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マンガでわかる 介護のキーワード

梅澤 誠 (うめざわ まこと)

介護の常識は世間の非常識といわれることがありますが、介護現場で語られる言葉に違和感を覚える人もいるようです。
この連載では、こうした「介護の常識」をマンガで考えていきます。

プロフィール梅熊 大介 (うめくま だいすけ)

1980年生まれ、群馬県出身。
東京で漫画家アシスタントをしながら雑誌、ウェブにて作品を発表。2009年第6回マンサン漫画大賞(実業之日本社主催)佳作受賞。デジタルマンガ・コンテスト2012(デジタルマンガ協会主催)優秀賞受賞。9年間のアシスタント修業の後、32歳で介護職員となり、以後介護を中心とした企業広報マンガを執筆。2015年現在、所属する大起エンゼルヘルプのホームページに新規採用者向け介護マンガを連載。著書に『マンガ ボクは介護職員一年生』(宝島社、2015年)がある。

第5回 選べることの意味

 今年4月から「電力の自由化」が始まるということです。利用者が電力会社を選んで個別に契約できるようになるので、乗り換えを考えている人も多いのではないでしょうか。

 個人的には「電気のようにライフラインにかかわるものが、民間で管理されて大丈夫かな?」という感覚がありましたが、どうやら時代遅れだったようです(苦笑)。電力の自由化はアメリカでは1990年代、EU諸国でもイギリス、フランス、ドイツ、イタリア…各国ですでに実施されています。はじめこそ停電などのトラブルがあったようですが、そこは命にかかわる問題。電力会社が協力して不測の事態を回避する方法がすでに確立されています。日本でもその連携方式を採用するそうです。

 新規参入の電力会社を調べてみたところ、これが面白いですね。多くはLNG(液化天然ガス)による火力発電を主力にしていますが、ある会社は「●●%を再生可能エネルギーでまかないます!」と堂々と書いてあります。アグレッシブです。こういうことができるのも民間参入、競争原理の良さなのでしょうか。
 そもそも原発事故をきっかけに論議された電力の自由化ですから、料金や供給能力以上に「安全な方法で作ってほしい」とお思いの方も多いはず。これで安定供給できるなら、「日本に原発は必要」と言っていたのはまっ赤なウソということになりますが…。

 長々と電力の話、失礼しました。とにかく一方的な「親方日の丸」体制より、競争と自由選択のほうが利用者にとってメリットが大きい、というのは間違いなさそうです。それは電力に限らず、介護においても同じような道筋をたどった経緯があります。

 介護職員にとって「選択」できることの意味とはどんなものでしょうか。
 私が介護職員になりたてのころ、ある先輩に言われました。『声かけは必ず選べるようにすること』。たとえば「買い物に行きましょう!」ではなく「買い物に行きますか? それともウチで料理の下ごしらえしときましょうか、どっちがいいでしょうね」などと言う。そのとおりに心がけていると、しばらくして『梅ちゃん、なんで選べるように言うかわかるか?』と先輩に聞かれました。そのとき教わったのが、「措置の時代」の話でした。

 介護保険制度が施行された平成12年以前、利用者は介護サービスを選ぶことができませんでした。役所が指定したサービス、施設を利用するだけで、利用者には選択権がない。それを『措置の時代』と言うと教わりました。ちょうど今までの電力のように、利用者には選択権がなく、不祥事があっても電気を買わないわけにはいかず、値上がりしても従うしかない…そんなおしつけの状況が介護の世界にもあったのです。もちろん競争もなければサービス向上の努力もありません。

 そういった状況を「利用者本位の制度に」と変革したのが介護保険制度で、利用者は介護事業所の中から自分の希望に合ったところを選んで契約するように変わりました。『だから生活の中でも、必ず利用者さんに選んでもらうんだ。介護は利用者本位。自由、選択権を奪わない。おしつけは措置の時代に逆戻りすることだ』と教わったことを覚えています。

 考えてみれば朝から晩まで、1日は選択の連続です。人は着る服、食べるもの、話す言葉のすべてを自由意志で選んで生きています。認知症になった方でも、その権利はもちろんある。ただうまく選べないこともあるので、そのときは職員が「選択肢を提示」する。

 無論、認知症の方と接するときは「お風呂キライみたいだけど、今日は入ってもらいたい」とか「薬が苦手らしいけど、飲んでほしい」など、本人の意向に一見反する支援も必要になります。そういうときでも「お風呂入って」「薬飲んで」とは言わない方法を考え、選択肢を提示する。これは本当にむずかしいことですが、そうでなければ介護の歴史としては「逆戻り」なんだと教わりました。

 「~して」という言い方を廃する、事実これは安全弁として機能したと感じます。おしつけが常態化すれば必ず虐待に繋がるからです。利用者の選択権を奪わない、相手に選んでもらう、それ一つ心がけることで、結果として職員としての自分も守られたと思います。

 介護も事業所によりさまざまな理念があり、支援の方法もさまざまです。しかしそれを自由に選べるのは当たり前のことではなくて、「利用者本位に」と改革された結果。まだほんの15年ほどのことなのですね。

 電気の自由化を機会に、介護が「自由選択」になった意味をもう一度確認したいと思います。利用者本位、自由選択になっているかどうか…。選択肢を奪う支援では、自由になった意味がないのですから。

追記

 ちなみに、措置の時代はどんな支援がされていたのか? 調べてみようと思ったら、本屋にも図書館にも資料が全くありませんでした。区役所の資料室で数字ばかりの資料が少しと、専門学校の講義録がネットで見つかったくらいです(苦笑)。
 介護関係の本、たくさん出ていると感じていましたが、それもここ最近の話なのですね。書いているのもタレント、漫画家、介護関係者など一般の民間人。国や自治体は一般向けの書籍を出してくれません。自由化されて本当に良かったなと思いました。