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梶川義人の虐待相談の現場から

梶川 義人 (かじかわ よしと)

様々な要素が絡み合って発生する福祉現場での「虐待」。
長年の経験から得られた梶川さんの現場の言葉をお届けします。

プロフィール梶川 義人 (かじかわ よしと)

日本虐待防止研究・研修センター代表、昭和女子大学・淑徳大学短期大学部兼任講師。
対応困難事例、家族問題担当ソーシャルワーカーとして約20年間、特別養護老人ホームの業務アドバイザーを約10年間務める。2000年から日本高齢者虐待防止センターの活動に参加し、高齢者虐待に関する研究、実践、教育に取り組む。自治体の高齢者虐待防止に関する委員会委員や対応チームのスーパーバイザーを歴任。著書に、『高齢者虐待防止トレーニングブック-発見・援助から予防まで』(共著、中央法規出版)、『介護サービスの基礎知識』(共著、自由国民社)、『障害者虐待』(共著、中央法規出版)などがある。

虐待者の「心」を救う

 読売新聞夕刊(2014年3月22日)の『ストーカー「心」を治療』が目に留まりました。警視庁は、この4月から、ストーカー規制法に基づく警告を受けた加害者らに、精神科医の受診を勧める「加害者治療」の制度を試験導入するというのです。とくに、この記事の副題『「警告」対象者 精神科で再発防止』に、興味をひかれました。

 虐待問題では、「虐待者を虐待しないようにすることは難しい」というのが定説です。そのため、虐待問題でよく使われる「分離」という言葉も、対処療法的な意味あいであることが少なくありません。

 しかし、治療によって虐待者を虐待しないようにできるのなら、虐待問題に対する根治療法的な対応が可能になるので、素晴らしいことだと思います。それに、ただちに成果をあげることは難しくても、治療を通して新たな知見は得られますから、その意味でも期待したくなります。ですから、ストーカー以外の虐待者についても、こうした試みがなされることを切に望みます。

 もっとも、課題も少なくありません。まとめてしまえば、「実効ある治療プログラムの開発」にまつわるものだと言えるでしょうが、少し考えただけでも、法制度的な問題、治療に関わる機関や人の問題、費用の問題など、いろいろと思い浮かびます。

 そもそも「治療」が第一の選択であるとばかりは言い切れないでしょうから、治療の適否の判断が必要になります。

 また、虐待者の多くは、無自覚であり、また、自覚していても、介入を拒否する人が多いのは周知の事実です。そのため、「治療が必要だから、病院に通って下さい」と言っても、多くの人は到底受入れてくれそうにありせん。まして、精神科となるとなおさらでしょう。

 そこで、受診の適否判断、受診へのインセンティブをどうやって高めるか、治療プログラムに一定の強制力を持たせることの可否などについて、考えていかねばなりません。プログラムの開始前から一苦労しそうですが、その後も心配の種は尽きません。

 虐待者の治療にはおもに、比較的短期間で効果が得られそうで、効果測定も行いやすい認知行動療法が適用されると思います。しかし、その治療にあたってくれる医療機関はどの程度あるか、刑務所など医療機関以外でも治療を行えるようにするか、検討する必要があります。いわゆる「受け皿」がないのでは、本格実施は難しいからです。

 また、もともと虐待という問題の当事者ですから、受診を継続するうえでも、様々な問題が発生することが考えられます。そこで、きちんと治療が継続されるようにする、多専門職多機関協働のチーム体制がとれるようにしておかねばなりません。

 最後には、これらの費用をどう捻出するのかという問題があります。治療費一つとっても、医療保険でまかなうのか、強制の場合は公費でまかなうのが妥当なのか、議論になりそうです。

 警視庁による加害者治療の試験実施では、年間35人程度の治療の予定だそうです。成果報告が今から待ち遠しい気がしますが、今のところ、このプログラムはその後どうなるのか分かりません。

 しかし、数年後には、よく耳にする「担当者が異動したので、それまで積み上げてきたものが、全くリセットされてしまった」という嘆きではなく、『段階的に発展し、今では、ここまで加害者の「心」を救えるようになった』という報告がなされるよう切に願います。