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梶川義人の虐待相談の現場から

梶川 義人 (かじかわ よしと)

様々な要素が絡み合って発生する福祉現場での「虐待」。
長年の経験から得られた梶川さんの現場の言葉をお届けします。

プロフィール梶川 義人 (かじかわ よしと)

(仮称)日本虐待防止研究・研修センター開設準備室長、淑徳短期大学兼任講師。
対応困難事例、家族問題担当ソーシャルワーカーとして約20年間、特別養護老人ホームの業務アドバイザーを約10年間務める。2000年から日本高齢者虐待防止センターの活動に参加し、高齢者虐待に関する研究、実践、教育に取り組む。自治体の高齢者虐待防止に関する委員会委員や対応チームのスーパーバイザーを歴任。著書に、『高齢者虐待防止トレーニングブック-発見・援助から予防まで』(共著、中央法規出版)、『介護サービスの基礎知識』(共著、自由国民社)、『障害者虐待』(共著、中央法規出版)などがある。

目指せ!オリンピックレベル

 リオデジャネイロのオリンピックが始まりました。私も、地球の裏側にエールを送り、結果に一喜一憂しています。きっと、他の国際大会とは一線を画するオリンピック独特の雰囲気にのまれているのでしょう。

 銅メダルに輝いたのに、インタビューに開口一番「敗因」について語る柔道選手に象徴されるように、世界中が「メダル熱」にかかっているのですから無理もありません。

 一方、本来の力を発揮できずに成績がふるわず、「オリンピックには魔物が住んでいる」と言われることがあります。

 独特な雰囲気のなか、普段の練習とは異なる環境、それも五感全部にかかわる環境下で、最高のパフォーマンスを発揮せねばならないのですから、こちらも無理はありません。

 競い合いは、異なる環境に素早く適応し、持ちうる力を十二分に発揮できることにも及ぶのだと思います。

 練習試合の前、選手に内緒でわざと使用する道具を壊しておいたり、わざと選手の気分を落ち込ませるような叱責をしたりするコーチがいますが、不測の事態への適応力を養うためなのでしょう。

 ところで、こうしたことをあれこれ考えていたら、社会的システムと虐待防止のあり方について閃きました。

 適応というと、一般に「個人が環境や社会に適応する」という視点で捉えますが、「環境や社会が個人に適応する」という視点から眺めると、社会的システムの違った側面が見えて興味深い、ということです。

 たとえば、市井の人々の求める社会的システムは、日常生活については、多少の失敗(犠牲)が認められるレベルであるのに対し、虐待防止については、基本的に失敗(犠牲)は認められないレベルであると言えます。

 さしずめ、前者が国内大会レベルなら、後者はオリンピックレベル、といったところでしょうか。

 ですから、社会的システムを構築し機能させるうえで欠かせない人、物、金に関しても、オリンピックレベルともなれば、そんなにお安くは済みません。

 最近、増え続ける児童虐待に対して、対応する児童相談所数の少なさが指摘されています。知識や技術の問題もありますが、そもそもの人員数が不足しているといいます。

 これでは、国内大会レベルの人・物・金で、オリンピックを開催せよというに等しく、関係者(虐待に対応する人々)には、酷というものです。

 現代のオリンピックは、「選手はスポーツによって金銭的な報酬を受けてはならない」という発祥時のアマチュアリズム的発想では開催が難しく、商業主義とプロ化の波を受け、大きく変貌してきています。

 同様に、社会的システムについても、もっと経済的な効果にも目を向けたほうが良いのではないでしょうか。

 そのうえで、私は、虐待問題への取り組みには、投資に見合うだけの経済的効果はあるのではないかと思います。

 何しろ、パフォーマンスを十分発揮できずにいる虐待問題の当事者は、毎年約20数万人人にのぼり(「虐待と良心の連鎖的発露」)、経済的損失もまた膨大だと考えるからです。

 来たる東京オリンピックで活躍するはずの子どもが、今まさに虐待されているかもしれませんし。

「今年の夏祭り衣装はこれヨ」
「オリンピックレベルだネ!!」