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宗澤忠雄の福祉の世界に夢うつつ

宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

疲労が溜まりやすい福祉の現場。
皆さんは過度な疲労やストレスを溜めていませんか?
そんな日常のストレスを和らげる、チョットほっとする話を毎週お届けします。

プロフィール宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

大阪府生まれ。現在、埼玉大学教育学部にて教鞭をとる。
さいたま市障害者施策推進協議会会長等を務め、埼玉県内の市町村障害者計画・障害福祉計画の策定・管理等に取り組む。著書に、『医療福祉相談ガイド』(中央法規)、『成人期障害者の虐待または不適切な行為に関する実態調査報告』(やどかり出版)等。青年時代にキリスト教会のオルガン演奏者をつとめたこともある音楽通。特技は、料理。趣味は、ピアノ、写真、登山、バードウォッチング。

東日本大震災遺児たちの作文集から

 『お空から、ちゃんと見ててね。―作文集・東日本大震災遺児たちの10年』(あしなが育英会編、朝日新聞出版、2021年)を読みました。子ども支援に係わる関係者には、ぜひともお読みいただきたい労作です。

 本書の構成は次の通りです。

はじめに 子どもたちの声を通じて
第1章  津波が来るなんて
第2章  ママがいてほしいとき
第3章  歩き出す準備は整った
第4章  人生を好きでいたい
第5章  てんごくのパパへ、ママへ
おわりに  作文を読む体験は自らの歩みを大切にすること

 第1章と第2章は、2011年の震災発生から東北にレインボーハウスができる2014年までの3年間に、東京都日野市にあるあしながレインボーハウスで開催された「全国小中学生遺児のつどい」に参加した東日本大震災の遺児たちが、「つどい」終了後に書いた作文をまとめたものです。

 第3章は、幼少期にレインボーハウスに通った子どもたちの中で、20~22歳に成長した若者3人にインタビューをして、成長の過程にあったときどきの葛藤や出来事を振り返ったものを書き起こしたものです。

 ここでは、幼少期に書き綴った作文も、時系列でまとめられているため、若者に成長した遺児の方たちの今を縦断的に理解できる内容になっています。

 第4章は2020年の冬に子どもたちから寄せられた「現在の心境と将来への希望を綴った手記」です。第5章は「周囲の人に宛てたお手紙」となっています。

 子どもたちの死別体験はとてもリアルで、どれ一つとして同じものはありません。「津波で肉親を失った子どもたち」と一括りにする愚かさを思い知ることができます。

 親だけでなくきょうだいや祖父・祖母を一挙に亡くした子ども、お母さんと一緒に津波にさらわれたが自分だけが助かりお母さんは帰らぬ人となった子ども、大工仕事に律儀な父親が大工道具だけはと家に取りに帰ったところを津波に呑まれて遺児となった子ども、自宅は内陸部にあったがその日はたまたまお父さんが津波の来る海岸部で仕事をしており突然お父さんを失った子ども…。

 被災地でありながら、学校で親を亡くしたことを口実にしたいじめ被害にあう子ども、学校や学校のカウンセラーのあり方になじめない子ども、親との死別体験に由来する絶望感から自死を考える子ども…。

 それぞれの「死別体験とともに生きている子どもたちの様々な思い(グリーフ)は、現在進行形で日々成長とともに変化していく。グリーフは誰かが代わることができない。本人が『丁寧に触れ扱う力』をつけていくしかない」(前掲書49頁)

 でも、「丁寧に触れ扱う力」を一人だけで培うとすれば、とても辛く耐え難い道程になりかねません。

 そこで、レインボーハウスは、同じような体験をくぐった「仲間(ピア)とともに日常生活を離れて同じ時間を過ごす」。「その環境の中で死別後の体験を分かち合い(シェア)、支え合い(エンパワーメント)、それぞれの経験を参考にし学び合う(モデル)」営みを続けてきたのです(同48頁)。

 いつでも応答してくれるファシリテーターや仲間がいる安心感と心強さが、時間をかけて自分と向き合い、自分を大切にする術を獲得することにつながっています(同88-89頁)。

 震災時の死別体験から3年以内に書かれた作文集が掲載される第1~2章から、「歩き出す準備は整った」第3章と「人生を好きでいたい」第4章に読み進むにつれて、私は何かに圧倒されるような感慨を抱きました。

 仲間とともにグリーフケアを重ねてきた子どもたちの、自分と他者に向き合う逞しさと、自らの生活と社会現実に対するリアリズムは信実さに溢れています。

 本書に登場する子どもたちとレインボーハウスの取り組みは、無限に多様性のあるグリーフを潜り抜けたところに、無限に多様性のある幸福追求を実現する可能性があることを提示しています。

 今年の「東日本大震災から10年」という薄っぺらな報道には、多くの批判がありました。「10年」という区切りは報道し論じる側の一方的な区切りであって、東北地方のまことに不均等な復興の実態(とくに福島原発の事故による被災地)を前に「10年」で一括りにする論じ方には被災者からの批判も相次ぎました。

 震災時からの継続的な取材や実態把握を抜きに、10年が経過した時点だけを断片的に切り取って報道するマスコミに対して、新聞社やテレビ局の震災報道の体制と人事異動のあり方を含めた構造的な問題の指摘もありました。

 本書は、この10年の歩みを知り、「10年」が区切りではなく経過点であることを、遺児のこれからの人生への向き合い方からリアルに提示しています。多くの方に本書をおすすめします。

日本サクラソウ

 さて、さいたま市には日本サクラソウの自生地があります。先週は満開でした。この花は、真ん中の頂点にある花は、最後に開花します。まるで、タカラヅカ花組のトップが最後に登場するがごとく、一挙に華やぎます。