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梶川義人の虐待相談の現場から

梶川 義人 (かじかわ よしと)

様々な要素が絡み合って発生する福祉現場での「虐待」。
長年の経験から得られた梶川さんの現場の言葉をお届けします。

プロフィール梶川 義人 (かじかわ よしと)

日本虐待防止研究・研修センター代表、昭和女子大学・淑徳大学短期大学部兼任講師。
対応困難事例、家族問題担当ソーシャルワーカーとして約20年間、特別養護老人ホームの業務アドバイザーを約10年間務める。2000年から日本高齢者虐待防止センターの活動に参加し、高齢者虐待に関する研究、実践、教育に取り組む。自治体の高齢者虐待防止に関する委員会委員や対応チームのスーパーバイザーを歴任。著書に、『高齢者虐待防止トレーニングブック-発見・援助から予防まで』(共著、中央法規出版)、『介護サービスの基礎知識』(共著、自由国民社)、『障害者虐待』(共著、中央法規出版)などがある。

私がもし総理大臣だったなら

 「社会的排除」という言葉があります。個人や集団が、何らかの原因によって、社会から排除されている状態のことです。これは、いわば「バスの乗り遅れ」のようなものです。人生山あり谷ありですが、バスに乗れると救われて、乗り遅れると救われない、というわけです。

 この社会的排除を解消しようというのが「社会的包摂(ソーシャルインクルージョン)」という考え方です。要するに、社会的排除の一次、二次、三次予防をし、皆が健康で文化的な生活を送れるように支えあいましょう、ということでしょうか。

 まるで、残余性を特徴とする社会福祉を体現するような言葉であり、縦型思考の理屈としては、美しく成立するように思います。しかし、人と人の繋がりが薄れて孤立や孤独が社会問題化するなか、社会的包摂を実現するのは容易ではありません。何しろ、全ての人が皆、居場所や出番がある社会にしようというのですから。

 たとえば、平成26年4月15日公表の総務省統計局「人口推計」によれば、65歳以上の人口が3,189万8,000人に達し、その割合は総人口の25.1%となりました。国民の約8割が60歳定年のサラリーマンなのに、4人に1人は65歳以上なのですから、「バスに乗り遅れる」人々だって急増するはずです。

 普通なら「バスの乗り遅れ」の減少を目指すところですが、ちょっとひねって、「健康寿命をどう過ごすか追求すれば良いのではないか」と考えてみました。

 すると、被虐待者にも、詐欺師に搾取される「ぬるい客」にも、虎の子の財産を狙われる消費者にも、行き場がなくて、公園で時間潰しをしたり病院をサロン化したりする人々にも、万引き犯やストーカーにもなってしまう最大のリスク要因は、心・身・社会・経済等の複合喪失にあるのだから、逆に、複合獲得を目指すとよいのではないか、と思うに至りました。

 そして、複合獲得で一番大切なのは、付け焼刃的な居場所や出番の案出より、まずは、コミュニケーションの絶対量を増やすことではないか、という考えも浮かびました。あれこれ悩まず社会資源を効率的に動員できるからです。喧伝されている地域包括ケアシステムも、実現の肝は、この点にある気がします。

 ところで、私たちは、子どもの頃は学校に、大人になったら職場に、定年退職までは常に家庭以外のところに通い続けます。しかし、定年退職と同時に通うところを失い、コミュニケーションの絶対量が激減します。このことは、社会的動物である私たちにとって、実は、想像以上に大きな危機なのだと思います。

 そこで、手っ取り早くは、通える人が皆こぞって、月曜日から金曜日まで通える「ところ」があると良いと思います。それに、通うのは皆大人なので、その主体性や自律性を最大限に発揮して貰えますから、具体的なあり方を思い浮かべるだけで楽しくなります。

 私たちは、高齢期になったら、こうした「ところ」に通い、その豊富な経験と時間のもと、頭も体も使って、自ら「自分たちの居場所と出番」を創出していく、というイメージです。学びあり、遊びあり、起業あり、恋も結構、恋の鞘当また結構、といったところでしょうか。

 私が、総理大臣なら、この「ところ」に通うのを、国民の義務にしちゃうかもしれません。