メニュー(閉じる)
閉じる

ここから本文です

宗澤忠雄の福祉の世界に夢うつつ

宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

疲労が溜まりやすい福祉の現場。
皆さんは過度な疲労やストレスを溜めていませんか?
そんな日常のストレスを和らげる、チョットほっとする話を毎週お届けします。

プロフィール宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

大阪府生まれ。現在、日本障害者虐待防止研究研修センター代表。
長年、埼玉大学教育学部で教鞭を勤めた。さいたま市社会福祉審議会会長や障害者施策推進協議会会長等を務めた経験を持つ。埼玉県内の市町村障害者計画・障害福祉計画の策定・管理等に取り組む。著書に、『医療福祉相談ガイド』(中央法規)、『成人期障害者の虐待または不適切な行為に関する実態調査報告』(やどかり出版)、『障害者虐待-その理解と防止のために』『地域共生ホーム』(いずれも中央法規)等。青年時代にキリスト教会のオルガン演奏者をつとめたこともある音楽通。特技は、料理。趣味は、ピアノ、写真、登山、バードウォッチング。

迷走する障害者雇用

 昨年の8月22日、8割を超える行政機関や裁判所において障害者雇用が水増しされていた事実が発覚しました。

 それからちょうど7か月経った3月22日、障害のある人のみを対象とする国家公務員試験の合格発表があり、全国で8,712人の申し込みに対し754 人が合格しました。

 この間の経緯にはさまざまな迷走と疑問があります。

 1976年に身体障害者雇用促進法(現、障害者の雇用の促進等に関する法律)が障害者の法定雇用義務を定めて以来、42年間もの長期にわたって、国・地方自治体・裁判所・政党等が法律を踏みにじってきたという事実に、障害当事者の方はさぞや憤懣やるかたのない想いを抱いておられることと思います。

 とくに、法律を守ってこなかった事実の中身です。雇用者数の「水増し」という、国民を欺く手法を国会・内閣・裁判所という三権がそろって、やり続けてきたという問題はあまりにも深刻な事態です。

 ある種の「統計不正」とも言えますが、昨年の8月に、降ってわいたようにこの水増し問題が明るみに出た経緯がそもそも謎のままです。

 私の友人の中には、こんな憶測をいう奴までいました。統計不正問題で批判を受け続けている厚労省は、障害者雇用の水増し不正が国のいたる所で行われていることを以前から把握しており、それを明るみに出すことによって、他の省庁も同じようなことをしていますというかたちで「批判の矛先を拡散してかわ」そうとしたのではないか、と。

 いずれにせよ、この水増し問題の発覚はどのような経緯からだったのかは、全く明らかにされていません。国会とマスコミには、この事実を明らかにする責任があると考えています。

 昨年8月に明らかにされた障害者雇用の水増し問題を受けて、10月22日には検証委員会調査報告書が出され、その翌23日に、国は2019年の1年間で約4,000人の採用を決定しています。

 ところが、昨年12月中旬には、2019年に4,000人の採用はとても無理だと採用計画の修正を発表し、複数年で採用することに変更しました。

 さらに、採用計画が迷走する10~12月の間には、財務省や一部の地方自治体の障害者雇用に関する応募要件に、障害者差別解消法や障害者雇用促進法の定める障害を理由とする差別的取扱いに該当するさまざまな制限を設けている事実が明らかになりました。

 財務省の採用試験受験の資格要件は、「自力により通勤ができ、かつ、介護者なしで業務の遂行が可能であること」、「活字印刷文に対応できること」、「口頭面接に対応できること」等とあり、障害のあることを直接的な理由とする差別的規定と、合理的配慮を提供しない差別のあることが明白です。

 「自力通勤」を要件とする排除は障害者雇用における「古典的な」差別ですし、「活字印刷文に対応できること」は学習障害のある人、たとえば映画俳優のトム・クルーズでさえ受験資格がなく、「口頭面接に対応」は聴覚障害のある人への「古典的な」差別です。少なくとも、50年は遅れている差別感覚と言っていい。

 特定非営利活動法人DPI日本会議と障害者欠格条項をなくす会の抗議と要望を受けて、人事院と財務大臣は素早く対応し、これらの資格要件は撤廃されました。が、どうしてこのような時代錯誤の、基礎的な無理解と法律違反が中央省庁で続くのでしょうか。法治国家の体をなしていないと思うのは、私だけではないでしょう。

 昨年12月5日に裁判所から出された『裁判所における障害者雇用に係る事案に関する検証報告書』に目を通しました。これによると、「法の番人」である組織は、「法を杜撰に扱い、遵法精神を持っていたかどうかが疑わしい組織」であったとしか思えないのです。

 実際、この報告書を受けて「裁判所における障害者雇用に関する基本方針」で出された「再発防止のための対策」の最初には、「法の理念に対する意識を十分に持ち、障害者雇用に関する事務を進める」と出てきます。手短に言えば、裁判所が自身に向かって「法を守りましょう」と言うのが第一の「対策」です。

 1976年に雇用義務が施行されて以来、中小企業をはじめとする民間企業の中には、さまざまな障害特性を配慮した職務と職場のあり方を、合理的配慮の提供を含めて真剣に取り組んできたところが山のようにあります。

 30年ほど前までは、大企業ほど法定雇用義務を守らない傾向もありましたが、近年は民間企業全体の取り組みが進められてきました。ここでは、さまざまな教訓が共有されていて、障害のある人たちが働くことのできる「職務と職場を創造する」視点と実務がその最大公約数であると思います。

 ところが、財務省、裁判所や教育委員会の実態は、未だに「自分たちの組織の仕事には、障害のある人のできる職務がほとんどない」という本音を岩盤のように据えたまま、法律を全く守ろうとせず、障害のある人に対する差別に加担さえしてきたのではありませんか。

 今回のように、国会・内閣・裁判所・地方自治体が、障害者雇用への基礎的な理解に欠いたままの拙速な採用試験を実施することは、民間企業に働く障害のある人を公的機関が「横取りする」問題を含めて、まことに深刻だと思います。

 くしくも、国家公務員の障害者採用試験の合格発表のあった日、東京地裁は、施設入所者である知的障害のある人が亡くなった事案に係って、将来働くことによって得られたはずの収入である「逸失利益」を認める判決を出しました。

 これまでに裁判所の職員採用試験や国家公務員試験を受けた障害のある人の不合格者には、「働くことによって得られたはずの収入」に該当する「逸失利益」があるということを裁判所が認めたということにはならないのですか?

ソメイヨシノの花芽
新河岸川のにわか川舟の練習風景

 各地で桜の開花が続いていますが、関東地方では突然寒気の戻りがあって、花芽のほころびが止まりました。春はもうすぐそこなのでしょう。

【前の記事】

隔たりが大きい

【次の記事】

平成からの心機一転