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梶川義人の虐待相談の現場から

梶川 義人 (かじかわ よしと)

様々な要素が絡み合って発生する福祉現場での「虐待」。
長年の経験から得られた梶川さんの現場の言葉をお届けします。

プロフィール梶川 義人 (かじかわ よしと)

日本虐待防止研究・研修センター代表、桜美林大学・淑徳大学短期大学部兼任講師。
対応困難事例、家族問題担当ソーシャルワーカーとして約20年間、特別養護老人ホームの業務アドバイザーを約10年間務める。2000年から日本高齢者虐待防止センターの活動に参加し、高齢者虐待に関する研究、実践、教育に取り組む。自治体の高齢者虐待防止に関する委員会委員や対応チームのスーパーバイザーを歴任。著書に、『高齢者虐待防止トレーニングブック-発見・援助から予防まで』(共著、中央法規出版)、『介護サービスの基礎知識』(共著、自由国民社)、『障害者虐待』(共著、中央法規出版)などがある。

巡り巡りて己が身の為

マズローの5段階欲求説再考

 先日、どのテレビ番組を視聴しようかザッピングしていたところ、ヒグマの獲物(自分の餌)に対する執着心には凄まじいものがあるが、実は私たち人間も同様なのだと解説されていて興味をひかれました。普段の私たちは飢餓状態ではないため、本能的な食欲の凄まじさを自覚できないだけだ、といいます。

 確かに、飢餓状態となってはじめて自分の本当の姿を知る、という説明には合点がいきました。そこで試しに、マズローの5段階欲求説を虐待者にあてはめて考えてみたら、彼らは、より動物的な本能に近い状態にあるのではないかと気づきました。生理的欲求や安全欲求のレベルから先の段階に進めずにいるわけです。

 たとえば、社会的欲求や承認欲求を最も良く満たしてくれそうな、仕事や結婚などに支障があれば、安全欲求や生理的欲求のレベルに留まらざるを得ません。ですから、自己肯定感は向上するはずもなく、他者へ期待を強めて、命令から支配にエスカレートしやすくなってしまいます。

 マズローの説はよく科学的根拠が希薄だと批判されますが、私は、さもありなんの説だと考えます。というのも、マズローは、ユダヤ系ロシア移民の長男として、貧困家庭だらけのニューヨーク・ブルックリンに生まれ育ったために、この説は彼の経験知に裏づけられているように思うからです。


誰もが愛し愛される社会

 もし社会的欲求や承認欲求が虐待者化を防ぐ鍵であるなら、これらの欲求を満たすものはみな虐待の未然防止に役立つはずですし、私たちは包摂と評価が足りないと健康を損なうのですから、虐待防止においてもまた、ザ・ビートルズの「All You Need Is Love;愛こそはすべて」なのかもしれません。

 ところで最近、虐待防止の「初期値」に変化が起きていると感じています。報酬や基準省令の改正により、従事者による障害者や高齢者の防止対策は強化され、民法にある親の子に対する「懲戒権」を削除して「体罰の禁止」を明示することが検討されており、児童虐待の未然防止に役立つかもしれないからです。

 そして、初期値が変われば、虐待防止の取り組みの内容も変わります。むろん4つのネットワークにより虐待の一次、二次、三次予防を図るというグランドデザインは変わりません。しかし、実践、教育、研究が三位一体となって、具体的な取り組みの内容を改善するのに、いくらか弾みはつきそうです。

 私としては、大学教員の「研究者」としての力や、教育者の「成人学習」の力、一般市民の「実践者」としての力がより発揮されることを期待しますが、最も大きな力を持つのは、私たちが「人を愛することが人から愛される一番の近道」だと気づくことであるような気もします。「情けは人の為ならず、巡り巡りて己が身の為」と知る、といったところでしょうか。

「説教は後輩の為ならず…」
「そう、ただの憂さ晴らし!」