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介護職に就いた私の理由(わけ)

さまざまな事情で介護の仕事に就いた方々の人生経緯と、介護の仕事で体験したエピソードを紹介していきます。「介護の仕事に就くことで、こんなふうに人生が変わった」といった視点からご紹介することで、さまざまな経験を経た介護職が現場には必要であること、そして、それが大変意味のあることだということを、あらためて考えていただく機会としたいと考えています。
たとえば、「介護の仕事をするしかないか・・」などと消極的な気持ちでいる方がいたとしても、この連載で紹介される「介護の仕事にこそ自分を活かす術があった・・」というさまざまな事例を通して、「介護の仕事をやってみよう!」などと積極的に受け止める人が増えることを願っています。そのような介護の仕事の大変さ、面白さ、社会的意義を多くの方に理解していただけるインタビュー連載に取り組んでいきます。


花げし舎ロゴ

花げし舎ホームページ:
http://hanagesisha.jimdo.com/

プロフィール久田恵の主宰する編集プロダクション「花げし舎」チームが、各地で取材を進めていきます。
久田 恵(ひさだ めぐみ)

北海道室蘭市生まれ。1990年『フイリッピーナを愛した男たち』(文藝春秋)で、第21回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。
著書に『ニッポン貧困最前線-ケースワーカーと呼ばれる人々』(文藝春秋・文庫)、『シクスティーズの日々』(朝日新聞社)など。現在、読売新聞「人生案内」の回答者、現在、産経新聞にてエッセイを連載中。

第109回 ルールは最低限に 
利用者と介護職の個性でつきあう、それが自然なんじゃないかな

深田 喜久(54歳)
介護付有料老人ホーム ファミリアガーデン品川
介護福祉士
(東京・品川区)

取材・文 石川 未紀

SEから介護の仕事へ

 大学を卒業した後、IT関係の会社でシステム・エンジニア(SE)として15年働いていました。ちょうど介護保険がはじまるころ、娘が生まれまして。妻はすごい完璧主義者で、育児も家事も全力投球しすぎて、半ばノイローゼ気味になってしまったんです。当時、SEと言えば、激務で、深夜残業や土日出勤は当たり前。家にほとんどいなかったものですから、妻も不安だったんでしょう。私から見てもちょっと心配だったので、介護の仕事なら交代制で残業も少ないから、もう少しフレキシブルに家族との時間を過ごせるんじゃないかと思ったんです。「給料が半分になるけどいいか?」って聞いたら、妻は「助かる」って言いました。そのくらい一人で不安だったんだなと思いましたね。

 実は、会社を辞める前からヘルパー二級の資格を取得していたんです。SEの仕事は一日中、部屋に閉じこもってコンピュータ相手に仕事しているわけです。パソコンに話しかけちゃう、そんな日常なんです。だから人恋しい気持ちもあったんでしょう。あと、僕は長男で、将来は親の面倒を看なくてはという思いもありました。

 そのときの実習とか、授業とかでお話ししたのも楽しかったので、介護の仕事は大変だと言われますが、僕には抵抗はありませんでした。

 最初は特養やデイなどが併設された大きな施設で働きました。楽しかったんですよ。でも、特養は、お風呂に入るのに並ばせて入れたりして、これが本当の介護なのかなというジレンマも一方でありました。6年くらい働いたころでした。妻は僕がSEを辞めたことを気にしていたんでしょう。「もう、大丈夫だから、自分の好きなことをしていいよ」って言ってきたんです。介護の仕事は好きでしたが、その方法については少し疑問にも思っていたので、一度介護を離れてみようと。アルバイトでしたが、宅配の仕事を9か月くらいしていました。

均質なサービスより、個性を大切にしたい

 ここはちょうどそのころ新規オープンということで、人を募集していまして。やはり介護の仕事がいいなと思っていたのと、少人数の有料老人ホームなら、もっとアットホームな介護ができるんじゃないかと思い、応募して採用になったんです。ただ、そのころは介護を知っている人が三人くらいしかいなくて、ルールらしいルールがなく、用意しなければならない書類など含め、一からマニュアルを作りました。施設らしく整ってきたころから、入居者の方も少しずつ増えていって、今ではほぼ満室になりました。

 ここは、全24室に対して、昼間は介護士・看護師併せて8~9人、夜間も介護士・看護師それぞれ一名ずついます。この規模にしては多い方だと思います。これだけはどうしてもキープしてほしいと施設長にお願いして、この人数を確保してもらっているんです。

 僕は、食事介助や、入浴・排せつ介助という、いわゆる介護技術は、資格者にとってはそれほど大きな要素でないと思っているんです。それは24時間のなかのほんの一部。介護だけでなく、日常の中でおしゃべりをしたり…、そういう中でご利用者の方の健康状態や個性も見えてくるわけで、「ちょっと○○さんにしては元気がない」など、細かな変化にも気づけるんです。

 今、現場のトップをやらせてもらっているのですが、僕自身は最低限のルールはおさえるけれども、利用者と介護職の個性でつきあってくださいと伝えています。決め事も最低限しか決めていません。均一の品質を保つ為にいろいろな決まり事を決めている施設もあるし、それを全面的に否定するわけではありませんが、個性と個性が響きあって、それぞれが違うコミュニケーションをする、これはある意味ふつうのことだと思っています。経験の浅い若い社員には、ご利用者の方と親しい職員と一緒に接し始めるようにはしていますが、最低限、これだけはいけないというようなことを除けば、若い社員にも同じように自由に接してもらっています。それでも先日、第三者委員会で面談によるご利用者の方のアンケートでは、大変満足しているという結果をいただきました。ご利用者の方も、自然な人対人の関係を求めているんだと思います。

介護をもっとざっくばらんに!

 僕は、自立支援という介護の大きな流れとはちょっと違うかもしれないんだけど、ここまで頑張って生きてきた人たちをもっと頑張れって、お尻をたたくようなこと、しなくていいんじゃないかなって思っているんです。家にいるような、うまく言えないんだけど、もっとざっくばらんでいいんじゃないかって。寝たいなと思った時に寝たり、今日は牛丼食べたいなと思ったら食べに行ったり。家にいるみたいに自由にできたらいいんじゃないかと。スタッフの数も限られているし、限界もあるけれど、ご利用者の方やその家族の方との信頼関係があれば、小規模な施設だからこそ、できることもあるんじゃないかと思っています。地域交流で、地元小学生が毎年ここへやってきて、学習発表とかしているんですね。その子たちの中には卒業した後も、遊びに来てくれるんです。もう少し大きくなって、ボランティアとしてきてくれたら…。本当の孫みたいに、話し相手になってくれたり、自立している方と一緒にコンビニまで出かけたり、そんなことが自然にできたらいいなと思っています。

食後のお薬を利用者の方に渡す深田さん

【久田恵の視点】
 管理されないこと、支配されないこと、これって人が求める根源的な欲求です。家にいるみたいに自由な場所、介護施設で暮らす人たちのすべての願いかと思います。