メニュー(閉じる)
閉じる

ここから本文です

マンガでわかる 介護のキーワード

梅澤 誠 (うめざわ まこと)

介護の常識は世間の非常識といわれることがありますが、介護現場で語られる言葉に違和感を覚える人もいるようです。
この連載では、こうした「介護の常識」をマンガで考えていきます。

プロフィール梅熊 大介 (うめくま だいすけ)

1980年生まれ、群馬県出身。
東京で漫画家アシスタントをしながら雑誌、ウェブにて作品を発表。2009年第6回マンサン漫画大賞(実業之日本社主催)佳作受賞。デジタルマンガ・コンテスト2012(デジタルマンガ協会主催)優秀賞受賞。9年間のアシスタント修業の後、32歳で介護職員となり、以後介護を中心とした企業広報マンガを執筆。2015年現在、所属する大起エンゼルヘルプのホームページに新規採用者向け介護マンガを連載。著書に『マンガ ボクは介護職員一年生』(宝島社、2015年)がある。

第7回 新人と職場、「非常識」はどっち?

 四月は何かと「新」のつく月ですね。新入学、新社会人、新生活。介護事業所も「新職員」さんをお迎えする時期です(中途採用の多い介護業界では、四月に限ったことではありませんが…w)。

 のっけから水を差すようでなんですが、この時期『新入社員』をインターネットで検索すると、大変な量の記事が出てきます。大別すると『非常識な新入社員だ』という企業側の声、『入社前と言うことが違う、ひどい会社だ』という新入社員側の声に分けられており、両者の意見は今この瞬間も電波に乗って空中で交差していると思われます。痛ましいことです。

 特に慢性的な人手不足の介護業界では、長続きする職員さんをどこでも喉から手が出るほど欲しがっています。「介護は離職率が高い」とよく言われますが、どうしたら長続きできるか?職員、雇用者、共通の悩みだと思います。
 大手通信販売サイトの介護福祉書籍ランキングには必ず『好かれる介護リーダーの条件』とか『辞めると言わせない施設経営術』といったような本がランクインしています。あまり他業種では見られない書名です。『アシスタントに逃げられない漫画家とは』なんて本、見たことがありません。

 なぜこうも、介護職員の離職がクローズアップされるのでしょうか。

 そもそも介護の離職率が本当に高いのかは少々疑問が残ります。人手不足は離職より急速な高齢化が主な原因であって、ここ数年は離職率はむしろ改善傾向にあります。これは介護専門職の総合情報誌『おはよう21』(中央法規)にも登場された結城康博教授(淑徳大学)の言われるとおり、『景気が良くなると、介護から人材が他の業種に移転し、逆に不況時には介護に従事する人が増える』(2015年5月号)といった景気の事情もあるのでしょう。事実辞めても「別の介護事業所にうつる」いわゆるホッピングが多いのが介護職の特徴です。介護がイヤというよりその職場がイヤ、ということでしょうか。社会的な事情(景気)と、個々の事業所の問題(合う、合わない)が絡みあっていると考えられます。

 再就職が容易なのは一面では良いこと(選択の自由がある)とも言えますが、やはり事業所としては職員を失うのは痛手です。急な離職は利用者、事業所ともにダメージを受けるという点である意味「事故」ですらあります。事故ならこの際、事例検討してみてはいかがでしょう。防げる「事故」もあるかもしれません。

 ある調査では、介護の離職理由は「職場の人間関係」「上司との理念の違い」「体調不良」「経済的な困難」…と続いていました。経済的な困難が4位だというのは注目です。それより上位3つは、話し合えばなんとかなる問題のように思えるからです。

 人間関係や理念の違いは話し合いで解決できる…というより、話し合いでしか解決できません。どうしても合わない場合は別ユニットにうつるなど、辞めないですむ解決方法もあります。体調不良も相談してくれれば、夜勤を減らすなどの手が打てます。経済的な困難ですら、早めに伝えてくれれば休日出勤や手当ての付く仕事を回すようシフトを組めるかもしれません。

 ところが実際は、辞めると決めた人は相談をしに来てくれません。口にしたとき、もう心は決まっています。「どうして相談してくれなかったの?」が一番の問題なのですが…実は理由は明らかです。「相談は相談したい人にするもの」(三好貴之著・国広幸亜マンガ『マンガでわかる介護リーダーのしごと』中央法規出版・61ページ)、だからです。つまり「あなたに相談しても…」と思われているから、相談しに来ないのです。

 個人的には、介護現場において新人はコミュニケーションをとるのが難しい状況だと感じます。特に3交代制の施設では、とにかく職員同士じっくり話し合う時間がありません。日勤、遅番、夜勤は2時間ずれての出退社ですので、一人で来て一人で帰るのが普通です。駅まで少し話しながら帰る、ということすらないのです。
 日中は二人の職員が居ますが、利用者さんが居る前で職員同士で話すことなどほとんどありません。私自身そうでしたが、はじめのころはバッタのごとく忙しく飛び跳ねる先輩を見て「とても質問やら相談やらできる雰囲気ではない…」と思いました。事実致し方ない面もあります。新人の私が何もできないから、先輩は倍忙しい。忙しければ先輩だって人間、余裕がなくなります。ますます話しかけられなくなります。しかし介護は命に関わる問題ですので、大事な質問をしそこねていると「どうして聞いてこないの!」と叱られることもあるでしょう。そこでまた話しかけにくくなります。結果、不安ばかりがこんもりと降り積もって根雪のように固まっていきます。特にはじめは、相談できる信頼関係どころではありません。

 よほど気の強い人でない限り、はじめ多少こういう気持ちをもったのではないでしょうか。慣れるが先か、折れるが早いか。

 どんな仕事でも仲間とじっくり話し、関係をつくる時間が必要ですが、介護現場では意識して作らないとその時間ができない。チームの一員になった実感のないまま、独りで仕事に負けてしまうケースがあります。これは「生活支援」という仕事の、特殊事情だと思います。

 認知症介護では「相手の気持ちを察することが大事」とよく言われますが、職員同士でもまったく同じことだと感じます。新人さんは9人の入居者、1人の先輩という「10人もの見知らぬ人と同じ部屋で過ごしながら仕事を覚えている」状態なのです。たいてい施設内の「空気」はできあがっていて、自分ひとりだけ「ヨソ者」からのスタート。しかも認知症について全く知らず、どう接していいかわからず、事故を起こさないかビクビクしながら、です。それではじめからハキハキ質問できたり相談できたりするのは…私の感性から言うと、そっちのほうが変わり者だと思います。

 「なんか聞きたいこと、あるんじゃないかな…」と察してあげていただきたい。せめて、その眉間のシワを抑えていただきたい。先輩職員の方々におかれましては、これが私の切なる願いです。はじめての勤務日、はじめての夜勤を思い出してほしいと思います。

 幸い私は折れる前に「エイヤッ」と思い切って質問することができました。仕事が終わってから、親切に教えてくれる先輩にも恵まれました。新人さんには、先輩は「実はあなたの質問を待っている」とお伝えしたい。多少気は引けますが、仕事が終わって帰る時の先輩を捕まえてください。必ず相談に乗ってくれます。なぜならその先輩も、何年か前にそうしたに違いないのです。「疲れてるのに、悪いな…イヤなんじゃないかな…」と思うかもしれませんが、その答えは来年自分が後輩さんに質問されたときわかると思われます。

 仲間になってしまえば、少なくとも「なぜもっと早く相談してくれなかったの?」という辞め方だけはなくせるのではないか。防げる「事故」もあるのではないかと思います。

追記

 ちなみに私よりあとから入ってきた職員さんは皆経験者ばかりで、ついに私は先輩の恩を還元する機会に恵まれませんでした。教えることが何もないばかりか、私は後輩の一人を師匠と呼んでいます。教わる一方です。