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ルポ・いのちの糧となる「食事」

下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

食べること、好きですか? 食いしん坊な私は、食べることが辛く、苦しい場合があるなんて考えたことがありませんでした。けれどそれは自分や身近な人が病気になったり、老い衰えたりしたとき、誰にも、ふいに起こり得ることでした。そこで「介護食」と「終末期の食事」にまつわる取り組みをルポすることにしました。

プロフィール下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

出版社勤務を経て、1994年より公衆衛生並びに健康・美容分野の書籍、雑誌の企画編集を行うチームSAMOA主宰。構成した近著は「疲れない身体の作り方」(小笠原清基著)、「精神科医が教える『うつ』を自分で治す本」(宮島賢也著)、ほか。書籍外では、企業広報誌、ウェブサイト等に健康情報連載。

第69回 ヘルプマンを元気にするヘルプマン 
漫画家・くさか里樹先生インタビュー(後編)

はじめに

 前回に引き続き、週刊朝日で「ヘルプマン!!」を連載中の漫画家・くさか里樹先生のインタビューを掲載します。


介護は3Kでも、聖職でもない!
自分の介護を続け、変わり続けよう

 「ヘルプマン!!」の主人公は介護業界の異端児、フリーランスのヘルパー・恩田百太郎です。
 彼は長年、介護事業所で働く中、利用者さんの意志に寄り添う介護をめざすあまりスタンドプレーが過ぎてしまい、ついに市中のどこの事業所からも雇ってもらえなくなり、フリーで活動しているという設定です。
 週刊朝日への移籍後第1弾作品「介護蘇生編」では、百太郎と介護サービス利用者の孫娘が“胃ろう外し”に奔走しました。いえ、正確に言えば「後に介護サービス利用者となる高齢者の孫娘と」で、つまり、百太郎は契約前の段階で、胃ろう外しを提案し、動いたのでした。
 まっすぐゆえに暴走しがちな百太郎を支えたのは、社会福祉士とケアマネジャーの資格をもち、介護に関する情報提供を行うNPO法人を設立・起業した神崎仁。幼なじみの百太郎とは対照的なクールな人物のようで、そうでもないようで…。さすが「人を描く」ことを第一義として漫画を描く、くさか先生の漫画の登場人物たちは硬軟共に魅力的です。
 くさか先生は、介護現場への取材を重ねていて、介護の仕事の魅力を感じ、日々の仕事を楽しむ中で問題と向き合い、できる最善のケアを実践している専門職に出会って、「アーティストだと感じた」といいます。
 しかし一方で、介護の仕事の魅力を感じ、事業所の外へそれを発信し、開いていこうと四苦八苦をしながら、ネガティブイメージの大きな壁の前で、心くじけそうになっている専門職にも出会う、とも。

「百太郎も仁も、取材で出会った多くの専門職の姿からヒントを得て人物設定をしていますが、百太郎や仁のモデルがいるわけではないし、百太郎や仁が立派だとか、そうでないとかいうことでもありません。
 現実には1人の人の中に百太郎的な部分と仁的な部分が両方あり、揺れる思いを抱えながら、日々の、目の前の仕事上の問題と向き合っているかも。輝いていても、凹んでいても、人として精一杯に生きているなら、その姿に私は魅了されます。
 そういう人は介護業界だけでなく、どんな社会にも居ます。頑張りすぎて、すり減ってしまっている人には、どんな仕事も人がすること。決して『聖職』などではないことを、普通に、楽しく働いていいことを忘れないでほしい」(くさか先生)

 それはくさか先生自身が、デビュー数年後に経験した「ターニングポイント」から得た学びだそうです。

「ある時期、漫画を描くのを『やめよう、やめよう』と思いながら描いていました。今思えば、どこかでうまく見られたい、名作を描かなくちゃ、などと評価を気にして、縛られていた。
 描いたものを編集者に見せたくない。見せて、ダメ出しされたら…と怯え、褒められれば天にも昇る気持ちになるけれど、またすぐ怖くなる。アイデアが出ない、描けない…。苦しかったです。
 そんな繰り返しをしていたとき『他人と自分を比べる人生はみじめである』という言葉と出会って、『確かにみじめだ』と腑に落ちました。望む漫画家になったのに、楽しくなくて、びくびくしている自分を客観的に見たのです。
 プロになったとき先輩から『削れ、言い切れ、追い詰めろ』と言われていた言葉もよみがえってきて、他人の評価をヌキに、自分の中から沸き上がる描きたいことを描き切ろうと思い直しました。
 嫌われそうなキャラも、言いにくいことも、描く。自分の内にあるものを吐き出し、出し切る。すると、不思議なことにまた内側から描きたいものが溢れてきて、楽しい。『命って、使えば使うほど、どんどんパワーアップしていく?!』。そんな歓喜を感じながら描けるようになったのです」(くさか先生)

 そして、周囲の評価を気にする自分が、自分の前に立ちはだかり、人生を辛く苦しいものにしてしまっている人が少なくないことにも気づいたそうです。
 確かに介護業界だけでなく、納得のいかないことをさせられている人はいっぱいいます。しかし、その中で他人の評価ではなく、自分としてどうか、たとえ些細なことでも命を使って言動に移すことで、地獄だと思っていた景色が一変するような瞬間を味わえる、というのです。

「私も、命を使って描き切れたからといって、万人の共感を得ることはないでしょう。でも、自分が本心から伝えたいことを描き続けられることが幸せで、共感してくれる人もいます。そういう意味で、どんな仕事も『聖職』のイメージを背負うことなどなくて、人は皆、見方・考え方・感じ方が違うから、人のすることには賛否両論あって自然だと思うのです。
 とはいえ残念ながら、介護の仕事に関するネガティブイメージはなかなか払拭し難いものがありますね。3Kと言われながら、『聖職』のイメージがつきまとい、わるいニュースが伝わりやすく、世間に問題ばかりすり込まれています。
 超高齢社会となり、産業界は目を向けているのに、メディアの理解が遅れていて、メディアの伝達力が弱いです。もっとおもしろい仕事だと、おもしろくできる仕事だと伝えるべきところを、腫れ物のように扱う態度が変わらない。その影響もあって疲弊し、閉塞感をもっている人も少なくないかもしれません。
 それでも、介護の仕事の魅力を忘れていないなら、介護の仕事が好きなら、あまりネガティブな面にフォーカスしないで、自分が楽しく続けられるように、工夫してみてほしい。まずは『聖職』のレッテルを自分に課すのはやめて、リラックス。職業を愛していれば、自然にもてる職業倫理をもち、サポートを必要としている人に、自分にできることを無理せずにすればいい。楽しくないと、続きません。
 続けていれば、できることは増えていくはず。事業所以外の専門職や、異業種とも交流すると、ガス抜きできたり、視野が広がったり、新しいアイデアをもらえたりして、仕事もラクになるのではないかと思います。
 超高齢社会の中、否応なしで専門職に限らず、一般の人も巻き込んで“皆で支える”、自助・互助の時代がやってきます。そのとき皆を動かしていくのは専門職の方々だと思うから、介護の仕事は未来がある仕事だと私は感じています」(くさか先生)

 くさか先生も、作品を描きながら学び、変わっていくといいます。現在、「ヘルプマン!!」を描くに当たり、さまざまな取材で知り得た「排泄の問題」をテーマに決め、描き方も本作品初のスタイルに変え、取り組んでいるそうです。
「先に最終回を迎えた『ヘルプマン!! 高齢ドライバー編』は一般の方からも関心が高い問題、認知症の症状が出始めた高齢者の免許返納問題を扱いました。
 続いて、『排泄の問題』をテーマに決め、従来以上に多角的に取り上げるために初めてオムニバス形式で描くことにしました。
 この問題は、生活に密接で、食生活や健康全般の問題とも深く関わり、極めて個人的な、デリケートな問題も含みます。取材を通じて『排泄ケア』は介護の基本にあることだと知り、リアリティをもってそのものをしっかり描きたいと思ってしまったから、一般の元気な人は、『知っておきたいような、目をそむけたいような』躊躇するようなことに踏み込んでいかざるを得ません。
 食べて、出す。生きる上で誰もが行っている営みが加齢によってどのような問題を生み、どのようなケアがあるか。自分はどうありたいか。私自身も描きながら知り、考えさせられているんですよ」(くさか先生)

 新編の連載は週刊朝日2015年11月13日号から掲載が始まっています。

 次回は、ふれあい歯科ごとう代表・五島朋幸先生率いる新宿食支援研究会の新しい取り組みをご紹介します。