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【事例検討会の進め方】職場の事例検討会は、いつもミスを追及され険悪な雰囲気です。誰も事例を提示したがらないし、自分の成長につながるのかも疑問です。

Q、【事例検討会の進め方】職場の事例検討会は、いつもミスを追及され険悪な雰囲気です。誰も事例を提示したがらないし、自分の成長につながるのかも疑問です。

もっと詳しい状況は?

 私は特別養護老人ホームに努めて4年目の介護職です。毎月1ケースの事例検討会があり、入職5年目までの経験年数の少ない職員が事例を提示します。しかし事例検討会が始まると、事例にかかわった職員のあら捜しとなり、なんだかいつも険悪な雰囲気になってしまいます。上司からミスを厳しく追及された職員は打ちひしがれ、萎縮してしまい、本当に成長につながるのか疑問です。
 もう誰も事例を発表したくないと言っています。何か、うまい事例検討会のやり方はないでしょうか?

A 振り返りシートとエビデンスを融合させた様式で事例検討会をやってみましょう。今回はクリニカルジャズという方法を紹介します。

【ポイント】
●振り返りシートなどを活用し、準備にあまり時間をかけないようにしましょう。
●振り返った内容を言語化できるよう努めよう
●ディスカッションする課題は、明日の実践に役立つものを選びましょう
●教科書や文献などに実践の根拠(エビデンス)を求めてみましょう
●最後は「事例からの学び」や「実践上のコツ」を示しポジティブに終わろう

【先生の解説】
 現場で経験した事例を振り返り考察する事例検討会は、専門職として組織人として成長するための絶好の機会です。ぜひ有効に活用したいものです。しかし、質問者の困りごとのように犯人捜しとなることが多く、このような雰囲気だと成長にもつながらず、場合によっては離職のきっかけにもなりかねません。
 本稿ではクリニカルジャズという事例検討会の手法を紹介します。

クリニカルジャズとは

 クリニカルジャズ(clinical jazz)とはアメリカの家庭医が行っている事例検討会の一手法です。実践の経験とエビデンスを融和させようという事例検討会で、介護や福祉の現場でも活用できます。
 ご存知のようじジャズという音楽は、コード(和音)とアドリブから成ります。クリニカルジャズによる事例検討会では、コードが教科書、文献、定石、エビデンスに当たります。そしてアドリブが、ディスカッションや振り返り(reflection)に相当します。

クリニカルジャズの準備:シートへの記入

 この事例検討会は、準備が大切です。忙しい勤務の合間を縫っての準備となりますから、あまり時間はかけたくないですよね。
 図に示したA4用紙1枚のクリニカルジャズシートを埋めれれば準備万端です。以下の6つのステップで記入します。


Step1 気になった事例を選ぶ。
気になった事例とは、印象に残った事例のこと。驚いたり、嬉しかったり、辛かったり、悲しかったりした事例です。

Step2 クリニカルジャズシートに書き込む。
シートの中でも特に4分割で記した「構造的振り返り」の記載が大事です。ここには下記4点を記します。

①うまくいったこと
②改善すべきこと
③気持ち
④今後取り組むこと

①は、失敗例であっても、実践のプロセスで必ず良いところがあるはずです。ストレングス視点で無理矢理見つけて書く努力をしましょう。②についてはさらりと書きます。
③では、その時の気持ちを振り返って表出しましょう。リフレクション の入口は、感情です。定石通りやったのに上手くいかない、だから、驚いたり辛かったりするものです。気持ちが揺さぶれるのは、知識や経験と目の前で起きた現象にギャップがあるからです。感性を大事にしましょう。
④では、次に同じことが起きたらどうするか、今後何をすべきか、この事例から得られた課題は何か、などを書き出していきます。

Step3 構造的振り返りから、事例検討会でディスカッションすべき課題を抽出する
ポイントは実践に役立ちそうな事柄にすることです。それが、事例検討会のメインテーマとなるからです

Step4 抽出した課題について教科書や文献にあたり、事例検討会で紹介したい文献の書誌情報を記す

Step5 文献と絡められるようディスカッションしたい内容を列挙する

Step6 クリニカルパールを書く
クリニカルは実践、パールは真珠のことです。つまり、この事例から得られた教訓、今後活用できそうな実践上のコツについて書きます。

 以上、シートの記入ですが、文献選びが一番時間を要するので、ここが決まればあとは事例を思い出すだけですので短時間で完成させることができるはずです。A4用紙1枚におさめることが重要です。

事例検討会の進め方

 発表者は仕上げたシートと文献コピーを参加者に配布します。司会者は発表者とは別の人にお願いしましょう。司会者の進め方によって検討会は大きく変わってきますので、ファシリテーション能力のある方が司会を務めると良いでしょう。
 司会となった方は、シートの上から順番に発表を促します。「最近印象に残った事例」のところで簡単に事例紹介してもらいます。

・「改善すべきこと」に時間をかけない
 「構造的振り返り」の発表で質疑応答してもらいながら、事例を深めていきましょう。ここでは「改善すべきこと」について、さらりと流すのがポイントです。
 「改善すべきこと」は、言い換えれば「うまくいかなかったこと」ですよね。ここに時間をかけると、ミスを厳しく追及したり、失敗の原因を作った犯人は誰だ、みたいな議論となってしまいます。場合によっては、発表者が打ちひしがれて立ち直れなくなっていまいます。
 だからサラリと流し、今後どう現場を変えていくかとポジティブな方向に参加者の目を向けるよう司会者は促していきます。

・振り返りでの「気持ち」を聞く効果
 振り返りの中でも「気持ち」を聞くことで、現場で同じように悩む同僚たちは共感したり、自分だったらどうしていたかなど考えるきっかけを生み出すでしょう。
 上司にとっては、後輩たちの気持ちを確認することで初心に帰る効果があります。


「今後取り組むこと」も簡単にプレゼンテーションしてもらい、文献につなげる課題に光を当てていきましょう。

・「文献」につなげる大切な意味
 調べてきた文献については、発表者が理解できた範囲で構いませんので、しっかりプレゼンテーションしてもらいましょう。現場の事例と照らし合わせながら、参加者全員が見れる文献があることはチームの成長を考えるととても大切です。  現場が長くなるといつの間にか、実践は自己流になっているものです。そして新しい知識やスキルの吸収が面倒になってくれるものです。文献から改めて事例を考えることで、新人にとっては新しい知識となり、同僚にとっては実践の理論的裏付けとなるでしょう。上司にとっては理論を思い出させたり、学び直しとなったり、あるいは自己流になっていなかったかの確認となったりします。

 場合によっては、発表者が理解できてないところを上司が援護してくれることもあるでしょう。このことはチームの知識やスキルの標準化にもつながっていくのです。
 そして、事例検討会の最後は、クリニカルパールを一言発してもらって終わります。この事例から得られた実践上のコツを提示することで、明日の実践につながるポジティブなまとめとなります。

おわりに

 私たちの実践もまた教科書で学んだこと(コード)が基本となって、現場の状況に合わせてアドリブで学んだ知識とスキルを活用しています。そして私たちは、日常の実践で予期せぬ出来事に遭遇しても、何とか乗りきっていますね。
 しかし、それは偶然であったり、かろうじて乗り切っていたりのことが多く、なぜ乗り切れたのか考えずにやりっぱなしことが多いものです。
 クリニカルジャズは過去の振り返りを中心としていますが、続けることによって、リアルタイムでリフレクションしながら問題解決できるようになります。つまり、新たに予期せぬ出来事に直面した時も、エビデンスに基づいた適切な対処がとれるようになるということです。
 クリニカルジャズは家庭医の横林賢一先生や藤沼康樹先生によって日本に紹介されました。本稿で紹介したシートや方法は、横林先生らの著書に書かれていたものを参考に、私が日本社会事業大学専門職大学院の授業で介護職や福祉職向けに改変していった内容です。皆さんの職場が、学習する組織となることを期待しつつ結びとしたいと思います。

参考文献
1. 横林賢一.クリニカルジャズ(clinical jazz). 日本プライマリ・ケア連合学会誌 2010;33(3):322-5.
2. 横林賢一、藤沼康樹.Clinical Jazz – 臨床経験の振り返りとEBMを融合させた教育セッション.JIM 2007; 17: 872-5
3. Shaughnessy AF., Slawson DC, Becker L. Clinical Jazz: Harmonizing Clinical Experience and Evidence-Based Medicine. J Fam Pract 1998; 47(6): 425-8

この記事は私が書きました

鶴岡浩樹(つるおか こうき)

日本社会事業大学専門職大学院教授
つるかめ診療所副所長

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