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脊髄損傷を受傷して

松尾 清美(まつお きよみ)

年間約5000名の新患者が発生するという脊髄損傷。
ここでは、その受傷直後から患者およびその家族がどのような思いを抱きながら治療に臨むのかを、時系列に沿ってご紹介します(執筆:丸山柾子さん)。
それに呼応する形で、医療関係者によるアプローチ、そして当事者の障害受容はどのような経緯をたどるのか、事例の展開に応じて、専門家が詳細な解説を示していきます(執筆:松尾清美先生)。

プロフィール松尾 清美先生(まつお きよみ)

宮崎大学工学部卒業。
大学在学中に交通事故により車いす生活となる。多くの福祉機器メーカーとの研究開発を行うとともに、身体に障害をお持ちの方々の住環境設計と生活行動支援を1600件以上実施。
福祉住環境コーディネーター協会理事、日本障害者スポーツ学会理事、日本リハビリテーション工学協会車いすSIG代表、車いすテニスの先駆者としても有名。

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第42回 「第40回 夫の心に響いた言葉の数々」「第41回 全身痙攣の怖さ」の解説

 自分に生じた障害を受け入れ、「これで生きていこう」、「何とかなる」というような思いや目先の目標を持つと、人間はその目標に向かって進んでいけるのです。このことを私自身、そして多くの脊髄損傷者から学びました。丸山さんの場合は、それが「仕事に復帰したい」ということだったのです。また、機能回復訓練中のセラピストの言葉を自分の励みにして、かなり厳しいリハビリテーションプログラムを毎日繰り返して、麻痺域周辺の筋力増強や自助具の操作方法を収得されていったことが記載されています。

 一方で、手の指が動くようになったり歩いている夢を見て、覚醒してから「夢だった」と落胆することも書かれています。丸山さん夫婦の会話の中で、奥さんが「このような悲しみは、私がどうやっても理解してやれないことであり、何とも慰めようのないことで、聞くほうも辛いことでした」と書かれています。受傷して6か月経過した頃は、以前の自分と障害を持った自分の間で揺れ動く時期であることがわかります。

 脊髄損傷となって40年経過する私も、夢の中では、スイスイ移動しているとき、車いすは見えませんが、目の高さは妻より低いのです。また、階段があると、上がれないと思っている自分が夢の中にもいます。脊損年数が長くなると、このようなことも妻と笑って話せるようになってきます。

 丸山さんの文章を見ていると、本人が自分で目標を決めてそれに向かって進んでいくことが大切なことがわかります。また、セラピストや医師には、高過ぎない目標の設定などを手伝ってもらうことが重要であることがよくわかります。キン・コムでトレーニングしている写真の丸山さんの表情は、おそらく頸髄損傷になる前のスポーツトレーニングをしている時の表情と同じであると考えています。

 痙性が少ない時はベッドや起立台などから転落するなんてことは全く考えなくてもよかったのですが、全身の痙性が激しく起きるようになると、その危険性が数回の転落で恐怖になっていることが、書かれています。専門スタッフのナースの「びっくりしたけど、こうしたら落ちることがあるとわかったからいいじゃない・・」というたくましいアドバイスで、痙性が起きる姿勢や状態を知って、危険を回避する方法を習得していくことになったようです。痙性が起きること自体は、反射などの不随意運動なので嫌がる方が多いのですが、筋が動いているのですからよいこととも言えるのです。したがって、痙性が起きそうな筋トーンが高まってきたら、痙性が起きる姿勢をあえてとることで、痙性を誘発し、痙性を出してしまうことを勧めています。痙性によって筋が動いても、しばらくすると、筋疲労し、痙性も止まってくれるのです。

 電動車いすでセンターの敷地を出て、一般道を走行する経験を始めているのは、復職をイメージしてのことです。「残された機能の幅を拡大しながら生活に結び付けていく過程で、OTとPTと医用工学研究部の連携は非常にありがたかった」。担当セラピストと医用工学研究部は、自分でできることを増やしていく支援を行ったのです。例えば、食事のための自助具やパソコン操作のための自助具、そしてベッドやテレビ、エアコンなどのさまざまな電気製品のスイッチをまとめて、本人が操作できる入力方法で、それらのコントロールをできるようにする環境制御装置、住環境の改善支援を退院、そして退院後まで行います。また、総合せき損センターには、労働災害保険法や身体障害者福祉法に基づき、退院後の自立(律)生活を考慮して、日常生活用具や補装具、住宅改修などの公的資金の入手方法や手続きや選定などについて、ソーシャルワーカーが動いてくれるシステムがありました。

 医師や看護師、PT,OT、リハビリテーションエンジニア、ソーシャルワーカーが、連携してそれぞれの専門の仕事を遂行し、退院後の生活方法を考慮して準備することで、退院直後から、自宅で違和感なく生活を開始することができるようになるのです。ただし、これらの専門職の一つでも欠けていれば、不十分な準備になってしまいます。