックボーンになっていると思われることを書きました。

 中村さんは輪島市出身ですから元々地元に人脈をもっていますが、輪島病院在職中には、ケア・カフェの開催(地域でケアに関わる専門職の交流の場)、病院と地域歯科との連携(かかりつけ歯科医療と協働で入院患者に継続的な口腔ケア実施)、地域の管理栄養士との連携(輪島食形態マップづくり)、患者会(介護を語る会)の発足、病院内で活動する市民ボランティアチーム・なでしこ発足などで「輪島市内人脈」を広げてきました。

 一方、寸暇を惜しんで各地で開催される栄養ケア、口腔ケア、在宅医療の関連学会、勉強会に参加し、全国に学びの場と人脈を広げてきました。所属している学会は「日本静脈経腸栄養学会」「能登NST研究会」などです。地域の互助の仕組みづくりについても、公益財団法人さわやか福祉財団で「さわやかインストラクター」として研修を続けています。さらに、学びの機会にできた人脈を頼りに、実際に現地へ行き、さまざまな取り組みの現場を見聞し、関係者と会食するなどして、親交を深めてきました。

「学ぶことは尽きないし、楽しい。それぞれの場所で、自分の仕事と精一杯向き合う人、何かのときは相談できる人と出会うことができたおかげで、私は不安なく私の地域と向き合えています」。

 中村さんの言葉から、仕事をしながら学ぶことの大切さを感じました。学び、知識と技術を身につけ、師や仲間をもつことが、自分のしたい仕事をするために不可欠なことも再確認した思いです。

「たくさんの先駆的好事例があるのを見知って、輪島流で真似したいから、やりたいことはたくさんあり、妄想・構想がふくらんでしまいます」と話す中村さんは、

  • ・健康や介護、生活上の困りごとを気軽に相談できるケアラーズカフェ
  • ・キャンナス[]わじま事務局
  • ・地域栄養アセスメント(栄養・口腔ケア)の拠点
  • ・付随して、託児・託老、食形態アドバイスと介護食の注文代行(無料)、介護食品の販売、介護用品の選択指南(おむつ、歯ブラシ、歯間ブラシなど適切なものをアドバイス、無料)、介護用品の展示・レンタルまたは販売、身体測定、血糖値測定、お茶・食事の提供(安価で主食と汁物、副菜、おやつなどを提供する。ときに減塩食など機能性献立も)

のほか、

  • ・健康づくり講習会の開催
    サロンスペースで生活習慣病予防や口腔ケアに関する講座を開く
  • ・年金や療養費などについての相談会
  • ・保健室の地域への出前
    奥能登各地へ出張して1日保健室を開催する
  • ・がんサロン開催
    在宅療養中(輪島内外の病院に通院で加療中の人など)のがん患者と家族、サバイバーの交流会を開く
  • ・終末期や看取りに関する講習会の開催
    どのように終末期を過ごし、亡くなることが幸せか。最期に病院へ行ってもどこまで治療を望むか等を考える機会を提供する

なども随時行っていく予定です。どれも地域にとって必要を感じてのことですが、中村さんは「まだ実際何ができるか、何をするか分かりません」と言って、にっこり。

「私が地域に必要だと思うことと、地域が私を必要とすることは違うかもしれません。とはいえ場ができたので『あそこで何かやっているな』と問題がもち込まれたらいいですね。
 必要とされたときに、自分のできることを最大限にやるのがプロではないでしょうか。私の知識・技術で足りないことは、補ってくれる人がいるので何でもござれ。
 困り顔で来た人が、ここで得た知識やサポートで安心してくれればいいので、何をやってもいいかな、と。どの部分が報酬になるかも分からないですが、求めに応じていくつもりです」。

 分からないことは不安のように思えますが、やる前から分かるものではないというのが真理で、「分からない」と構えないからこそ、無理なく、地域の現状に応じて、必要不可欠な場になっていくのかもしれません。とても魅力的な姿勢です。

 しかし、そうまでして中村さんに場をもたせる動機は何なのでしょうか。

「個人的に、患者さんも含めてこの地域のお年寄りに支えてもらった経験があります。
 あることで仕事を休まなければならなかったときなど、励ましの言葉をくれ、頭をなでてくれたお年寄りがいました。子どものように涙が出ました。
 訪問看護でうかがっていた先では『復帰するまで言いつけを守って自力で頑張るから休め。電話だけ通じるようにしておいて』と言ってくれた方もいて、支えられていること、自分が仕事をしなければならないことに気づかされました。その経験がなかったら慢心していたかも。辛いときだったからしみじみありがたく、初心に返らせてもらえたのです。
 だからこの地域のお年寄りに住み慣れた輪島で安心して生活してもらい、生き切ってもらえるよう、地域全体がチームになる仕組みづくりの一端を担いたい。そのためには何でもしたい」。

 中村さんは「やらずにはおられない」真心で動いている人で、今はまだ「分からない」ことがどのように展開していくか大変興味深く、楽しみです。今後とも学ばせていただきたく、ぜひまた後日談をうかがいに輪島の「みんなの保健室」を訪ねたいと思っています。

 次回は、介護専門職の総合情報誌「おはよう21」で始まった介護食レシピの連載「加工食品でできる 簡単やわらか食」をご紹介します。

[*]^ キャンナス 特定非営利活動法人全国訪問ボランティアナースの会 キャンナス(CANNUS)
神奈川県藤沢市に本部を置く。全国に74の支部があり、北陸では富山県に2か所、福井県に1か所あり、石川県では「キャンナスわじま」が初の発会。医療・介護・福祉のサービス適用外のケアニーズ(相談受付<無料>、家族の負担軽減・支援、体調チェック、外出・外泊支援、終末期の看護・看取り支援など)に応える有償ボランティアを行なう。

プロフィール
●中村悦子(なかむらえつこ) みんなの健康サロン「海凪」代表、みんなの保健室室長、キャンナスわじま事務局長。看護師、公益財団法人さわやか福祉財団さわやかインストラクター。輪島市出身・在住。金沢医科大学附属病院を経て、市立輪島病院に勤務。1998年、同病院で訪問看護事業の立ち上げに参加し、2004年NST稼働時よりメンバーとなり、2010年「栄養サポート室」専従となる。2015年3月、同院を退職して、現職。