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梶川義人の虐待相談の現場から

梶川 義人 (かじかわ よしと)

様々な要素が絡み合って発生する福祉現場での「虐待」。
長年の経験から得られた梶川さんの現場の言葉をお届けします。

プロフィール梶川 義人 (かじかわ よしと)

日本虐待防止研究・研修センター代表、桜美林大学・淑徳大学短期大学部兼任講師。
対応困難事例、家族問題担当ソーシャルワーカーとして約20年間、特別養護老人ホームの業務アドバイザーを約10年間務める。2000年から日本高齢者虐待防止センターの活動に参加し、高齢者虐待に関する研究、実践、教育に取り組む。自治体の高齢者虐待防止に関する委員会委員や対応チームのスーパーバイザーを歴任。著書に、『高齢者虐待防止トレーニングブック-発見・援助から予防まで』(共著、中央法規出版)、『介護サービスの基礎知識』(共著、自由国民社)、『障害者虐待』(共著、中央法規出版)などがある。

ご厚意に潜むハイ・リスク

 私は、贈り物が苦手で、随分悩まされてきました。「良いかっこしい」が仇となり決断できないからです。青春時代、好きな女の子への贈り物を調べるために買い集めた雑誌が、贈り物より高額だったこともあります。

 それなのに、何と贈答の機会の多いことか。お歳暮やお中元以外にも、出産祝い、誕生日祝い、内祝い、結婚祝い、引越し・新築祝い、記念日、お見舞い、仏事・弔辞、そして、何かのお礼。まるで、「生きることは贈答をすること」であるかの如きです。

 介護の現場でも、利用者や家族からの付け届けを受け取るか否か、ずっと議論が続いているようですが、現在では、原則受取りは禁止の事業所が多い、というところで落ち着いているかにみえます。

 しかし、「ご厚意を無碍には断れない」という意見もあり、現金はダメでも茶菓子程度なら受取ることもあるそうですし、断り切れずに貰ってしまったとしても、上司に報告のうえその都度対応策を考えることを基本にしている、という話も聞きます。

 もっとも、高齢者虐待防止法や障害者虐待防止法の施行以来、付け届けをめぐる状況は一変しています。

 高齢者虐や障害者の虐待止法では、高齢者や障害者の財産を不当に処分することその他当該高齢者や障害者から不当に財産上の利益を得ることは経済的虐待であり、付け届けの受取りが、「不当に財産上の利益を得た」と判断されかねないからです。

 たとえ「要求はしていない」としても、疑われたらどう抗弁するのかを考えると、結構難しくて危機感を持たざるを得ません。

 高齢者や障害者のみならず、言うことが二転三転することはよくあるうえに、「職員から要求した」と疑う息子の勢いに押されつい同調し、本当は自分があげたことに口をつぐむ老母の例や、言われるままにあちこちから貰っていたら、「あそこの事業者は付け届けを要求する」という噂が広まった例があります。

 いつも茶菓子をくれていた家族から、理不尽な要求をされたので、さすがに断ったところ、「これまで何のため付け届けをしてきたと思っているのだ!」と激昂された例も、事業所では受取りを禁止していたため、個人的に貰った職員は懲戒処分を受けたという例もあります。

 付け届けは、確かに人間関係の良い潤滑油になることもありますが、これだけトラブルが多いとなれば、介護の現場では、予見可能なリスクとして、しっかりマネジメントしないといけません。

 いまだに、どれだけ沢山贈られたか自慢する者もいるようですから、くれぐれもご用心を、といったところですが、「断ると信頼関係が壊れる」と心配するのではなく、「その程度で壊れるような信頼関係なら、むしろ壊れたほうが良い」くらいに考えたいものです。

 また、付け届けする側にも、お礼の手紙など、厚意は金品とは違うカタチで示すようにすることを流行らせたいものです。

「それでは、お礼に何曲か…」
「また苦行が始まる(泣)」