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ルポ・いのちの糧となる「食事」

下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

食べること、好きですか? 食いしん坊な私は、食べることが辛く、苦しい場合があるなんて考えたことがありませんでした。けれどそれは自分や身近な人が病気になったり、老い衰えたりしたとき、誰にも、ふいに起こり得ることでした。そこで「介護食」と「終末期の食事」にまつわる取り組みをルポすることにしました。

プロフィール下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

出版社勤務を経て、1994年より公衆衛生並びに健康・美容分野の書籍、雑誌の企画編集を行うチームSAMOA主宰。構成した近著は「疲れない身体の作り方」(小笠原清基著)、「精神科医が教える『うつ』を自分で治す本」(宮島賢也著)、ほか。書籍外では、企業広報誌、ウェブサイト等に健康情報連載。

第33回 栄養療法・緩和医療普及の礎を担う
藤田保健衛生大学医学部外科・緩和医療学講座教授 東口髙志先生インタビュー Vol.3

はじめに

 実のところ、取材では東口先生に今号でまとめる「がん治療での栄養療法の大切さ」「周囲のサポート」についてうががうつもりでご面談を申し込んだのですが、お話をうかがって、それ以前にとても大切なことをうかがうことができたので、インタビューのVol.1、2ではその内容を掲載しました。
 今回は、当初の目的であった「がんの栄養療法」について、うかがった内容をまとめます。
 がんを患うと、さまざまな理由で「食べること」が難しくなり、著しく痩せ、体力を失ってしまうことが少なくありません。私の身近で、がんで亡くなった人もそうでした。なぜ「がん」では食べられなくなり、痩せてしまうのか、悪液質といわれることがそのすべての原因なのか、どうも頭の中の整理がつかなかったので、そうしたことを東口先生にうかがいたかったのです。
 中には、ほぼ通常通りに食事がとれ、痩せない人もいます。がんができる部位によって、違いがあるのでしょうか。食に関することで、家族など周囲の人がケアできることはないでしょうか。誰にサポートを求めればよいでしょう。本連載を始める動機になった疑問、患者家族だったときに浮かんだ「?」を東口先生に受け止めていただきました。

加療を支える栄養管理
自助+栄養サポート積極的に求めて

 東口先生ははじめに「がん」というものの性質について説明してくださいました。
 がんは、栄養を与えなくても、筋肉や脂肪からエネルギーを奪い、増殖していくもので、増殖する際には正常な細胞が分裂する場合と比べ、3倍のエネルギーを消費するのだということです。3倍もと聞き、がく然としましたが、東口先生はNSTによる専門的な栄養サポートがあれば、ある程度の時期までは筋肉や脂肪の減少を抑制することは可能だと話します。

「著しい体重低下を起こす悪液質の主たる症状は『筋肉や脂肪の減少』で、免疫力低下や内分泌異常など全身衰弱につながります。しかし計算上、たとえがんに奪われても、それを上回ってがんの代謝に使われる栄養素を補うことで、筋肉や脂肪の減少を抑えることはできるのです。
 分岐鎖アミノ酸やビタミン、ミネラル、脂肪酸など、現代ではどのような栄養素が有効かも分かっていて、患者さんの栄養管理に活用されています。食事プラス高栄養ドリンクなどの補給(ONS:Oral Nutrition Supplement)で、できるだけ体力が低下しないように管理するのは、治療を進める上でとても大切なことです。
 また、がんの患者さんが訴えるだるさや疲労は、がんが代謝するときに発生する乳酸が原因なので、乳酸をできにくくする、または乳酸がエネルギーとして使われるように促す栄養管理も行なうことができ、患者さんの生活の質の低下を緩和できます」。

 がんが発症する部位により悪液質の影響が違うものか、まだ細かいことが分かっていないとのこと。とはいえ栄養管理の手段はあり、それが功を奏して加療中もほとんど体重・栄養状態が変わらない場合もあるということです。
 ただし、がんによって痩せてしまう過程では、がん増殖とは別の理由、さまざまなマイナス要素の影響で栄養状態が悪化することも多いので、そうしたことすべてを理解した上で、個別の栄養管理が必要になるそうです。マイナス要素とは、

  • ・ 治療、薬による副作用(食欲の低下や吐き気、嘔吐、味覚・嗅覚の変化、口腔環境悪化、化学療法・放射線治療などによる健康な細胞への影響)
  • ・ 病気になる前からの患者の基礎体力、持病、栄養状態、食力(食生活・食環境、口腔衛生状態など)
  • ・ 口や喉、消化器など「食べる」に影響しやすい部位のがん

といったことで、これらが影響して栄養状態が悪化すると負の連鎖を招きやすいため、東口先生が率いる緩和医療学講座やNSTでは、個々の患者が口から栄養をとれるよう、さまざまな治療やケアを行なうということです。

「基本としては、口から食べることを止めてしまうと、栄養摂取量が下がるだけでなく、唾液分泌低下や口腔環境、腸内環境の悪化が起こり、さらに『食べる』が難しくなるので、胃ろうなども用いて栄養を確保しつつ、すこしでも経口摂取ができるように工夫します。
 とはいえ、がんだけに限らず病気と共に生きるときの栄養管理というのは、患者さんそれぞれ・ときどきの状態と共に、医療的にどのような時期に当たるのか(積極的な治療を行なう時期か、回復期か、緩和ケアを行なう時期か、など)によっても『めざすこと』が異なるものなので、NSTの専門性を発揮して、個々のケースに寄り添い、適切な判断とケアをする必要があります。
 栄養管理はすべての時期を通じて、患者さんのQOLを上げるためのもの。単に栄養確保、体重減少防止が目標になるものではありません」。

 重複になりますが、先のインタビュー記事(Vol.1)でも紹介した東口先生の言葉を再掲します。

「2001年に発表したNSTガイドラインにも『経口栄養が最高の栄養療法であり、最終目的である』と明記しました。これは生物としての人間の構造からいっても真理です。
 口から食べ、消化管を経て、排出するまでのどこかが壊れてしまったら、生命の終わりがやってくる。医療の根本は、栄養管理と、生体構造や機能が壊れないように手当てすること。しかし、いずれ誰にも必ず終わりはきます。
 医療者は、患者さんが経口栄養を再開し、治るために、食べてもらう努力をしながら胃ろうを使う。患者さんにとって経鼻栄養は苦しく、口腔環境や摂食嚥下機能を悪化させるので、胃ろうで予防し、栄養確保するのです。
 一方、生命の終わりが近づき、医療が患者さんの幸せに寄与することができなくなったら、栄養療法のギアチェンジをすることも必要になるので、患者さんやご家族と十分にコミュニケーションしながらギアを変えるときをも判断する。患者さんのためにすべてを安全に、倫理的に、科学的に行なうために質の高いNSTが必要です」。

 現在、全国に8000ある病院のうち、1500以上の病院にNSTがあり、がんの積極的な治療を行なう病院には、ほとんどあるということです。先駆的にNSTに取り組んできた東口先生などの医療者が、栄養療法の大切さを啓発し、普及させてきたのです。しかし、がん治療の過程では他のことが優先され、栄養療法にあまり重きが置かれない場合もあります。
 すこし前の個人的な介護体験ですが、通院して化学療法を行なっていた際、食事がとれず、痩せていく心配を主治医に訴えましたが、「食べられなくても、胃ろうから高栄養ドリンクを入れている。化学療法が終わったら、食べられるようになる」と言われていました。入院中、病室に回診に来てくれた管理栄養士もほぼ同様で、経口栄養の大切さなどは教わりませんでした。がん治療には熱心だったと感謝していますが、栄養療法にはそうでなかったと今は思います。そうした場合に家族ができること、改善策はないでしょうか。栄養サポートを患者(家族)から求めるべきでしょうか。その問いに、東口先生は次のように応えてくださいました。
「はじめにお話しした通り(Vol.1に掲載)、自分(または家族)の栄養は生命そのものですから、食べられなくなったり、痩せてきたりしてその危機を察したら、栄養サポートを求めてください。
 確かに、化学療法などによって一時的に食事がとれなくなり、痩せても、回復する場合もあります。しかし衰弱して、生命の危機に及ぶ場合もあるので、迷わず主治医やNSTに相談を。そして満足できなければ看護師や薬剤師、栄養士などにも相談し、適切な栄養管理につないでくれる人やチームをみつけましょう。
 さらに、状態改善の自助努力も必要です。薬局で栄養状態の改善について相談すれば、栄養を補う食品を紹介してもらえます。新しく制定された『スマイルケア食』[]の名を冠した食品の『D群(ブルーの目印)』は、骨や筋肉の減少を予防する栄養を強化する介護食品です。こうした食品を使いながら経口栄養の維持を心がけてください」。
 相談をすることを臆することはなく、がんでは痩せてしまうものとあきらめることもなく、「治るために食べたい」「体力を養いたい」という願いを受け止めてくれる医療者を求めることが大切でしょうか。
 栄養管理を受けた効果はすぐには分からないこともあります。サポートを受けても、改善しない場合もあるかもしれませんが、東口先生のお話をうかがった後は、結果はどうあれ栄養サポートを受けることができれば、「受けられてよかった」という要素がきっとあるのではないかと思いました。それは自助努力も同じで、いろいろ努力したことはきっと「やってよかった」ということになるのではないでしょうか。
 東口先生が取材のはじめにおっしゃった「栄養は、限りある生命を形どるもので、人が幸せであるためのエネルギー」という言葉を、病気と共に生きている方とご家族に届けたいですし、今後も取材をする中で忘れないでいたいと思います。

 次回は、大阪大学歯学部の医師を中心に、「食べる」を支えることに注目して集った医療・介護関係者が組織するNPO法人 摂食介護支援プロジェクト(2006年~。以下、DHP:Dysphagia Support and Health Care Project)の活動を紹介します。

[*]^ スマイルケア食は農林水産省が進める新しい介護食品の取り組みで、東口先生もこの検討会議に参加されてきました。
 詳しくは以下のウェブサイトをご覧ください。

 この施策については、後日、農林水産省への取材等も行なった上、東口先生のお話と共に再掲したいと考えています。

プロフィール
●東口髙志(ひがしぐちたかし) 藤田保健衛生大学医学部外科・緩和医療学講座教授。日本静脈経腸栄養学会理事長、アジア静脈経腸栄養学会理事長、日本緩和医療学会理事、日本栄養療法推進協議会理事、日本外科代謝栄養学会評議員、日本外科学会代議員、日本死の臨床研究会世話人ほか。1981年三重大学医学部卒業、三重大学医学部第1外科入局、1987年三重大学大学院医学研究科修了、医学博士取得。1990年米国シンシナティ大学医学部外科勤務、1994年三重大学医学部第1外科講師、1996年鈴鹿中央総合病院外科医長、2000年尾鷲総合病院外科・手術室部長、2003年尾鷲総合病院副院長・外科部長。同2003年より現職。代謝・栄養学を駆使した精神(こころ)にも身体(からだ)にも優しい緩和ケアの普及に取り組み、後進の育成、国境を越えた医療連携の推進等にも尽力。