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ルポ・いのちの糧となる「食事」

下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

食べること、好きですか? 食いしん坊な私は、食べることが辛く、苦しい場合があるなんて考えたことがありませんでした。けれどそれは自分や身近な人が病気になったり、老い衰えたりしたとき、誰にも、ふいに起こり得ることでした。そこで「介護食」と「終末期の食事」にまつわる取り組みをルポすることにしました。

プロフィール下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

出版社勤務を経て、1994年より公衆衛生並びに健康・美容分野の書籍、雑誌の企画編集を行うチームSAMOA主宰。構成した近著は「疲れない身体の作り方」(小笠原清基著)、「精神科医が教える『うつ』を自分で治す本」(宮島賢也著)、ほか。書籍外では、企業広報誌、ウェブサイト等に健康情報連載。

第130回 食支援の広がりに弾みをつけるには? 
シンポジウム「ケアクリ会議」に参加して

はじめに

 先に一般社団法人グッドネイバーズカンパニー(以下GNC)が主催する「ケアクリ会議Vol.4」に参加しました(2018年2月24日開催)。このシンポジウムはGNCが「ケアの現場をもっとクリエイティブにしたい!」という想いを込めて、2014 年から開催しているもので、今回のテーマは「つながり」と「健康格差」でした。
 食支援の一層の広がりを願うとき、まさに正面から向き合わなければならないテーマであると思い、シンポジウム参加後の雑感を書いておきます。
 「ケアクリ会議Vol.4」の概要やゲストトーク・ダイジェストは文末のアドレスで執筆させていただいているので省きます。食支援の実践者の方には、どれもヒントとなる内容のゲストトークでしたので、ぜひこちらも併せてお読みいただければと思います。

  • * なお当日のゲストは、近藤尚己さん(医師、医学博士。東京大学大学院医学系研究科准教授。保健社会行動学分野、健康教育・社会学分野主任)、井階友貴さん(医師。高浜町和田診療所、福井大学医学部地域プライマリケア講座)、密山要用さん(家庭医療専門医。モバイル屋台de 健康カフェ)、澤田智洋さん(一般社団法人世界ゆるスポーツ協会代表)、西上ありささん(studio-Lコミュニティデザイナー。Co-Minkanプロジェクト共同代表)の面々、そして最後にGNC代表の清水愛子さんも登壇しました。

格差問題、食支援との関連は?
なぜケア×クリエイティブ?!

 つながりづくりや、健康格差の解消は、地域の医療・保健・福祉に携わる人たちの間で熱心に取り組まれている課題です。「つながり」と「健康格差」は対をなす課題で、必要な情報やケアが市民生活に、平等に行き渡るために、大事に考えられているところでしょう。
 在宅への食支援の広がりをめざす上でも、この2つの課題は重要視されています。とくに健康上・生活上の問題が重症化する前、予防的に、食べることに意識を向けてもらうため、「つながり」や「健康格差」をどう捉え、対処するかが要点ともいえます。

 筆者は訪問介護の実習に行った折、まさに「つながり」と「健康格差」について考えさせられたことがありました。
 先輩ヘルパーと同行した先は、生活保護を受けている独居の高齢者世帯で、アルツハイマー型認知症の診断が出ている方でした。ヘルパーはデイサービスに送り出し、5食分のごはんを炊き、居室を整えておく契約です。
 台所には炊飯器と湯沸かしポットだけがあり、調理はできない環境でした。小さな冷蔵庫に入っていたのは昆布の佃煮1パックのみ。しかし毎晩、夕飯のおかずは同じ団地に暮らす友人がおすそわけを届けてくれる、ということでした。
 そのご友人も年配の単身者で、専門職が見ればつながりは脆弱であり、先輩ヘルパーは生活上の変化に気をつけ、ときどきは情報収集を兼ね、そのご友人にも声をかけに行っていると話していました。
 規則正しく、バランスのよい食生活は難しいのではないかと思われましたが、さまざまな事情があって、そのような体制で暮らしは営まれていたのです。欠くことができない「つながり」があること、より多様な「つながり」の必要、「健康格差」の背景、そして老後(働くことができなくなってから)の幸福について、個人的にも考えさせられた体験でした。

 在宅食支援の実践者の方々には、決してめずらしくはないと思われる事例ですが、このようなケースに限らず、健康を意識して食べている人も、無意識に食べている人も、健康上の問題のあるなし、貧富の差に関わらず、多様で、偏りがあるのが家庭の食生活ではないかと思います。
 各家庭独自の“常識”、経済的・時間的・精神的余裕、嗜好、気分、テレビの情報。さまざまなことが食生活に影響し、専門職が考える望ましい食生活と現実のギャップは大きい。たとえ個別性を尊重して専門職が善きことを説いても、ギャップを埋めるのは本人です。
 ギャップを埋めたくても、埋められない事情がある場合が多々あります。健康以上に、目先の“快楽”や“ストレス解消”が魅力的なことはいわずもがな。生活を見直すのはなかなか難しいことです。

 そのような生活の結果として起こる健康被害をすべて「自己責任」とするのではなく、「社会問題」と捉え、特別な意識や努力をしなくても、自ずと健康づくりになる選択ができるよう社会の側を整えていこうというのが「健康格差対策」の潮流です。
 とくに、問題が起こる前に家庭の食生活に専門職が介入するのは難しい点を考えると、一般の人が能動的に“よい選択”をするようになるには、そうしたくなるようなお得感、楽しさ、分かりやすいメリットが“望ましい食生活”にもあると気づいてもらわなければなりません。
 従来の食支援(ケア)の“正しさ”はマスキングして、たとえば“お得感”で振り向かせる。それは決して邪道ではなく、行動科学や、それを取り入れたマーケティングの分野の王道。「ケアクリ会議Vol.4」では、楽しい生活そのものが健康づくりにつながる“プレイフルケア”の多様な取り組みが紹介され、クリエイティブとの関わりも示されました。なるほど、GNCが会議の趣意としている「ケアの現場をもっとクリエイティブに!」に納得。食支援も“クリエイティブ”の視点や手法との連携が必要です。

 これまでも市民の興味・関心が高い“ダイエット情報”の体(てい)で、バランスのよい食生活や栄養の基礎知識を啓発するといったことは行われてきたと思いますが、そのような健康教室を知らない、足が向かない人にも、より分かりやすく、よいチョイスがしやすくなる仕組みを、社会につくっていかなくてはならないのでしょう。
 そうした創造的適応を専門職の方々も楽しめるように、クリエイティブ分野の発想や技術を取り入れようではありませんか。
 食支援を必要とする人が急速に増え、食支援に関心を寄せる専門職が増える中、“食べることを支える取り組み”はそのようなフェーズに進むタイミングということかもしれません。

 また、食支援の先駆的実践者は既に「専門職だけでは見つけられない要食支援者を見つけ、食支援ができる専門職とつなげる人を増やしていく“つながりづくり”が必要」という声を上げ、動き始めています。
 一般の人が食支援の知識や意識をもち、継続的に活動するには、やはり“クリエイティブ”の視点や手法によって食支援を担うモチベーションを高め、“食べることを支える活動”の価値を高める必要があると思います。
 「健康格差」は未来に食支援を要する人を生み出します。それは“火種”のようなものでしょう。
 格差解消に挑むと同時に、その火を消していく“消火栓”として、さまざまな「つながり」を地域に配備することをイメージしました。喫緊の、皆の課題です。
 それは地域包括ケアのための皆の連携ということだと思うので、食支援は専門職と市民をつなぎ、地域包括ケアを実現する核となり得る、と再確認した機会でもありました。