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介護職に就いた私の理由(わけ)

さまざまな事情で介護の仕事に就いた方々の人生経緯と、介護の仕事で体験したエピソードを紹介していきます。「介護の仕事に就くことで、こんなふうに人生が変わった」といった視点からご紹介することで、さまざまな経験を経た介護職が現場には必要であること、そして、それが大変意味のあることだということを、あらためて考えていただく機会としたいと考えています。
たとえば、「介護の仕事をするしかないか・・」などと消極的な気持ちでいる方がいたとしても、この連載で紹介される「介護の仕事にこそ自分を活かす術があった・・」というさまざまな事例を通して、「介護の仕事をやってみよう!」などと積極的に受け止める人が増えることを願っています。そのような介護の仕事の大変さ、面白さ、社会的意義を多くの方に理解していただけるインタビュー連載に取り組んでいきます。


●インタビュー大募集
「このコーナーに出てみたい(自薦)、出してみたい(他薦)」と思われる方がいらっしゃったら、
kawase@chuohoki.co.jp
までご連絡ください。折り返し、連絡させていただきます。

花げし舎ロゴ

花げし舎ホームページ:
http://hanagesisha.jimdo.com/

プロフィール久田恵の主宰する編集プロダクション「花げし舎」チームが、各地で取材を進めていきます。
久田 恵(ひさだ めぐみ)

北海道室蘭市生まれ。1990年『フイリッピーナを愛した男たち』(文藝春秋)で、第21回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。
著書に『ニッポン貧困最前線-ケースワーカーと呼ばれる人々』(文藝春秋・文庫)、『シクスティーズの日々』(朝日新聞社)など。現在、読売新聞「人生案内」の回答者、現在、産経新聞にてエッセイを連載中。

第12回 学生寮に始まり、ベビーシッターから介護職へ 
“世話好き”な私もともに、元気にハッピーになれます

阿部千榮子さん(81歳)
京桃(東京・阿佐ヶ谷)

取材:進藤美恵子

学生寮とベビーシッター

 私がそもそも介護の世界に入りましたのは、30数年前の少子化対策運動がきっかけだと思っています。

 世間ではまだ、少子化が騒がれていない頃です。その頃は、仕事と子育ては、どっちにしようかという時代でしたわね。とにかく、ママもベビーちゃんもどっちも助かる、ということでベビーシッターをいたしましてね。

 私自身は人のお世話が好きですから、27歳頃から学生さんの寮もしていました。そして、女性の社会進出もお手伝いできたらと、ベビーシッターを始めたんです。でもベビーシッターは、「今日はあそこ、明日はあそこ」と、それでは、女の人が食べていけませんのよ。それじゃいけないなと思っていました。

ベビーシッターとヘルパーを兼ねるようになりました

 ところが2000年ですかね、介護保険が始まります。

 その時に、お客様から、ベビーちゃんもそうですが、おばあちゃまとかおじいちゃまとかのお世話でお嫁さんが里にも行けない。子どもたちの夏休みにも連れて行けないと。そこで、ベビーシッターとヘルパーを兼ねるようになりました。

 まず、介護保険に移行する手続きをしなくてはいけませんわね。やっぱり、ご家庭でお互いが気を使いながらいるのも大変なことでございますね。ヘルパーが行くことによって、違った空気も入ります。また、散歩の一つもできます。ご家族のお元気も伸ばすという意味でも、お手伝いができてよかったなと思いまして。

 介護保険では自費になりますが、目が見えなくなった利用者には、本を読んでいただきたいという方が多いんです。ベビーシッターにとって、本の読み聞かせはお手の物です。ものすごく皆さんに喜ばれまして。あれよ、あれよで、ほんとに忙しくなりましてね。

 でも、ヘルパーも幸せでなくてはいけません。そして、利用者も幸せでなくてはいけないと思います。

手作りの美味しい料理

 デイサービスに行きたいとおっしゃる方が結構いらっしゃるんです。じゃあ、デイも始めてみようかしらと思って。訪問介護に続いて、4年前にデイサービスを始めましてね。そうしている中で、認知症の方が増えますわね。それで、昨年の11月にももう1か所、デイサービスをオープンさせていただきました。夜、緊急避難的にお泊めできるようにもなりました。

 98歳の方が、車椅子で参りました。垢がポロポロ落ちるんです。フケのように。それが、お世話している間に、トイレに小走りで行けるほど歩けるようになったんです。そして、肌もピカピカに。本当に嬉しく、そういう喜びがございますね。

 デイサービスに通う人たちが高齢でもお元気なのは、食事だと思います。ここでは、手作りの美味しい料理をお腹いっぱい食べていただいております。ご馳走をふるまうのは、学生寮の時と一緒です。でも料理って、出せばいいんじゃないんですね。エネルギーもあげなければいけないんです。エネルギーというのは、“心のエネルギー”なんです。パッと見て、美味しそうだな、美味いなあという、そのエネルギーをね。

 ある時、100歳近い利用者のご家族が施設に入れたいとおっしゃって、それを私が止めるわけにはいきません。本人が「行きたくない」とおっしゃってもですね。その方がおっしゃったのは、「ご馳走っていうものは、今日はウナギ、今日はお寿司、今日は天ぷら。これがご馳走でないことをこの歳になって初めて知りました」。ご馳走というのは、栄養のことなんですね。お金を出しても買えないのが栄養だというのを彼女が教えてくれたんです。

 

涙が出るのは、私の喜びなんです

 彼女は、最初は車椅子で見えてね、その方が走れるようになって。「小走りしないで普通に歩いて」って言っても、子どものように走っちゃう。その方が、「ここに来なければ、とっくに死んでたわ」と喜んでいて。それを聞いた時に涙が出ましたね。涙が出るのは、私の喜びなんです。利用者がお見えになって、デイサービスでは、みんな輝いていますのよ。嬉しいですね。

 今は介護保険がありますけれども、人の世話をするのに隠れなきゃいけない時代もありましたね。30代の頃です。お嫁さんに隠れるようにして私のところに泣きにくる御姑さんたちも。そんな時は、「おばあちゃん、お嫁さんと相撲をとっちゃダメ。負けるのは当たり前なんだから我慢しなさいね」と言ったりしてね。私が母から教わった白和えとか、茶わん蒸しとか、いろんなものを作って食べさせたことも。「ありがとね。あなたに返すものがないわ」、「あなたへの感謝を天に持っていくね」って。それまで私に対して決して親切ではなかった方たちのお世話もしましたね。そういう時代を何年か過ごしました。それで、お年寄りの世話もしなくちゃいけないと思ったのが原点ですね。

 私は、「食は健康と喜びを、リズムは明日の夢を」をモットーにしております。歌を歌うのは、ただ、歌っているんではないんです。「菜の花畑に~♪」と歌ったら、菜の花畑が浮かぶ、そういう素晴らしいもの。脳が活性化します。

 みんなに喜んでもらって、お腹いっぱいに美味しいものを食べてもらって…。心の喜びをもらいながら、私も元気と幸せをもらっています。まあ、90歳まで現役をしたいですね。私はね、この仕事で人のおせっかいをできることが、本当に幸せなんです。

心の喜びをもらっています

【久田恵の眼】
 アメリカの作家、レイモンド・カーヴァーの作品に「ささやかだけど、役にたつこと」という短編があります。悲しみと怒りに打ちひしがれた夫婦に、パン屋が焼きたてのパンを差し出して言うのです。「こんなときは、物を食べることです。それはささやかなことですが、助けになります」。「美味しいものを食べてもらうと、みな元気になるのよ」、とさらりと言える阿部さんは、素敵な方です。ほんの日常のささやかなことこそが、人の心を癒すことを知っているのは、温かい方です。介護現場がそういう温かさに常に包まれていることは、介護される方たちにとっての心からの願いではないでしょうか。80代で、人を支え続けている阿部さんには敬服してしまいます。

久田恵 出演情報
テーマは「母のいた場所」。母の介護時代のことや、花げし舎を拠点にした現在の活動などについて放送されます。「けあサポ」のチーム取材の編集会議の様子も放送!
  • 【再放送】ハートネットTV「リハビリ・介護を生きる」
  • 【放送日】NHK・Eテレ 11月25日(水)午後1時5分から。