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宗澤忠雄の福祉の世界に夢うつつ

宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

疲労が溜まりやすい福祉の現場。
皆さんは過度な疲労やストレスを溜めていませんか?
そんな日常のストレスを和らげる、チョットほっとする話を毎週お届けします。

プロフィール宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

大阪府生まれ。現在、日本障害者虐待防止研究研修センター代表。
長年、埼玉大学教育学部で教鞭を勤めた。さいたま市社会福祉審議会会長や障害者施策推進協議会会長等を務めた経験を持つ。埼玉県内の市町村障害者計画・障害福祉計画の策定・管理等に取り組む。著書に、『医療福祉相談ガイド』(中央法規)、『成人期障害者の虐待または不適切な行為に関する実態調査報告』(やどかり出版)、『障害者虐待-その理解と防止のために』『地域共生ホーム』(いずれも中央法規)等。青年時代にキリスト教会のオルガン演奏者をつとめたこともある音楽通。特技は、料理。趣味は、ピアノ、写真、登山、バードウォッチング。

虐待リスク家族の3ステージ

 先の8月末、2020年度における児童相談所の児童虐待相談対応件数が発表されました。205,029件(速報値)で、この統計の始まった1990年の1,101件から約186倍の増加です。

 一年前のブログ(2020年11月30日)で、私は、19万件台に突入した2019年度の増加の勢いから、20年度には20万件を突破することを予想するとともに、親密圏の変容の観点から虐待発生について言及しました。この考察をさらに前に進めたいと思います。

 この間、Covid-19禍が社会全体を覆う中で、正規雇用と非正規雇用の間にある雇用の安定性と生活水準の格差、単親家庭(とくに母子家庭)の子育て困難等の生活困難が明らかになっています。

 正規雇用で仕事と収入は安定しており、家族関係も良好でテレワークに必要なスペースと情報通信環境が整っている家族の親子と、非正規雇用で不安定就労や失業状態に陥り、単独生活者または家族関係のうまくいっていない家族では、親密圏に期待されるケアの実態はまるで異なります。

 Covid-19への対応は長期化していますから、それぞれの家庭が抱えている生活上の困難について、いつ頃を目途に改善できるのかを当事者から見通すことはまことに難しく、ストレスに輪をかける事態を生んでいるように思えます。

 この一年に「見える化」した現代家族と虐待の問題について、高齢者虐待防止に取り組んできた梶川先生と話をする中で、共通認識のあることが分かりました。現代の家族は、困難に対するレジリエンスが乏しく、一段ともろく崩れやすくなっているという点です。

 非正規雇用の従業員の割合の高い飲食店・関連業界等の経営環境は、厳しさの極みにあります。ここでは、従業員の勤務時間の切り詰めと失業が大量に発生しています。派遣労働等の非正規雇用は、「働き方の多様化(あるいは選択)」の進展と主張する向きもありますが、その実態は何よりも「景気と経営の調節弁」であることを明確に示しています。

 このような不安定就労とそれに伴う不安定生活の悪循環について、個々の労働者や家族が改善に向けた展望を持つことはとても難しい。すると、安定した生活に資する努力を具体化できないのですから、家族としての自己復元力を発揮することは難しくなり、パワレスな状態に陥っていく。

 家族全体にのしかかる困難に対して、家族が一丸となって跳ね返していくために必要な「見通し」を共有できる客観条件が乏しい。そして、家族それぞれが「諦めてふさぎ込む」「逃げ場所を探す」など相互に疎遠となって家族を解体する方向に向かう場合と、孤立した家族内部にストレスのエネルギーが内転してDVや虐待を発生させる場合かの、いずれかに振れやすい事態が起きているのではないかと考えます。

 虐待の発生要因としてしばしば指摘されてきた「貧困」についても捉え直す必要があるでしょう。貧困というスタティックな状態が家族のレジリエンスを剥奪しているのではなく、「貧困化」に抗する術を社会的に剥奪されることによって、家族の解体または内転化する暴力にパワーが消費されるようになる。

 家族の抱える課題を洞察の対象に据えて、生活改善に向けた努力の営みを創る方向にエネルギーが使用されるのではなく、そのエネルギーは家族をダメにする方向に暴発するのです。生活の単位である家族において、「アクティング・アウト」が発生しているような塩梅です。

 多くの家族が貧困化のベクトルに晒されると、正規雇用の家族内部でも生活防衛に向けた努力の強迫化が生じます。たとえば、子どもに対する親の過剰な教育熱に拍車がかかり、「安定した就労自立に向けた努力」を強迫するようになります。

 「愛情の強迫化」に晒されて生き辛さを抱え込む子どもたちの現実は、長期的には精神症状を伴うことも多いことから、実質的には心理的虐待に該当します。しかし、その多くは虐待防止法上の虐待ケースとして扱われることはありません。実質的には虐待でありながら「マルトリートメント」扱いされるケースは、虐待件数の数倍に上る裾野の広がりがあると推測できます。

 そして、虐待の発生する要因と文脈は複雑で多様であるとしても、大きく次のような3つのステージを現代家族に構想できるのではないでしょうか。

 それは、プライマリー虐待リスク家族、セコンダリー虐待リスク家族、そして相対的虐待リスク家族の3つです。現段階では、いささか図式化の先行する整理に過ぎず、虐待発生の現実が次に説明する3ステージほど截然と区別されるものでないことはお断りしておきます。

 この3ステージは言うまでもなく、シーボーム・ラウントリーのプライマリー・ポバティラインとセコンダリー・ポバティライン、そしてピーター・タウンゼントの相対的剥奪から着想した概念です。

 プライマリー虐待リスク家族は、これまでハイ・リスクグループに確認されてきた複数要因を抱える多問題家族状態にあり、いつでも虐待防止法上の虐待が発生する可能性の高い家族のことです。

 セコンダリー虐待リスク家族は、今直ちに虐待の発生するような事態にはありませんが、親の失業や家族内部の疾患・障害の発生等の新たな負荷が家族に加わると、プライマリー虐待リスク家族と同様の状態に陥る家族を指します。

 相対的虐待リスク家族は、一見虐待とは無縁とも思える家族でありながら、生活防衛に資する「学力向上」「就労自立」の達成に向けて「愛情の強迫化」が常態化し、親子関係や夫婦関係はギスギスしています。

 親の就労と収入はひとまず安定しているからこそ、塾通いや習い事の強要を含め、子どもの自立に向けたしつけと学力への親の要求は高く「あなたのためを思って型虐待」を慢性化させていきます(2015年2月20日ブログ参照)。

 相対的虐待リスク家族においても、親の長期療養の必要や雇用の非正規化や失業など、家族生活を支える土台に深刻な問題が生じた場合、セコンダリー虐待リスク家族からプライマリー虐待リスク家族に向けたリスク増大のステージに移行します。

 ここであえて事実を単純化すると、プライマリーとセコンダリーの虐待リスク家族は、失業または非正規雇用をベースに虐待の発生関連要因が加わっている事態にあるのに対して、相対的虐待リスク家族の多くは正規雇用をベースにして発生する亜虐待(虐待防止法上の虐待に準じる行為)・不適切な養育のステージです。

 平成以降の30年間に進行した非正規雇用の増大は、セコンダリー虐待リスク家族を増大させ、相対的虐待リスク家族の「自立をテコにした愛情の強迫化」を日常生活世界の当たり前のシーンに広げながら、親密圏としての家族を慈しみ合いの低下する方向に変容させてきたのです。

 そして、この間のCovid-19禍の下で長期化しているステイホーム、テレワーク、非正規雇用の短時間化と失業等が、家族のまとまりと協働を自己復元できないまま、レジリエンスを喪失した現代家族の「もろさ」をあぶり出したのではないでしょうか。

この季節最後のスイレン

 季節の変わり目を肌で感じるようになりました。そんな中、パラリンピックのボッチャ・ペア(運動機能障害・脳性マヒBC3)が銀メダルに輝きました。私の知人である高橋和樹選手が終盤に見事な投球をして、対戦相手の韓国とタイブレークに持ち込んだところは、見事なプレーだったと思います。すべてのパラ・アスリートの健闘を称えたい気持ちでいっぱいです。

 それでも、1か月以上にわたるオリ・パラ大会の運営に首都圏の医療資源を割く一方で、「自宅療養者」という名の「医療難民」から連日死者の出ている事実を看過することはできません。この間、私の知人・友人の中でも感染者が出ましたし、残念ながら、重症者もいます。地元の郵便局や商店でもクラスター感染による店の休業が頻発するようになりました。

 この状況全体を鳥瞰して、今回のパラリンピックを「共生社会を目指すためのレガシー」などと、私にはとても言えません。