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私はこうして合格しました!

国家試験を突破して精神保健福祉士の資格を取得した合格者の皆さんに、合格までの道のりをご紹介いただきます。効果的な勉強法や忙しいなかでの時間のつくり方、実際に資格を手にして思うことなど、受験者が参考にしたい話が満載です。

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第48回 槙野雅文(まきの・まさふみ)さん

見出しリスト

プロフィール

槙野雅文(まきの・まさふみ)さん
平成23年度試験合格

 文京学院大学人間学部人間福祉学科卒。広島県出身。中学生のとき、知的障害者の施設に勤める母がよく施設での楽しい出来事を聞かせてくれた。みんなが自然と笑顔になれてしまう話などにふれ、そういう仕事っていいなと漠然と思ったのが福祉の世界がひらけた発端。重なる時期に友達関係に少し悩み、先生の紹介でスクールカウンセラーと会った後、自分の問題が整理できて、いい感情になれた経験も背中を押した。高校に入り、社会福祉士か臨床心理士が相談の専門職らしいと知り、将来は母と同じ施設に勤められたらと淡い期待も抱いて福祉職を志した。大学入学時にはっきり決めていたのは社会福祉士の取得。精神保健福祉士は、帰省したときに母が勤める施設でアルバイトをし、知的障害で精神疾患をもつ人の存在を知って取得しようと思った。当初、精神保健福祉分野で働くことは考えていなかったが、精神保健福祉士の実習で出会ったソーシャルワーカーにあこがれ、実践のフィールドを決めた。大学卒業年の第14回(平成23年度)試験を無事合格し、同年4月に横浜丘の上病院(横浜市戸塚区)へ入職。精神科ソーシャルワーカーとして、現在4年目を邁進中。特技は睡眠、いつでも寝られ、予定がない日は何時まででも眠れる。大切なものは家族。きらいなものはないが、苦手なのは掃除など家事。「私に精神の世界に進むきっかけをくれた実習指導者と同じように、後進の目標にされる人間に近づいていきたい」と少し控えめに、しかししっかりと語る25歳。

受験の動機

 プロフィールに紹介いただいているように、思い返してみると、中学の頃に母がよく話してくれた施設利用者の方々とのふれあいの話がそもそもの出発点だったように思います。何かうまくいかない状況があったのを、こんなふうに対応したらできるようになった、笑顔を返してくれたと嬉しそうに話す母を見ていて、そういうふうに人とかかわれる仕事をしてみたいなと、いつしか思っていたようです。

 高校のときには、けっこう具体的に、人の相談にのる仕事ってどういうのがあるんだろうといろいろ調べて、社会福祉士と臨床心理士が自分のイメージにあいそうだとなったら、大学受験にあたっては、愛知や山梨など各地へ学校見学にも出かけました。心理学のほうに進む気持ちもあったのですが、学力的に希望する大学への進学が難しかったのと、ゆくゆくは地元で母が勤務する施設で働けたらとそれなりに強い思いもあって、最終的に福祉の学部に進学することにしました。関東に行ってみたいという気持ちもあったので、文京学院大学は埼玉で都会過ぎなくていいかなとも思いました。

 精神保健福祉士の資格を取ろうと思ったのは、大学2年の後期です。広島から上京していたので、夏休みや冬休みなど長めの休みがあるときは実家に帰っていて、その機会をとらえて、母が勤める知的障害者の施設でアルバイトをさせていただいていました。そのなかで、施設利用者のなかに統合失調症やうつ病の薬を飲んでいる方がけっこういると聞いて、先々ここで働く可能性を考えればなおのこと、精神障害の勉強もしておかなければと思ったのでした。精神保健福祉課程の履修を選択する大学2年の後半には、その必要性は感じていたので、社会福祉士と精神保健福祉のダブル受験になることには、わりとすんなり決心がつきました。

 成績は特段優秀ではなかったと思いますが、勉強はかなりしたほうだと自分で思います。受験勉強として本格的に始めたのは、大学4年の4月からでした。中間にいくつかの山があって、最後は手応えをもてる状態にもっていけた実感があります。それでは、私の経験をお話しいたします。

学校の授業だけでは無理

 最初にお話ししておきたいのは、学校の授業をどれだけしっかり受けても、また、どんなにしっかりノートを作っても、それだけでは国家試験で合格するのは難しいと思えるということです。私は、授業は全部まじめに受けて、ノートもばっちり取っていました。それでもこのままでは受からないと思ったのは、大学4年になってすぐの時期に、1こ上の先輩が受けた国家試験の問題を解くという機会が学校であったのですが、得点は6割に届かず5割。聞いたことはあるけどこのままではわからないとか、習ったことないやとか、初めて見たとか、全体としてそんな感じで、授業だけではダメなんだと、そのとき思いました。

 誤解を避けるために言っておきますが、授業はおもしろいし、実際に現場で仕事に出たときに役に立つ知識や考え方も、先生はたくさん教えてくれました。精神保健福祉士の仕事の話は学生もおもしろいし、だから勉強しようと思えるというのもあります。ただし、国家試験対策となると、話は別。それ専門の勉強はやはり必要だと思います。

「特講」で本格始動

 そんな愕然とさせられた経験が気持ちに火をつけたこともあって、私の受験勉強は大学4年の4月が実質的なスタートになりました。実は、前年度国家試験へのチャレンジは、その直後に設定されている特講(受験対策の特別講義)の前段に位置づけられていて、試験で多かれ少なかれ自分の実力不足を感じ取った学生たちは、必然としてこのカリキュラムに主体的に臨むようになるというわけです。

 ちなみに、私が履修した当時の文京学院大学の仕組みでは、4月から夏前にかけて定期開催される特講の後に試験が行われ、総得点が6割に満たないと、国家試験の受験について考え直すことの提案も含めた、なかなか厳しい通告があったようです。それくらい学校も本気でいてくれるということかもしれません。4年春からの特講は、共通科目と社会福祉士専門科目で構成されていて、精神保健福祉士の専門科目は秋からスタートするスケジュールでした。

 この時期からのもう一つは、レック(LEC東京リーガルマインド)の受験対策講座です。大学から案内されていて、テキスト代だけで受講できるということで参加しました。

過去問3年分の熟達を目指す

 特講は、国家試験の科目ごとに講義が組まれていて、講義の前にはあらかじめその科目の過去問3年分とその解説が配布されました。中央法規さんの過去問解説集を科目ごとに切り取って、本に収載されている3年分を束ねたコピーです。特講で勉強する内容だからと渡されたものでしたが、私はこれを使って予習しようと考えました。これが受験勉強の第1ステップです。

 講義の前に必ず3年分を解くと決めて、問題を解いたら自分で答え合わせをして、間違えたところは解説で確認し、わかりづらいところは教科書などにあたり、補いたい知識は付箋に書いて貼り付けていきました。誤りの選択肢は、文章のどこが誤りなのかを探して正文に直し、自分で修正したその内容が適切かどうかをまた教科書などで確認し、そこで新しい情報が見つかれば、それも付箋で貼っていきました。問題文や解説文で重要と思われた箇所は赤ペンを引き、穴埋めにしてあとでチェックしたいと思った箇所は、シートを載せると文字が消えるマーカーを使って、覚えているかどうかの確認にも役立てられるようにしていきました。

 これらの作業には講義の後に加わってくる内容もあるので、上記のすべてを行いきった状態で講義に出ていたわけではありませんが、事前配布の私の過去問教材は、周りと違ってかなり使い込まれていたのは確かだったと思います。講義の内容は、その科目のキーワード集をプリントにして当日配ってくれるなど、先生によってさまざまでした。過去問を3年分解いてそれなりに理解もしているように感じられる精神的なゆとりもあり、なかなかに幸先のよいスタートでした。

過去問、参考書、ノートのいたるところに貼られる付箋。
試験の直前期は全部はがして一冊にまとめ、ポイント集として使ったと槙野さん

実習での出会いが職域を決めた

 ただ、このペースで受験勉強のみに集中とはいかず、次に本腰を入れて勉強に取り組めたのは、11月の中旬からです。この間は何もやっていなかったということではなく、受験勉強に優先して取り組むテーマがあったということです。

 その一つは、実習です。ダブル受験だったので、社会福祉士の実習は3年生で履修し、精神保健福祉士のほうを4年で履修しました。時期は6月と9月。冒頭にお話ししたように、私は当初、大学卒業後は郷里の広島に帰って、叶うことであれば母と同じ知的障害者の施設で働きたいと考えていました。その考えがあったので、社会福祉士の実習2カ所は知的障害の成人、児童の施設でした。生活指導員、相談職と将来に描きつつあるビジョンもありましたが、精神保健福祉士の仕事にも興味はあり、実習は精神保健福祉分野の病院・地域を見てみようとなりました。そして6月、精神科クリニックの実習で、ある実習指導者と出会い、その方にあこがれて精神保健福祉士として働きたいと思うようになりました。

 それまでは、精神保健福祉士の勉強はしていましたが、どのような専門職なのかというイメージが今一つもてていませんでした。でも、その方を見て、利用者とのかかわりを実際に見て、他職種と話をしている場面も見て、精神保健福祉士の視点や大事にすべきことをいっしょに考えさせていただいて、自分もこの世界で働きたいと思ったのでした。

 感覚的には2カ所目の9月の実習もすぐにやってきて、それらの記録づくりや、急速に浮上した精神保健福祉分野での就職先探し、あわせてこの時期は卒論の素材集めと論文作成もピークにさしかかっていました。フリースクールを研究テーマにしていて、ボランティアでかかわっているフリースクールでインタビューするなど、興味もあって楽しかったので、この間はどうしても受験勉強から少し遠ざかりました。

 精神の実習指導では、中央法規さんの一問一答形式の問題集から出題されるテストがあったので、電車やバスの移動中にその本を読むのと、あとはレックの講座と10月から始まった精神保健福祉士の特講に出ること。それ以外は卒論が中心の毎日でした。

外で仲間と勉強するのが基本

 再び受験勉強に集中していったのは11月の中旬、卒論を提出した後からです。大学の特講は過去問3年分を事前に配布される形式でしたが、時期的に前年度の試験問題は入っていなかったので、夏に購入しておいた最新の過去問解説集を年度ごとに3つに分冊し、春に取り組んだのと同じ方法で勉強を進めました。

 私の場合、大学の前期後期を通して、毎日必ず授業を入れるということを意図的に行いました。なぜかというと、私は寝るのが好きで、たとえば4限が午後2時からだとすると、午後1時まで平気で寝てしまいます。予定を入れておかないと、一日がもったいないことになると思い、ふつうは授業のコマ数が減ってくる大学4年の後期も毎日何らかの授業を入れていたのでした。授業に出た後、学校に残って勉強するのが基本のスタイルで、自習室が埋まっていれば、ゼミの仲間と教室を借りたり、先生の研究室を借りたりしました。

 土曜日曜も何も入れていないと、遅い時間まで起きないのがわかっていたので、外で勉強していました。土曜は、精神保健福祉課程をとっている仲間4人くらいで学校に集まり、昼ごはんを食べて夜まで一緒にやっていました。時間を決めてタイマーをかけて、それぞれ自分の勉強をしながら、疲れてきたら問題を出し合ったり、わからないところを聞き合ったりといった具合です。日曜は、大学1年のときから続けていた進学塾のアルバイト仲間を誘って、カフェなどで勉強していました。誘った相手は、フランス語の検定試験など勉強の内容はまるっきり違いますが、休みの日に勉強する必要のありそうな仲間に声をかけると、けっこうつき合ってくれるものです。

こちらは「社会福祉士・精神保健福祉士全国統一模擬試験」。誤りの選択肢は正文に直してインプット。専門用語、キーワードなどペンの色分けにもすべて意味がある

怒涛の追い込みで万全に整う

 自分でもすごい勉強しているなと思い、12月の時点でけっこうよい感触を持てていたのですが、冬休みにその自信が揺るがされました。実家に帰省する前にまだやったことのない問題集を2冊分コピーさせてもらい、取り組んでみたところ、共通科目の出来が予想外に悪く、このままではダメかもしれないと思いました。

 その危機感が起爆剤となり、1月はものすごく勉強しました。学校で授業を受けながら、一日に最低10時間はやっていました。勉強方法そのものは変えることなく、しかし、より入念に、掘り下げて行いました。過去問は4年分を新たに5周くらい解いて、誤りの選択肢は正文に直し、うまく直せなかった問題はそこだけ二重線を引いたりして全問正解を目指し、完璧にはいかなかったものの、最終的にはかなりそこへ近づきました。

 そうして国家試験の1週間前には、ついにやることがなくなりました。いろんな出版社が出している問題集は、ほとんどやり尽くしたのではないかと思います。遅い時間まで寝続けないようにするために取っていた授業が1月も入っていましたから、その小テストなどが国家試験の直前に設定されていて、その勉強をしている私の姿を見て、「なんで今そんなのやってるの?」と周りからは気味悪がられるありさまでした。

一瞬は肝を冷やした

 それでも試験本番はわからないなあと、国家試験を受けてみて思いました。盤石で臨んだはずでしたが、かなり緊張して、冷静に考えればわかるはずの問題を次々と落としました。自己採点で共通科目の保健医療サービスは0点の心配が出てきて、試験当日は落ちたと思いました。翌日、中央法規の「けあサポ」で解答速報を見たら0点科目はなく、トータルでも7割近く得点できていることがわかり、胸をなでおろしました。就職の内定をいただいていた横浜丘の上病院からは、試験の合格が採用の条件といわれていたので、本当にほっとしました。

目標になれることが目標

 私は今、精神科病院でソーシャルワーカーとして働いています。就職先をいろいろ考えていたときに、ある方から「最近はあなたみたいなおとなしい子が多いけど、医療機関では務まらないと思う」と言われました。でも、大学の恩師の先生は、「仕事になったらやるしかないんだから関係ないわ」と言ってくれました。説得力がありました。その先生が、今募集しているわよと教えてくれたのが就職した病院です。

 病院に見学へ行き、相談室の室長が患者さんといっしょに笑ったり、悔しがったりしている姿は、私がかつて、こんな精神保健福祉士になりたいとあこがれた実習先の指導者の姿と重なりました。この人といっしょに働きたいと思った瞬間でした。

 就職して4年目に入り、今年からは実習指導を任されることになっています。自分はまだまだと思いつつも、でもこれから資格を目指してソーシャルワーカーになっていく人たちが最初に見るワーカーになるのだと思うと、身が引き締まります。つらいこと、悩むこと、現場ではいろいろありますが、精神保健福祉士はやりがいのある仕事です。それを味わうためにも、第一関門の国家試験をぜひ突破してください。応援しています。

槙野さんが所属する地域生活支援室では、情報共有や支援の振り返りなど種々のケースミーティングを行っている。
左は室長でスーパーバイザーの安部玲子さん。ミーティング中は真剣そのもの