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梶川義人の虐待相談の現場から

梶川 義人 (かじかわ よしと)

様々な要素が絡み合って発生する福祉現場での「虐待」。
長年の経験から得られた梶川さんの現場の言葉をお届けします。

プロフィール梶川 義人 (かじかわ よしと)

日本虐待防止研究・研修センター代表、桜美林大学・淑徳大学短期大学部兼任講師。
対応困難事例、家族問題担当ソーシャルワーカーとして約20年間、特別養護老人ホームの業務アドバイザーを約10年間務める。2000年から日本高齢者虐待防止センターの活動に参加し、高齢者虐待に関する研究、実践、教育に取り組む。自治体の高齢者虐待防止に関する委員会委員や対応チームのスーパーバイザーを歴任。著書に、『高齢者虐待防止トレーニングブック-発見・援助から予防まで』(共著、中央法規出版)、『介護サービスの基礎知識』(共著、自由国民社)、『障害者虐待』(共著、中央法規出版)などがある。

はじめてのおつかい


公式な事例検証

 先日、元介護職員による高齢利用者への傷害致死事件で、元職員が懲役4年となったことを受け、行政が事例検証をすることになりました。私も参加するのですが、従事者による虐待の公式な事例検証は前例に乏しく「はじめてのおつかい」の心境です。

 そこで、認知症研究・研修仙台センター様の調査研究事業の成果物である『高齢者虐待に伴う死亡事例等検証の手引き』(令和4年3月)を読み返してみました。

 すると、検証は①事実関係や対応状況等の確認・整理、②発生要因の分析と対応上の課題抽出、③必要な再発防止策の検討と提言をするもので、これらの目的と、責任主体が明確にされた組織的な合議で行い、記録も残すこと、とされています(同上書p.3)。

 確かに、検証は今後に役立ててなんぼですから、この手引きに沿って検証されることになると思います。しかし、気の早い私は、元職員が利用者から「気が利かねえな」と言われて立腹したとされている点が気になっています。

 私自身、これまで「気が利かない」と言われたことはありますが、恥ずかしいとは思いこそすれ、暴行に及ぶほど立腹したことはないからです。ですから、この元職員にとっては、利用者の一言はよほど衝撃的だったのではないか、と思えるわけです。

トラウマインフォームドケア

 そこで思い浮かぶのは、過去に負ったトラウマが刺激された可能性です。つまり、トラウマインフォームドケアの観点からみて、「気が利かねえな」の一言が、職員の持つ何らかのトラウマを刺激してしまったのではないか、という可能性です。

 先日も、大学生たちから福祉職を志すきっかけとなったエピソードを聞いたところ、自らのトラウマ体験をあげた学生が意外に多くびっくりしたばかりです。たとえば、「自分がいじめられて辛い思いをしている時、福祉職に救って貰ったから」などです。

 なるほど、いじめられる側には共感・受容できそうですが、仕事ではいじめる側にも相対しますから、そこが気にかかります。本当に、いじめる側をすんなりと共感・受容できるでしょうか。いじめる側に攻撃的にならず冷静に対応できるでしょうか。

 むろん、無理に共感・受容する必要はありませんし、スーパービジョンを受ければ、「どこが共感・受容できないのか」を冷静に把握しながら支援展開できるようにもなれるでしょう。しかし、それはスーパービジョンがちゃんと機能している場合の話です。

 そうでなければ、皆が皆冷静に対応できるとは言い切れないと思うのです。ですから、当該施設でのスーパービジョン事情が気になりますし、元職員のトラウマが刺激されて興奮・攻撃性につながった線を確かめたいと思うのです。

「こんなに高い物買ってきて!」
「はじめてのおつかい失敗…」

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虐待と「親性」