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ルポ・いのちの糧となる「食事」

下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

食べること、好きですか? 食いしん坊な私は、食べることが辛く、苦しい場合があるなんて考えたことがありませんでした。けれどそれは自分や身近な人が病気になったり、老い衰えたりしたとき、誰にも、ふいに起こり得ることでした。そこで「介護食」と「終末期の食事」にまつわる取り組みをルポすることにしました。

プロフィール下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

出版社勤務を経て、1994年より公衆衛生並びに健康・美容分野の書籍、雑誌の企画編集を行うチームSAMOA主宰。構成した近著は「疲れない身体の作り方」(小笠原清基著)、「精神科医が教える『うつ』を自分で治す本」(宮島賢也著)、ほか。書籍外では、企業広報誌、ウェブサイト等に健康情報連載。

第8回 日々の食事を喜びあるものに(前編)
藤谷順子先生インタビュー Vol.1

はじめに

 病気や障害ほか、さまざまな理由で起こる「食べることが難しくなる、噛み・飲み込めなくなる(嚥下機能低下、嚥下機能障害)」ですが、今回より3回に亘り、加齢によって徐々に起こる嚥下機能の低下の、予防と改善法等をご紹介します。

 お話をうかがったのは、9月に開催される「第20回日本摂食嚥下リハビリテーション学会学術大会」の副会長も務める、国立国際医療研究センター病院リハビリテーション科医長・藤谷順子先生です。

 実のところ、嚥下機能低下とそのリハビリについて理解が乏しかった私は、何か特殊なトレーニング法があるように思い込んで取材に行きましたが、藤谷先生は、

「原因や症状が千差万別な中で、特殊なトレーニングが必要なケースもあるけれど、特殊なトレーニングの前に、基本的な対応でできることはたくさんあります。
 脳血管障害や悪性腫瘍などの症状で生じる嚥下障害もありますが、加齢に伴って、あるいはほかの内臓疾患の病気療養による体力低下によって徐々に起こる嚥下機能低下であれば、日常的なセルフケアが、予防と改善に重要です。

 口腔ケア(歯磨き)や、しゃべることで口の機能を維持することと、栄養をつけること、全身体力をつけることの3つが重要です。

 痩せるだけでも嚥下機能が落ちるんですよ。また、嚥下機能がだんだん低下していると、栄養が不足しがちになり、体力も落ちて、肺炎になりやすかったり、いろいろな病気の治療の効果を妨げたりします。広い意味でのリハビリには、そういったマネージメントも含まれているんですよ」
と教えてくださいました。

 そこで、まず予防についてのお話からまとめます。

加齢による「食べられない」を予防する

 食べるという行為のメカニズムや、なぜ機能低下や障害が起こるかなど、詳しくは藤谷先生の著書「テクニック図解 かむ・飲み込むが難しい人の食事」などに詳しいので割愛しますが、では、嚥下機能の低下を予防するには、どのような方法があるでしょうか。
「嚥下機能低下 予防 高齢者」などのキーワードで検索すると「健口体操」や「腹式呼吸のトレーニング」などが紹介されていて、これらは自治体等が開催する高齢者の介護予防の集まりなどでも広くレクチャーされているようです。こうした体操が本当に効くのかしら? と疑問をぶつけてみました。

「無意識のうちに全身の機能を使って『食べる』ので、全身の健康づくり=最たる予防ですが、中でも口・舌・頬・首の筋肉や感覚と、呼吸機能が重要なので、予防法として体操や呼吸法が紹介されているのです。
 これらは日常のケアとしては、とても大切なこと。続けることで、予防になります。

 ラジオ体操のようなものと言ったら分かりやすいでしょうか。思いつきでやると筋肉痛になったりして、そのときは効いた気がするかもしれませんが、健康効果までは期待できませんね(笑)。でも、何年も続けていれば『おかげで丈夫』という人は少なくないでしょう。

 加齢による嚥下機能低下は、特別な病気ではありません。体の運動機能が衰えていくことの一つで、誰にでも起こり得ます。なるべく緩やかに受けて、加療が必要な状態になることを食い止めたいもの。ですから、日常生活での予防ケアは広義のリハビリになって、重要なのです。

 しかし長年、無意識でやってきたことだけに、食べることが困難になることは事前にイメージし辛いものかもしれません。自ら積極的に予防に取り組む人は少ないので、自治体等が主催する健康づくりセミナーなどはいいきっかけになります。
 お住まいの地域のケアマネジャーからこうしたセミナーへの参加を呼びかけられたり、訪問指導の提案をもらう機会もあるかもしれません。
 ぜひ、積極的に日常生活に取り入れて、習慣にしましょう。ご本人があまり乗り気でない場合は、ご家族は勧めるだけではなく、一緒に行うなどの工夫が必要です。
 自らの加齢による機能低下を認めることは、どの年齢の人にとってもうれしくないことです。ですからそこには配慮が必要です」。

 藤谷先生は暮らしの中で、健康づくりの一環で予防ケアを習慣にする大切さを述べ、その継続のためにも、たとえ家族間でも相手の自尊心を傷つけないよう心を配ってサポートする必要があると話します。
「『健口体操』や『腹式呼吸のトレーニング』などはネットでも検索でき、手順さえ見ればできるように思うかもしれませんが、健康づくりセミナーなどを受けて教わるメリットはほかにもあります。

 家庭訪問や、人を集めてセミナーが開かれる場合などは、手順の紹介の前後に摂食・嚥下機能に関する説明があります。そして体操のどの部分が、体のどの機能によいことか、一つひとつ解説がつくでしょう。また、栄養のことや、口腔ケアのことなど、さまざまな知識が耳学問で入ります。
 全体が日常の健康づくり、予防ケアを充実させるきっかけになるのです。

 福祉や医療に携わるプロに、気軽に質問することもできます。ほかの人が質問したことについての回答も、参考になります。
 ただし『飲み込む』ことが困難な、コアな嚥下機能低下は、健口体操だけでは改善できないし、病気の症状として嚥下機能が低下している場合には、それなりの対応が必要です。かかりつけ医に相談しましょう」。

 なお、嚥下機能を維持・アップする食べ物、食べ方についても、藤谷先生のプロフィールでも紹介している著書に詳しく掲載されていますので、ぜひ参考にしてください。次回は引き続き藤谷先生に「加齢による『食べられない』を改善する」としてうかがった内容をまとめます。

プロフィール
●藤谷順子(ふじたにじゅんこ) 国立国際医療研究センター病院リハビリテーション科医長。医学博士。1987年筑波大学医学部専門学群卒。東京医科歯科大学神経内科で研修後、1989年よりリハビリテーション科医師となる。東京大学医学部附属病院、国立療養所東京病院、埼玉医科大学、東京都リハビリテーション病院等を経て、2002年7月より現職。著書に「誤嚥のケアと予防チェックテスト88~在宅・施設ケアスタッフのための」「誤嚥を防ぐケアとリハビリテーション~食べる楽しみをいつまでも」(日本看護協会出版会)、「テクニック図解 かむ・飲み込むが難しい人の食事」(講談社)、「誤嚥性肺炎~抗菌薬だけに頼らない肺炎治療」(医歯薬出版)ほか。