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宗澤忠雄の福祉の世界に夢うつつ

宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

疲労が溜まりやすい福祉の現場。
皆さんは過度な疲労やストレスを溜めていませんか?
そんな日常のストレスを和らげる、チョットほっとする話を毎週お届けします。

プロフィール宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

大阪府生まれ。現在、埼玉大学教育学部にて教鞭をとる。
さいたま市障害者施策推進協議会会長等を務め、埼玉県内の市町村障害者計画・障害福祉計画の策定・管理等に取り組む。著書に、『医療福祉相談ガイド』(中央法規)、『成人期障害者の虐待または不適切な行為に関する実態調査報告』(やどかり出版)等。青年時代にキリスト教会のオルガン演奏者をつとめたこともある音楽通。特技は、料理。趣味は、ピアノ、写真、登山、バードウォッチング。

「上から下へ」の大騒動

 マスクと消毒用アルコールのストックが気になりだしたので、ちょっとインターネット・ショッピングを覗いてみると、何と価格は「平時」の10倍以上!! 思わず、「なんでやねん!」。

 冗談じゃない、これはひどすぎる。実売価格に見合ったマスク・消毒用アルコール加算が生活保護費や高齢基礎年金・障害基礎年金に付かないと国民生活の間尺が合いません。俸給生活者には、当分の間、新型コロナウイルス予防手当が支給されて然るべきです。

 急遽、終日営業を強いられることになった学童保育や放課後デイサービスの予防対策はどうなるのでしょうか? というより、そもそも必要な支援者を急に手当てするだけでもほとんど幻想です。

 学校の給食費で学童保育の昼飯をまかなう必要があるなんてことまで、言い出しっぺは考えもしていないでしょう。では、学童保育の昼食は誰が作って、追加的出費はだれが負担するのか? 学童保育の元父母会長である私には、とても他人事とは思えません。

 もし、私が現役の父母会長であれば、学童保育の職員や父母たちと当面する問題を洗い出し、「要求貫徹!」の幟(のぼり)を立てて市役所の担当課との交渉に入ったでしょう。そうしないと、自分たちの暮らしと子どもたちを守ることはできない。まさに「上を下へ」の大騒ぎ。

 いやっ、違います。今回の話は「上から下への」大騒ぎでした。

 下界の混乱ぶりは、目も当てられない。近所のドラッグストアでマスクを探し回ると「当分入荷予定はありません」と張り紙してあるのに、ネットショッピングでは「在庫あり」とくる。これが、「間もなくマスクが市中に出回る」という実態です。

 マスクを売る側に圧倒的な力の優位性のあるところで発生する、新手の社会経済的虐待ではありませんか?

 客と直に対面する取引だと、大っぴらに値段を吊り上げることがはばかられるけれども、「顔の見えない」ネットショッピングでは値段を青天井で吊り上げる。国税当局には、この「不当な大儲け」を完璧に捕捉してもらいたい。

 Kドラッグの系列店は、マスクを栄養ドリンクや化粧品と「抱き合わせ」の9,000円台の高額商品に仕立て上げ、客に「押し売り」をしていました。

 この抱き合わせ販売については、公正取引委員会が「独占禁止法の定める不公正な取引方法」であるとして、業界団体に禁止を要請しています。

 1973年の第1次石油ショックのときに席巻した買占めや値段の吊り上げを彷彿させます。何もかもが高騰しました。灯油を入れる容器はブリキ缶で1個150円だったものが、突然、1,500円にまで跳ね上がった記憶が残っています。

 当時、大手のある石油会社は、大儲けをする「千載一遇のチャンス」だと内部文書で社員に発破をかけ、石油製品の「売り惜しみ」から相場の「高騰」を煽っている事実が明るみに出ました。

 今回、公取委が問題を指摘したKドラッグストアの「抱き合わせ販売」は、特定の店舗だけではなく、系列店で一斉にしていたようです。だから、「濡れ手で粟作戦」の指令は、間違いなく本社から出ていたはずです。

 このようなあくどい商売をしていると、後から取り返しのつかない「呪い」の効き目が現れますよ。

 いずれにしても、現代の日本は、こんなことが大っぴらにまかり通る国なんですね。一体どこにコンプライアンスがあるのか。内田樹さんの言う『サル化する世界』(文藝春秋、2020年、出たばかりの新刊です)の広がりに歯止めがかからなくなっています。

 ちなみに内田さんが論じるサルとは、中国の故事に登場する「朝三暮四」のサルのことです。この本の「なんだかよくわからないまえがき」で、サルを差別的にバカ扱いしたわけではないと、ちゃんとご本人が説明しておられます。

 で、「朝三暮四」のサルとは何ものか? 次のようです(前掲書22頁)。

 一つは、「今さえよければ、それでいい」。自己同一性を未来に延長することに困難を感じる時間意識の未成熟のことです。

 もう一つは、「自分さえよければ、他人のことはどうでもいい」。自己同一性の空間的な縮減のことです。

 もしかすると、現代の日本は、このようなサルたちがボス猿を頂いたサル山のようになっているのではないか? 私は何を血迷ったのか、思わず「日本を取り戻したい」と叫んでしまいました。

 ところが…。

 先日の朝日新聞の朝刊別刷「be」(2月29日)で、政治学者の原武史さんが「宮本常一が嘆いた温泉客」について記していました。

 宮本常一は、1939(昭和14)年に、民俗学の調査で島根半島に滞在し地元の人たちからの聞き取りを実施しています(この調査は、後に『出雲八束郡片句浦民俗聞書』として刊行され、現在は、未来社の宮本常一著作集39巻に収録されています)。

 島根半島での滞在を終えて松江から列車に乗った宮本は、玉造温泉から乗り込んできた「サル化した」乗客たちの会話に心を乱されます。

「前夜の宿での女の品定め」云々の話で盛り上がる様や、骨董商の集団が中国地方を回って「偽物を高く売りつける」談義をしているところに遭遇するのです。

 島根半島の滞在中に出会った「心やさしくあたたかな人々」の回想と騒がしい話をする乗客とのギャップに、宮本は「淋しさ」を憶え、列車で乗り合わせたあくどい連中が「あたたかな村」にも食い入るときが来るのではないかと「やるせない」気持ちを抱きます。

 当時は、日中戦争が勃発し、国家総動員法が制定され、国をあげての総力戦体制を敷いた時代でした。「銃後の守り」を固めるために、厚生省が内務省社会局から独立して設置された時代でもあります。

 わが国は、残念ながら、この時代からすでに「サル山化した世界」だったのです。

 新型ウイルスへの総力戦に突入した現代の日本は、「サル山化した世界を取り戻す」ことをしてはならない。そのような事態は見たくないし、阻止したい。

あらゆるところに影響が-川越市中央図書館で

 ボス猿に振り回される愚を止めて、マスクや消毒用アルコールが入手できずに困っている人たちや地域の学童保育の支援者・父母・子どもたちと共に、この難局を乗り越える営みを作りたいと願っています。

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