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福祉の現場で思いカタチ
~私が起業した理由わけ・トライした理由わけ

介護や福祉の現場で働く人たちはもちろん、異業種で働く人たちのなかにも、福祉の世界で自分の想いを形にしたいと思っている人は、実はたくさんいます。そして、今、それを実現できるのが福祉の世界です。超高齢社会を迎え、これからますます必要とされるこの世界では、さまざまな発想や理想のもとに起業していく先達が大勢いるのです。そんな先達たちは、気持ちだけでも、経営だけでも成り立たたないこの世界で、どんな思いで、どんな方法で起業・トライしてきたのか、一か月にわたって話を聞いていきます。行政への対応や資金集めなど、知られざる苦労にも耳を傾けながら、理想を形にしてきた彼らの姿を追います。


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花げし舎ホームページ:
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プロフィール久田恵の主宰する編集プロダクション「花げし舎」チームが、各地で取材を進めていきます。
久田 恵(ひさだ めぐみ)

北海道室蘭市生まれ。1990年『フイリッピーナを愛した男たち』(文藝春秋)で、第21回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。
著書に『ニッポン貧困最前線-ケースワーカーと呼ばれる人々』(文藝春秋・文庫)、『シクスティーズの日々』(朝日新聞社)など。現在、読売新聞「人生案内」の回答者、現在、産経新聞にてエッセイを連載中。

第25回② 奥山梨衣「SKIP&CLAP」代表
医療的ケアがある子がいても、楽しくお出かけできる
ということを伝えたかった

「SKIP&CLAP」代表
奥山梨衣(おくやまりえ)
大学卒業後、大手繊維メーカー会社アパレル部門にてCAD技術指導。2006年に長男出産、育児に専念するため退社。2018年医療的ケア児の生活をサポートする「SKIP&CLAP」を立ち上げ。吸引器専用バッグを開発、特許取得。ネットショップにて販売開始。2019年地域の医療的ケア児とその家族のためのサロン「SKIP CAFÉ」開設。2020年 第8回京都女性起業家賞 優勝 最優秀賞受賞。


取材・文:石川未紀


──前回は、吸引器バッグを製作するに至った経緯について伺いました。

──ご自身用の吸引器バッグを販売してみようと思われたきっかけは?

 もともとは自分用と考えていたのですが、その間も、なかなか機能性とデザイン性に優れたバッグが出てきませんでした。それで、困っている人がいるんじゃないか、と思い至り、それなら販売してみようと思ったのです。
 厚生労働省によると19歳以下の医療的ケア児は、2015年時点で17000人。なんとこの10年で2倍になっているんです。増えているにもかかわらず、既成の医療機器のバッグは使い手の意見がまったく反映されていない世界でした。気管切開をしている先輩ママからも、破ける、重い、などと聞いていたので、購入しませんでした。
 だから、同じような思いをしている人たちに届けたいという気持ちがありました。そして、この吸引器バッグを通して、医療的ケア児の情報を共有したいという思いもありました。長男は中二ですが、医療的ケア児の母としては先輩の部類に入るんですね。ですから、先輩としてアドバイスや情報を提供して、孤立しているお母さんたちが少しでも救われる「場」になれればいいなと思いました。

──吸引器バッグを通して交流の場にもしたいと考えられたのですね。ちなみに、開発された吸引器バッグはどんな工夫が施されているのでしょうか?

 まず、自分用のバッグを作るときは、既成のバッグを試していたときに感じていた不具合を整理しました。普通のバッグは、重い上、使い勝手が悪くてあまり使用しませんでした。既製品で行きついたのはピクニックなどで使う保冷バッグでした。形はちょうどよく、軽いのですが、一方、破れやすい、蓋のファスナー開閉がスムーズではない等々、いろいろ出てきました。吸引は手早く、とっさにできなければ子どもの命にもかかわるものです。これらを克服できるものを、と試行錯誤して一つ作ってみたんです。
 まず、第一に使い勝手。吸引は、手早くできなければなりませんから、邪魔なものは撤廃しました。蓋をなくして、すぐに電源を入れて、カテーテルにつなげられるように工夫しました。一方、清潔に保たなければならない部分にはふたを付けました。また、精製水やカテーテル、アルコールなど、使う人によって備品は少しずつ違います。使う頻度によっても準備するものが違ってくるので、バッグ内も仕切りを付ける一方、すべてをジャストサイズにせず、あえて「遊び」の空間を持たせて、柔軟に使えるように。また、電源コードはわきから出せるように穴をあけて工夫しました。
 もうひとつ、大事に思っているのは、このバッグを持ってお出かけしたいと思ってもらえるようなデザインにすることでした。いかにも医療現場を彷彿させるようなバッグはいやでした。子どもの集まりの場所にもおしゃれなバッグで行きたい。吸引器のバッグがかわいくって何が悪いんだ!(笑)という気持ちがありました。
 少しずつ微調整を重ね、今のバッグが出来上がりました。

──販売までに4年かかっていますね。

 そうですね。これを困っている人にも使ってもらいたいという気持ちはあったんですが、自由 に使える時間は、昼間のほんの数時間しかない、これが最大のネックでした。それでも、繊維メーカーに勤めていたので、工場の職人さんに頼んだり、製品化するまでの手順はある程度わかっていたので、前職の知識が生かせました。

──確かに素人では、そのような手順はわかりません。

 はい。それは強みでした。

──とはいえ、工場の職人さんも大量生産でない吸引器バッグをよく引き受けてくださいましたね。

 そうなんです。繊維メーカーにいたからこそわかるのですが、数が少ない、複雑で縫いにくい、工程が細かいという、職人さんが一番引き受けたくないタイプのものです(笑)。でも、そこは熱意ですね。「吸引器のバッグに困っている人は、実はたくさんいて、このバッグを届けることは社会貢献のひとつなんだ」と、伝えました。すると、工場の人も「そういうことで役立てるなら、ぜひお手伝いしたい」とおっしゃってくださいました。今、質の高い縫製ができる職人さんが減っている中、技術のある職人さんが引き受けてくださっていることには感謝しています。

──それは奥山さんの前職を含めた人間性と熱意があったからでしょうね。

 工場の方にお願いするときも、打ち合わせをするときも、「昼間のこの時間しか行けません!」という無理なお願いを通してもらいながらすすめてきたのですが、本当によい縁に恵まれました。
 吸引器バッグは高価になりすぎないように、技術のある職人さんに作ってもらえるように、直売という形をとらせていただいています。販売をどこかに委託するとどうしても中間マージンを取られてしまうので。学校へ通う方は就学奨励費の対象にもなっています。
 現在は、パワースマイル、スマイルキュート、スマイルケア、おもいやり、キュータム、ベベキュアという吸引器に対応できるバッグを販売しています。
 2018年にインターネットを通じて、販売を始めたところ、思いのほか好評で、2年半で約650個を販売しました。発売後すぐに売り切れになることも多く、追加注文をいただくようになりました。

──ありがとうございました。


使い手だからこそできる工夫いっぱいの吸引器バッグ