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介護職に就いた私の理由(わけ)

さまざまな事情で介護の仕事に就いた方々の人生経緯と、介護の仕事で体験したエピソードを紹介していきます。「介護の仕事に就くことで、こんなふうに人生が変わった」といった視点からご紹介することで、さまざまな経験を経た介護職が現場には必要であること、そして、それが大変意味のあることだということを、あらためて考えていただく機会としたいと考えています。
たとえば、「介護の仕事をするしかないか・・」などと消極的な気持ちでいる方がいたとしても、この連載で紹介される「介護の仕事にこそ自分を活かす術があった・・」というさまざまな事例を通して、「介護の仕事をやってみよう!」などと積極的に受け止める人が増えることを願っています。そのような介護の仕事の大変さ、面白さ、社会的意義を多くの方に理解していただけるインタビュー連載に取り組んでいきます。


花げし舎ロゴ

花げし舎ホームページ:
http://hanagesisha.jimdo.com/

プロフィール久田恵の主宰する編集プロダクション「花げし舎」チームが、各地で取材を進めていきます。
久田 恵(ひさだ めぐみ)

北海道室蘭市生まれ。1990年『フイリッピーナを愛した男たち』(文藝春秋)で、第21回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。
著書に『ニッポン貧困最前線-ケースワーカーと呼ばれる人々』(文藝春秋・文庫)、『シクスティーズの日々』(朝日新聞社)など。現在、読売新聞「人生案内」の回答者、現在、産経新聞にてエッセイを連載中。

第143回 高齢者の住まいのことを日本一知る人になりたい 
終の住処を後悔させないために

満田将太さん(31歳)
高齢者住まいアドバイザー協会
代表理事
(神奈川・横浜市)

取材・文:石川未紀

施設に入るイコール不憫、というわけではなかった

 大学生の時に、会計士の資格をとり、大手監査法人に就職。5年勤めました。その会計士時代に、92歳の祖母が腸閉塞で入院したんです。それまで、祖母は横浜で釣りボート屋を営んでいて、自転車も乗りこなしていたのですが、この入院ですっかり足腰が弱ってしまい、バリアフリーでもない自宅で過ごすことができなくなってしまった。それで施設を探して、退院と同時に施設に入ったのです。

 当初、私は、在宅がいいに決まっている、祖母が不憫だという気持ちがありました。ところが、祖母は施設での生活を楽しんでいたんですね。レクリエーションも豊富で、書の大会で賞をとったと喜んでいました。「ああ、いい施設というのもあるんだな」と実感したのです。施設イコールよくないものという自分の先入観は間違っているのかもしれないと。

 でも、高齢者施設のことを私も含め、知らない人が多いし、あわてて探すとやはりよくない施設に入居を決めてしまう場合もある。

高齢者の住まいの紹介業を起業

 それで、私は2012年に高齢者の住まいの紹介業をはじめました。当時すでに、高齢者の住まいを紹介する業者はたくさんあって、どちらかというと後発のほうでした。当初は、病院を回って施設を探している人たちに営業する方法でやっていたのですが、どこか違和感がある。病院へは足しげく通うものの、施設は入居希望者の方が見学したいと言われて初めて行くというケースも多かったんです。その人にとって終の住処となる大事な家を、紹介する方がその施設を知らないというのは、無責任なんじゃないかと――。それで、私はその手法は変えて、とにかく日本一施設のことを知っている人になってやろうと、あらゆる種類の施設を回って見学に伺い、施設長とお話させてもらいました。

 すると、どんな施設がいいか、どんな点をチェックしたらいいのかが見えてきたんですね。

 施設の種類や特徴、それぞれの施設の紹介や、見学時のチェック項目などをHPにマニアックなまでに載せたところ、多くの反響をいただきました。

 娘さんやお嫁さんからの相談もありました。介護がいつまで続くか不安だ、自分が犠牲になっている等々、切羽詰まった悩みを打ち明けられることもありましたし、時には電話口で泣いている方もいました。そんな自分に罪悪感を感じたり、お金のことが心配で施設を考えられない人に、アドバイスすると、「いろんな施設があって、いざとなったら利用していいんだと分かっただけでも気持ちが楽になった」という声をいただいたんです。

 高齢者住まいに関しては、業界はずっと利用者に対して「無料相談」というかたちをとっているんです。つまり、お金は施設側から支払われる仕組みです。でもどうでしょう。例えば、契約が成立したときの金額が、A施設が50万円、B施設が10万だとしたら……。A社よりB社のほうが、この人には合っているなと思っても、どれだけの人がB社を紹介するでしょうか?

 私はこの仕組みにも疑問だったし、無資格でできる仕事というのもどうかなと思っていました。きちんとした資格のある人が、ふつうの不動産のように利用者から料金をいただく形のほうが、結局は、自分にあった終の住処を見つけらえるのではないかと。

高齢者の住まいの問題をもっと多くの人に知ってもらいたい

 それで、「一般社団法人 高齢者住まいアドバイザー協会」を立ち上げたんです。

 高齢者の住まいの選び方や社会保障、介護離職防止の基礎知識を学んでもらい、仕事や地域の中で活かせるように「高齢者住まいアドバイザー検定」を始めました。内閣府認可の一般財団法人職業技能振興会が認定する資格です。資格を取得した人たちがそれぞれの地域・社会で、知識を活かして、高齢者の住まいや介護で困っている人たちを援助していってほしいと思っています。

 昨年から試験が始まり、セミナー活動も増えました。試験に受かった人たちがさっそく、アドバイザーとして活動を始めています。受験者も増えていて、広がりを見せています。ケアマネさんは高齢者の方に関してはプロですが、サービス付き高齢者向け住宅と有料老人ホームの区別があいまいだったり、契約での注意点なども知らないことが多い。福祉関係者はもちろん、保険会社の方、不動産業の方、学生さんやボランティア、ご家族の方などにもぜひ受けてほしいなと思っています。

 検定はハードルが高いという方には、講習を受けていただき、介護保険と高齢者の施設について一通りのことを理解してもらったら、グリーンのリングを差し上げています。国がすすめている認知症サポーターのオレンジリングに倣った形ですね。

 オレンジリングは取得者1000万人を超える取り組みとなっているそうですが、グリーンリングもそれをめざしています。介護離職が問題になっていますが、ほんの少しの知識で思いとどまることはできるんです。たくさんの人がグリーンリング取得者となって、隣人に困った人がいたら、気軽に声をかけてあげられるような、そんな人がたくさん増えたらと思っています。


【久田恵の視点】
 私たちは情報に溢れる社会に暮らしていると錯覚しがちですが、自分に大事な情報となると手に入らない、そんな時代に生きています。満田さんのような活動があれば、介護施設のあり方を当事者目線へとさらに改善させていく力になりますね。