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介護職に就いた私の理由(わけ)

さまざまな事情で介護の仕事に就いた方々の人生経緯と、介護の仕事で体験したエピソードを紹介していきます。「介護の仕事に就くことで、こんなふうに人生が変わった」といった視点からご紹介することで、さまざまな経験を経た介護職が現場には必要であること、そして、それが大変意味のあることだということを、あらためて考えていただく機会としたいと考えています。
たとえば、「介護の仕事をするしかないか・・」などと消極的な気持ちでいる方がいたとしても、この連載で紹介される「介護の仕事にこそ自分を活かす術があった・・」というさまざまな事例を通して、「介護の仕事をやってみよう!」などと積極的に受け止める人が増えることを願っています。そのような介護の仕事の大変さ、面白さ、社会的意義を多くの方に理解していただけるインタビュー連載に取り組んでいきます。


●インタビュー大募集
「このコーナーに出てみたい(自薦)、出してみたい(他薦)」と思われる方がいらっしゃったら、
kawase@chuohoki.co.jp
までご連絡ください。折り返し、連絡させていただきます。

花げし舎ロゴ

花げし舎ホームページ:
http://hanagesisha.jimdo.com/

プロフィール久田恵の主宰する編集プロダクション「花げし舎」チームが、各地で取材を進めていきます。
久田 恵(ひさだ めぐみ)

北海道室蘭市生まれ。1990年『フイリッピーナを愛した男たち』(文藝春秋)で、第21回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。
著書に『ニッポン貧困最前線-ケースワーカーと呼ばれる人々』(文藝春秋・文庫)、『シクスティーズの日々』(朝日新聞社)など。現在、読売新聞「人生案内」の回答者、現在、産経新聞にてエッセイを連載中。

第138回 新聞奨学生だった経験から誕生した「ミライ塾」 
学生の伴走者として走り続ける

奥平幹也さん(44歳)
介護コネクシション 代表取締役
(東京・練馬区)

取材・文:藤山フジコ

新聞奨学生としてスタートした大学生活

 大学進学のため上京することになったのですが、兄弟が多かったこともあり大学は自分の力で行けという親の教育方針でした。既に兄が新聞配達をしながら大学へ通っていましたので、私も当然のように新聞奨学生として大学生活をスタートさせました。

 専売所の寮に入り、自転車で新聞を配り続ける日々。そのうち、配達に飽きないように全区域を覚え、毎日違う区域を配るようにしました。配達はそれぞれの家のポストの形状に合わせ、いかに美しく早く投函するかを研究し、集金は、曜日や時間帯での在宅率を研究し効率性を追及したりしてどうしたら楽しく出来るかをいつも考えていました。世間では「新聞奨学生=苦学生」というイメージですが、僕は仕事が楽しく、勢いあまってラーメン屋のバイトも掛持ちしていました。おかげで留年もしちゃいましたが、自分の力で大学を卒業したという、この経験が大きな自信にもなりました。

猛烈に働いたサラリーマン時代

 大学在学中からいずれは起業したいという思いもあり、卒業後は不動産鑑定事務所に入社しました。仕事内容は公的な評価や複雑な権利関係の調整や立ち退きのコンサルなど多岐にわたりました。入社当時は仕事に頭がついていけず、知恵熱からか、日々頭痛との戦いでした。不動産の証券化でとても忙しかった時期は100ページ近くの報告書を現地調査や役所調査も含めて3~4日程度で仕上げなければならないことも多く、二日徹夜して三日目の終電で帰ったこともありました。入社5年目頃から主に介護施設の不動産に投資する外資系ファンドの仕事を担当し、全国各地の介護施設を視察して回りました。投資対象としての資産価値はあるか、将来のトラブルの可能性はないか、収益性は安定しているかなど、高齢者のマーケットなどについて調査するわけですが、日本の超高齢問題や介護に関わる制度について勉強していくなかで、超高齢社会は人ごとではないと考えるようになりました。それで、国任せではなく、自分で何かできることに取り組もうと、11年勤めた会社を退職し2012年に「株式会社介護コネクション」を立ち上げました。

新聞奨学生だった頃の経験がヒントに

 起業するにあたり、介護の経験があるわけではない自分にできることって何だろうと考えました。そして、取り組みたい3つのテーマを拾い出しました。「貧困学生の進学問題」「介護の人材不足」「介護離職」です。そのとき、学生時代に経験した新聞奨学生としての経験からヒントを得て、これらの問題を同時に解決できないかと考え出したのが「ミライ塾」です。

 ミライ塾は簡単に言うと、新聞奨学生の介護版です。学生さんの約半数が利用していると言われる学生支援機構の奨学金をベースとし、学生支援機構では対応できない入学前に必要となる学費を受入先の法人さんから貸付けを受け、早朝・夜間または夜勤など、通学以外の時間を活用し、その施設で働きながら修学するため、卒業後に奨学金の返済を極力少なくする制度になっています。学生さんにとっては100%仕事優先の新聞奨学生とは違い、ある程度は勤務時間を自分で調整できるので、学業との両立がし易くなっています。塾生さんの受入で一番大事にしていることは「覚悟」です。仕事と学業を両立することは決して楽なことではありません。だからこそ、本人がそれでも進学したいという「覚悟」を持っているかがとても大事になってきます。覚悟を持って踏み込んできた学生さんを、私達も覚悟をもって全力でサポートしていきたいと思っております。

 塾生の皆さんとは、日頃の電話等でのやり取りのほか、定期的に直接会ってその表情を確認しております。年に1~2回程度の研修会や交流会も開催しています。

 塾生さん達と正面から向き合うことはとても大変ではありますが、面談の度に塾生さんの顔つきがどんどん逞しく変わっていくのを見ることが、一番のモチベーションとなっています。

介護の醍醐味は相手に対する興味と関心

 起業した当時は、生活ができないので引っ越しやスーパー等でバイトを掛け持ちしながら、限られた時間の中で高校や法人へ飛び込み訪問をし、ミライ塾について熱く語り倒してきました。始めは誰にも相手にしてもらえず大変でしたが、少しずつ、共感し、応援してくれる方も増え、今では沢山の方に支えられてミライ塾に取り組むことが出来ております。

 2015年に第1期生の佐々木君と出会い、ミライ塾は動き出しました。私も介護の仕事をより理解しようと、初任者研修を受け、週末はショートステイの早朝ケアで働き始めました。実際に現場に入ってみると介護の仕事って想像以上に面白く、ご利用者様とのコミュニケーションを通して、その方を歴史を知り、生き様や死に様に触れることが出来ました。約3年の介護経験の中で、超有名な漫画家の奥様や、八百屋の看板娘だったおばあちゃん等様々な方と出会いました。普通に生きていたらまず会えないような方々に会え、その方々の人生に触れることができるのが介護の仕事の一番の面白さだと思います。是非、学生さんにもそんな素敵な出会いを楽しんでもらいたいと思います。

介護の経験を自分の強みに変える

 ミライ塾というと、その仕組みをとりあげられることが多いのですが、私たちが本当に目指していることは、若い人たちが介護を通して学んだ経験や視点を社会に出てからの力とすること。ミライ塾はその力を養う場でありたいということなのです。今後超高齢社会では高齢者理解や認知症の理解はどんな仕事にも繋がるものだと思っております。塾生の皆さんには福祉の現場で培った視点をぜひ次に繋げていってほしいと思っております。

 ミライ塾も2015年に1人の塾生でスタートしてから、3期目に入り、塾生の数も20人に増えました。超高齢社会を明るく迎えるためにも、介護の専門家100人ではなく、介護の経験者を1000人つくることを目標に学生と共に伴奏しながら走り続けたいと思います。


ミライ塾の塾生と一緒に

ミライ塾 第二回研修会&交流会

【久田恵の視点】
 介護の分野ほど実際の体験によって鍛えられ、耕され、新しい発想力が培われる仕事はない、と思います。現代社会は情報に溢れているようで、実は画一的な情報しか届いていません。そんな中で奥平さんの試みと発想は素晴らしい。