メニュー(閉じる)
閉じる

ここから本文です

宗澤忠雄の福祉の世界に夢うつつ

宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

疲労が溜まりやすい福祉の現場。
皆さんは過度な疲労やストレスを溜めていませんか?
そんな日常のストレスを和らげる、チョットほっとする話を毎週お届けします。

プロフィール宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

大阪府生まれ。現在、日本障害者虐待防止研究研修センター代表。
長年、埼玉大学教育学部で教鞭を勤めた。さいたま市社会福祉審議会会長や障害者施策推進協議会会長等を務めた経験を持つ。埼玉県内の市町村障害者計画・障害福祉計画の策定・管理等に取り組む。著書に、『医療福祉相談ガイド』(中央法規)、『成人期障害者の虐待または不適切な行為に関する実態調査報告』(やどかり出版)、『障害者虐待-その理解と防止のために』『地域共生ホーム』(いずれも中央法規)等。青年時代にキリスト教会のオルガン演奏者をつとめたこともある音楽通。特技は、料理。趣味は、ピアノ、写真、登山、バードウォッチング。

平成26年度児童虐待対応件数から

 先週、厚生労働省は平成26年度中の全国の児童相談所における児童虐待対応件数を発表しました(速報値)。88,931件と、前年度より一挙に1万5千件余り増加しています。

児童虐待対応件数の推移-厚労省発表資料より抜粋

 今回の大幅な増加の背景には、虐待ケースとする範囲の拡大が一役かっています。つまり、虐待された子どもだけでなく、その虐待を目撃したきょうだいも心理的虐待を受けたものとして対応するよう自治体に通知した点です。

 平成16年10月の児童虐待防止法改正時に、DVを目撃した子どもを心理的虐待を受けたものとして対応するようになった経緯を踏まえると、当然の対象範囲の拡大だといえるでしょう。10月8日朝日新聞夕刊は、「『面前DV』を警察から通告される事例も増えている」と報じています。

 多様な形の虐待が依然として広がりを続け、虐待事案そのものの防止から収束に向かう気配はまったくありません。虐待防止法は、虐待「対処」法とは違うはずなのに。

 この統計数値が存在する平成2年度の児童虐待対応件数は、1,101件でした。児童虐待防止法の施行直前の平成11年度は、11,631件です。そして、平成26年度の件数は、平成2年度の80倍、平成11年度の7.6倍という勘定になるのです。

 単純に考えると、児童相談所と福祉事務所の家庭児童相談室や児童福祉司等の現在の数は、社会資源とマンパワーにおいて平成2年度の88倍に拡充整備されていなければ間尺が合わないということになります。しかし、せいぜい平成2年度の2倍未満の拡充に終始したのではありませんか。

 もちろん、財政状況の厳しい時代が続いてきた中にあって、子ども虐待への制度改善と社会資源の拡充整備には、関係当局がかなり力を入れてきたことは間違いありません。この点はむしろ、政治家と財務省辺りに真摯な課題意識を持っていただくべきところです。子どもの命に健康、安心に満ちてすこやかな成長と発達を国の政策が実現できない国は、もはや国家の体をなしていないと言わざるを得ないでしょう。

 すでにGDPが500兆円あって、子どもの貧困や虐待が政府と社会の努力によって一向に克服されないという事実は、わが国が先進国や文明国ではなくて、いかにも野蛮な辺境国にすぎないほど落ちぶれつつあるということではないのでしょうか。

 先月に出席した第41回日本重度心身障害学会学術集会では、虐待に関するシンポジウムの参加者から、児童相談所の対応のまずさを指摘する医療関係者からの発言を数多く耳にしました。ある医師の遭遇したケースの中には、警察が児童相談所に「身柄つき通告」までしているのに、子どもをその場で家庭に帰してしまい、その数日後に重症患者として病院に救急搬送されてきたというのです。

 さいたま市における障害のある人の虐待事案でも、医療機関が「これは虐待ケースです」と指摘しているにもかかわらず、一向に虐待事案として対処しない市の職員がのさばっています。

 ある行政区などでは、虐待に関わる市の嘱託弁護士や医師が「間違いなく虐待だから、虐待事案として対応する行政責任がある」と指摘するケースが複数あったにもかかわらず、その行政区の虐待対応件数は「0」となっているのですから、あきれてものが言えません。これでは、いくら実務指針を改定してもあまり効果はないでしょう。

 ここには、二つの重大な政策課題があると考えます。

 一つは、今さら指摘するまでもありませんが、児童相談所と児童福祉司をはじめ、高齢・障害者の虐待や配偶者のDVに対応する社会資源とマンパワーが圧倒的に不足している問題への、適切で速やかな政策的対応の必要です。

 かつて厚労省が実施した調査の中にも、児童相談所のワーカーが虐待対応に疲れやおそれを余儀なくされているという深刻な実態を明らかにしたものがありました。一時保護所のキャパシティも足りない、高齢・障害領域では分離保護するための定まった枠組みは何もありません。

 虐待対応に必要な社会資源が不足し、人手不足の中で、残業だらけで、疲れ気味のワーカーが深刻な虐待ケースに走り回ることを1年365日ずっと余儀なくされている現実の中で、子どもの権利を守る適切で十分な手立てを講じなさいと言う方に無理があるのです。

 もう一つは、虐待対応と虐待防止の支援に資する専門性がはたして担保されてきたと言えるのかという問題です。3~5年のインターバルで一般行政の枠組みの中で児童相談所の人事を回している、不見識の権化のような自治体も珍しくありません。各地の虐待防止研修の実態のなかにも、場合によっては、目も当てることのできない代物があるのも事実です。

 虐待対応は、私権領域への介入を避けることができませんから、自治体職員である虐待担当ワーカーの専門性を上げる以外に手立てがないのです。虐待に関係する当事者からの物理的抵抗に訴訟提起までを考慮に入れなければなりませんから、職能団体への委託などはできないでしょう。

 ところが、社会福祉事業法から社会福祉法の下で、国・自治体の政策として自治体職員のワーカーの専門性を担保する確かな政策を、一貫して継続してきたという経緯は、まずもってないのではないでしょうか。

 一部の自治体は、「社会福祉研修所」のようなものを設置していますが、培うべき専門性の中身や将来を見据えた人材養成という点で、実効的な成果を出してきたという話を耳にしたことがありません。自治体が研修をアウトソーシングしている場合は、ときどきの場当たり的な研修企画がほとんどのように思います。

 虐待対応ではなく、虐待の防止から虐待発生が収束して皆無になる日本を実現すること-この政策目標の旗を日本の政治家と財務省は肝に銘じてほしいと思います。

【前の記事】

春の準備