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宗澤忠雄の福祉の世界に夢うつつ

宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

疲労が溜まりやすい福祉の現場。
皆さんは過度な疲労やストレスを溜めていませんか?
そんな日常のストレスを和らげる、チョットほっとする話を毎週お届けします。

プロフィール宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

大阪府生まれ。現在、埼玉大学教育学部にて教鞭をとる。
さいたま市障害者施策推進協議会会長等を務め、埼玉県内の市町村障害者計画・障害福祉計画の策定・管理等に取り組む。著書に、『医療福祉相談ガイド』(中央法規)、『成人期障害者の虐待または不適切な行為に関する実態調査報告』(やどかり出版)等。青年時代にキリスト教会のオルガン演奏者をつとめたこともある音楽通。特技は、料理。趣味は、ピアノ、写真、登山、バードウォッチング。

社会福祉法人のあり方を指し示すチャンス

 今年の3月末に社会福祉法が改正され、2017年4月の全面施行までに社会福祉法人はさまざまな準備をすることになりました。措置費制度と一体のものとして誕生した社会福祉法人にとって、新しい時代の公共性を創造する主体であることを提示する絶好の機会であると考えます。

 滋賀サングループ事件の弁護団長を務めた弁護士の田中幹夫さんは、兵庫県知的障害者施設家族連合会の機関紙『ひょうごかぞくねっと』第37号(2016年5月10日発行)で、今回の社会福祉法人改革についての期待を表明しています。

 田中さんは、一部社会福祉法人の理事長が億単位で法人を売却して私腹を肥やしている等の報道に接し、「実際のところ私はあまり驚きませんでした」と言います。それは、「ある男が社会福祉法人の理事長の地位を3000万円で買って問題になった事件に、弁護士として関与したことがある」からだそうです。

 社会福祉法人は、1951年3月の社会福祉事業法に基づいて、社会福祉事業に関する公的責任を自治体直営で実施しない場合に、行政の化身として、措置費制度の受け皿となる役割を期待されたものです。

 優遇課税と助成を受けることとの引き換えとして公的監督に服することとし、利用者の人権擁護が特別に求められる24時間型の施設等を「第1種社会福祉事業」として、社会福祉法人の独占事業としました。

 24時間型の施設を行政直営で実施することには自治体の大きな財政負担を伴うため、障害者施設の大部分が、措置委託制度を活用した社会福祉法人による運営施設として開所されてきたのです。政策の本質は、「自治体行政の代わりに引き受けてくれればよい」ことにありますから、適切な民主的運営や財政の透明性、そして支援サービスの水準等について、利用者と地域住民の立場から直ちに点検する術は、何もなかったと言っていいでしょう。

 したがって、かつての措置費制度の時代から、社会福祉法人に対する批判は山のようにありました。弁護士の田中さんは、「利用者から多額の寄付金を集めているのに過大な遊休資産を持っているとか、運営が前近代的で理事長の独断専行を許している」等と具体的な問題を指摘します。

 田中さんは、とくに役員人事が理事長の一存で決まっていることが多く、この点が理事長とその一族による独断専横を許す温床となっているため、今回の改正点である、評議員会の役員人事の決定権限を、利用者の福祉権を擁護できる多様な人たちが今後の社会福祉法人運営に強く関与する中で適切に行使すべきだと主張されています。

 その他にも、社会福祉法人をめぐる不透明な問題はさまざまにありました。

 障害児教育の年配の関係者に伺った話ですが、1960年に文部省が特殊学級振興策を進めた後、卒業生の行き場対策として当時の特殊教育の関係者が障害者施設を開設した途端に、理事長や施設長におさまった退職教員が高級車を乗り回すようになったというような話は、そこら中にある珍しくない話だったと言います。

 私の学生時代にも、障害のある子どもたちの施設で実習をしてみると、子どもたちの下着や靴下は使用限度をはるかに越えたボロボロのままのものを身につけさせているところがありました。人の目に触れることの少ない被服費について措置費から必要な経費を支出せず、法人経営者が適当に「抜いている」ことをあらわす古典的な経費流用です。

 さまざまな社会福祉法人の現実を十把一絡げにあげつらう意図はまったくありません。私の知る範囲でも、一部の社会福祉法人はすばらしい取り組みと運営を積み重ねているのも事実です。しかし、社会制度としての社会福祉法人は、悪いことをしようと思えば何とでもやりようのある欠陥をもった仕組みであったことも間違いない事実です。

 田中さんが指摘する通り、「運営が前近代的で理事長の独断専行」を許しているところや、「理事長とその取り巻きで法人事業のすべてを支配する」ことをもって「民主的」と勘違いしているところまであるのが実態です。

 法人の経営と管理運営に、利用者の人権擁護の柱が据わり、会計に役職者の給与等の透明性が確保され、福祉事業に必要な備品・消耗品が親族経営会社から納入されていないことが明示され、すべての関係者の実質的参加による経営・運営の点検体制があり、人権擁護委員会やケースカンファレンスの頻度や内容が確認できるような施設は、今日でもほとんどないのではありませんか。

 社会福祉法人は、本来的には、措置費制度が社会福祉サービスの実施体制の柱であった時代に適合的な組織に過ぎません。すでに、措置費制度が社会福祉の実施体制の柱ではありませんから、旧態依然とした社会福祉法人はもはや退場を余儀なくされるだけの存在です。

 それでは、社会福祉事業法時代の社会福祉法人の歴史的使命は終わったにも拘らず、社会福祉法の改正によって新たな社会福祉法人「改革」を実行する政策意図はどこにあるのでしょうか。まずは、公益財団法人との横並びまでに持っていくことを一里塚として、営利法人との相違を実質的になくしていくところに帰着点があるように思えます。

 また、社会資源と支援サービスの不足しがちな障害領域の場合、社会福祉法人にことあらためて自主変革をするような努力を求められることはないと踏んでしまう業界関係者の傾向も、かなりあるかもしれません。しかし、人口減少の進展に伴い、行政は社会福祉法人と施設・事業所の整理統廃合を間違いなく進めることになるでしょう。

 これからの社会福祉法人には、独断専横を繰り返す理事長・施設長は民主的な手続きによって辞めさせることが可能であり、社会福祉事業の私物化と商品化に抗し、障害のある人の人権擁護の要としての真価を発揮できるような公共性を体現できるかどうかが問われます。今回の社会福祉法人「改革」は、福祉サービスとその事業体の本来的な公共性を追求することのできる最後の機会になるかも知れません。

 今回の「改革」の内容は、法人の事業規模に応じて細部が少し異なります。社会福祉法人が地域に根差した事業体であることは、イロハのイなのですから、自力で評議員を見つけてくることができないような法人にどうしておせっかいな配慮をしなければならないのか、いささか理解に苦しみます。いくら小さくても、自治に立脚した独立事業体である気概は必要でしょう。

小さくてもカマキリ-庭にいました!

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