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介護職に就いた私の理由(わけ)

さまざまな事情で介護の仕事に就いた方々の人生経緯と、介護の仕事で体験したエピソードを紹介していきます。「介護の仕事に就くことで、こんなふうに人生が変わった」といった視点からご紹介することで、さまざまな経験を経た介護職が現場には必要であること、そして、それが大変意味のあることだということを、あらためて考えていただく機会としたいと考えています。
たとえば、「介護の仕事をするしかないか・・」などと消極的な気持ちでいる方がいたとしても、この連載で紹介される「介護の仕事にこそ自分を活かす術があった・・」というさまざまな事例を通して、「介護の仕事をやってみよう!」などと積極的に受け止める人が増えることを願っています。そのような介護の仕事の大変さ、面白さ、社会的意義を多くの方に理解していただけるインタビュー連載に取り組んでいきます。


●インタビュー大募集
「このコーナーに出てみたい(自薦)、出してみたい(他薦)」と思われる方がいらっしゃったら、
kawase@chuohoki.co.jp
までご連絡ください。折り返し、連絡させていただきます。

花げし舎ロゴ

花げし舎ホームページ:
http://hanagesisha.jimdo.com/

プロフィール久田恵の主宰する編集プロダクション「花げし舎」チームが、各地で取材を進めていきます。
久田 恵(ひさだ めぐみ)

北海道室蘭市生まれ。1990年『フイリッピーナを愛した男たち』(文藝春秋)で、第21回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。
著書に『ニッポン貧困最前線-ケースワーカーと呼ばれる人々』(文藝春秋・文庫)、『シクスティーズの日々』(朝日新聞社)など。現在、読売新聞「人生案内」の回答者、現在、産経新聞にてエッセイを連載中。

第49回 「諦めていた旅をもう一度!」の思いから介護トラベル会社を起業

丸 直実さん
介護トラベル株式会社(東京・ひばりが丘)
代表取締役社長・介護福祉士・運行管理者(旅客)

取材:藤山フジコ

70年ぶりの再会をサポートした介護トラベルの会社

 介護トラベルの会社を起業して1年経ちました。介護トラベルとは、介護と旅が一緒になったものです。車椅子の方や介護の必要な方でも、旅行を楽しんでいただけます。私たちは、プランを立て、旅行に同伴し、旅のお手伝いをさせていただいています。

 お客様に合わせたオリジナルのプランなので、一人ひとり皆違います。先日も娘さんから、「母を岐阜に連れて行きたい」という依頼がありました。その方のお母様は、要介護4の92歳。なんでも戦争で離れ離れになってしまった恋人に「もう一度会いたい」とボソっと話されたそうなんです。そこで、娘さんが望みを叶えてあげようと、あちこちのタクシー会社に掛け合ってみたのですが、全部断られてしまいました。郵便局に置かせてもらっていたうちのパンフレットを偶然見て連絡してきてくれたんです。

 ちょうど、ゴールデンウィークだったので、練馬から岐阜まで渋滞で6~7時間かかったのですが、何ごともなく無事到着。岐阜の待ち合わせ場所に、恋人だったおじいちゃんも来てくれて。二人とも少し認知症の症状もあるし、当時から何十年も経っているので「分かるかな・・」と娘さんも心配していたのですが、会えば分かるんですね。もう、おばあちゃんがおじいちゃんの手を握って離さない。この旅を企画した娘さんも達成感で一杯という感じで、写真を見るとみんな本当にいい笑顔なんです。このような瞬間を体験すると、疲れも苦労も吹き飛びますし、この仕事に喜びを感じます。

こんなにやりがいのある仕事はない!

 介護の仕事に就いたきっかけは、ボランティアなんです。22歳で結婚し、結婚後もOLとして会社に勤めていたのですが、32歳の頃、「何か物足りないな・・。何かしたいな・・」と思い退職し、アロマコーディネーターとリフレクソロジーの資格を取得しました。その後、ホテル内のリラクゼーションサロンで身体のトリートメントをする仕事に就きました。

 そのホテルは高級ホテルで、顧客はみなお金持ち。やってもらって当たり前、という感覚が、自分とは合わないな・・と思っていました。ホテル業務と並行して老人ホームにハンドマッサージのボランティアにも行っていたんです。そこでお年寄りに施術すると、涙を溜めながら「気持ちいいわ~」って感謝していただいて。結局、ボランティアで行っていた老人ホームにやりがいを感じて介護の仕事に就こうと決心しました。

 ヘルパー2級(現在の介護職員初任者研修資格)を取って、訪問介護の仕事を始めました。利用者のお宅を仕事で訪ねると「今日もまた来てくれたのね~」とか、「あなたが来るのを楽しみにしてたの!」とすごく喜んでくださって。「こんなにやりがいのある仕事はない!」と実感しました。感謝されて、喜ばれて、自分の充実感ってものが、ホテルとはまるで違うんですよ。訪問介護の仕事は5年続けたのですが、事業所が転々とし、人も次々と辞めていくなど、いろいろと問題があり、別の施設で働くことになりました。介護の仕事をずっと続けていきたいと思い、介護福祉士の資格もこのとき取得しました。

「温泉にゆっくり入れてあげたい!」という気持ちが「介護トラベル」の起業を決意させました

 今度は有料老人ホームで働くことになりました。自立できている方も多く入居されていました。ここは、食堂に入居者が入ってくると「いらっしゃいませ」と言わなくてはならないんです。「常に入居者には敬語で接しなさい。お客様として扱いなさい」というのがホームの方針でした。普通の会話をすると怒られちゃう。食後も「お茶になさいますか? それともコーヒーになさいますか?」など、介護職というよりサービス業という感じでした。これでは以前いたホテルと変わらないな・・と思い、2年で退職しました。

 次にグループホームで働きましたが、この施設の「自分でできることは、自分でやっていただく」という自立自助の方針に共感しました。毎日笑いの絶えない楽しい職場でしたね。そこで働いていると利用者のおばあちゃんたちが集まっては、「昔、住んでた私の家、今どうなっているんだろうね~」とか「お墓参りもずっと行ってない・・」とか、そんな会話がよく耳に入ってきました。でも、家族には負担をかけるのが嫌で、遠慮して話さないのです。

 グループホームでは、秋に1泊で旅行に行くんですよ。ずっと「温泉に行きたい」と言っているおばあちゃんがいて、秋の旅行をすごく楽しみにしていたんです。現地に到着したときから「温泉に入りたい、温泉に入りたい」と言っていて、私も温泉好きなので、一緒に入ろうと思ったのですが、先輩職員から「(規則だから)みなで入らないと」と止められて。それで、やっと温泉に入ることになったら、流れ作業なんですよ。こっちはTシャツに短パンで。「おばあちゃん、ゆっくり温泉に入りたかっただろうな・・。あんなに楽しみにしていたし。これでは施設の入浴と変わらないな」と複雑な気持ちになりました。この1件が、ずっと心に刺さり、「温泉にゆっくり入れてあげたい!」という気持ちが「介護トラベル」の起業を決意させました。

 有料老人ホームで一緒に働いていた同僚と、経理を手伝ってくれるアルバイトの3人で会社を立ち上げました。起業する迷いみたいなものは全くなかったですね。介護の経験しかないので、会社経営となると大変です。こんな頼りない社長だから、まわりが心配してアイデアを出してくれたりアドバイスしてくれたり。ありがたいです。根が楽天的なので「どうにかさせるんで見ていてくださいね」って言っています(笑)。

 うちは、移動に使っている車は、ベンツV350なんです。普通は車椅子ごと入るワゴン車が主流ですが、あれだとデイサービスに行くのと変わらないじゃないですか。ベンツだと振動が少なく、シートが広いので、長時間乗っても疲れません。介護の必要な方の旅行は、電車では無理なので、結局車に乗っている時間が長いんです。そこが快適だと旅行の質も変わってきます。旅は人生を豊かにする特別なもの。身体が不自由だからと諦めてほしくないのです。介護タクシー料金は1時間4,900円、その後30分ごとに2,270円をいただいています。この金額は法律に沿った金額で、国土交通省の指導の下、申請して許可を得た料金なんです。

 旅行って行く前が一番ワクワクしますよね。なので、洋服を一緒に選んだり、美容院へお伴したり、お化粧のお手伝い、荷造りなど旅というハレの場を、きめ細やかにお手伝いしています。これは、「トータルケアサポート料金」に全部含まれます。他の会社は、入浴手伝いプラスいくら、排泄介助何回までとかで、移動料金以外オプションになっているんです。みなで話し合って、それは止めようと。介護職に就いていた私たちなので、皆さんが何を求めているか経験から分かります。何より、いつも介護を頑張っているご家族にも旅をゆっくり満喫していただきたい。このときは介護から解放されてほしい。だから赤字覚悟で、一律料金にしました(要介護度によって異なります)。

介護の仕事をやっていて良かった

 同居していた義理の母が昨年亡くなりました。亡くなる数年前から認知症になり、職場でも認知症の方のお世話をして、帰宅してからも認知症の母がいる生活でした。そのような訳で、家族の大変さはよく分かるのです。実の父も、5年前、亡くなりました。実母が早く亡くなったため、ずっとひとりで暮らしてきた父が、交通事故で入院してから、あっという間に弱ってしまいました。お正月に自宅に一時帰宅したとき、「うちのお風呂に入りたい」と言ったんです。立つことさえ大変だった父を、介護職の経験があったため、ゆっくりお風呂に入れてあげられた。このときほど、介護の仕事をやっていて良かったと思ったときはありません。

 でも、亡くなると後悔ばかりで。義母は岐阜で生まれ育って、岐阜の話をよくしていたんです。父も、長く暮らした茨城に、最後に連れて行けばよかった。もう叶えたくても叶えてあげられないので、仕事でお役に立ちたいなと。

 介護トラベルに依頼されたご家族は、介護が必要な方のためにと思って一生懸命なんですが、旅が終わると、「やり遂げた」達成感で喜ばれるんです。旅行を通して楽しい思い出をいくつも共有できたと喜んでいただけます。

 介護タクシーは、営業所がひばりヶ丘だと、発着どちらかを東京都内にしなくてはならないと、法律で決められています。したがって、お隣の埼玉からのご依頼なのに、埼玉から出発できません。なので、今後、小さくて良いので、事業所をもっと増やして、全国どこからでも旅行に行ける体制を作りたい。今はまだ、自分にお給料が出るまでの利益がないのですが、それでも、お客様の笑顔に支えられながら、スタッフ皆と走り続けたいと思っています。

ご利用者さんとお墓参り

旅行用ベンツV350と丸社長

ベンツ車内

インタビュー感想

 介護トラベル株式会社は、ひばりヶ丘の駅から2分ほどのビルの2階にあります。一歩、社内に入ると、広々とした白い部屋にセンスの良い事務用品が配置され、まさに「女性社長の会社」という雰囲気。その丸さんは、気負わず、正直で、気さくで、明るい魅力的な方でした。センスの良い事務机や椅子などは、「倒産品や中古品」をネットで見つけ、タダ同然で譲り受けたもの。会社で使用しているベンツも、「一緒に会社を興したスタッフが中古で買いました」という感じで、全く気負ったところがありません。「私が頼りないから、皆が助けてくれるんです」と明るくおっしゃっていましたが、インタビューを通じて、丸さんは自ら道を切り開くたくましい方だなと実感しました。介護トラベルのもう一つの事業、「手つなぎサポート」は近隣の外出やお散歩、ご自宅でのお掃除、お話相手など、介護保険外のお仕事を1時間単位で請け負っているそうです。
 これからは、介護の必要な方や障がいを持った方が、介護トラベルなどのサポートを得て、どんどん旅に出ることが普通になる世の中になっていってほしいと思いました。

【久田恵の眼】
 会いたい人に会いに行く、食べたいものを食べに行く、ゆっくり温泉に入りたい・・・、高齢になると、ごく当たり前だったことができなくなってしまいます。そうなって初めて、その当たり前のことがどれほどかけがえのないことだったかを思い知らされます。
 その当たり前のことをかなえよう、というのが介護トラベルの理念。まさに志を持って起業するということの原点ですね。介護していた母親が、車椅子用の介護タクシーを嫌がったのを思い出しました。せっかく旅に連れ出したのに、温泉に入れなかったことも。介護体験を持つ女性社長ならではの視点がさすがです。介護保険外サポートという新分野が、着々と広がっていることを感じさせられます。