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宗澤忠雄の福祉の世界に夢うつつ

宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

疲労が溜まりやすい福祉の現場。
皆さんは過度な疲労やストレスを溜めていませんか?
そんな日常のストレスを和らげる、チョットほっとする話を毎週お届けします。

プロフィール宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

大阪府生まれ。現在、日本障害者虐待防止研究研修センター代表。
長年、埼玉大学教育学部で教鞭を勤めた。さいたま市社会福祉審議会会長や障害者施策推進協議会会長等を務めた経験を持つ。埼玉県内の市町村障害者計画・障害福祉計画の策定・管理等に取り組む。著書に、『医療福祉相談ガイド』(中央法規)、『成人期障害者の虐待または不適切な行為に関する実態調査報告』(やどかり出版)、『障害者虐待-その理解と防止のために』『地域共生ホーム』(いずれも中央法規)等。青年時代にキリスト教会のオルガン演奏者をつとめたこともある音楽通。特技は、料理。趣味は、ピアノ、写真、登山、バードウォッチング。

社会的ネグレクトの進行

 ロシアの軍事侵攻が始まって以来、Covid-19に関するマスコミの報道が希薄になった印象が拭えません。

 オミクロン株は子どもへの感染拡大が一つの特徴ですから、子どもから親・きょうだいへの家族内感染には多くの家族が苦心しています。それでもゴールデンウィークで、観光客の出足を画で追う表面的で薄っぺらな報道が目立ちます。

 そのような中、雑誌『世界』4月号(岩波書店)は「コロナ禍と子どもたち」の特集を組みました。二つの意味で、まことに深刻な子どもをめぐる事態があると受け止めました。

 一つは、子どもの現実そのものの深刻さです。もう一つは、子どもたちの抱える困難を受けとめて事態を改善する社会と大人の営みが破たんしている問題です。

 元森絵里子さん(明治学院大学教授・子ども社会学)は「コロナ禍と子ども観の諸相」(同書、204-214頁)で、子ども問題への対応にみるわが国の特徴を次のように指摘します。

 今回のCovid-19禍のような「何かあると子どもの問題に関心を寄せつつも、それは一過性のものに止まる。根底にある子どもの処遇の仕組みを変えることは好まず、その矛盾は家庭や子ども支援諸団体にアウトソーシングされる」と。

 半谷まゆみさん(国立成育医療研究センター小児科医・社会医学研究部共同研究員)は、「まずは子どもの声をきくこと」(186-193頁)で、同センターが2020年4月~2022年2月の間に6回実施した「コロナ×こどもアンケート」の結果から、子ども・親・学校をめぐる深刻な現実を明らかにしています。

 ストレス症状を示す子どもが一貫して7割に及んでいること、学年を問わず睡眠障害が出ていること、10%ほどの子どもが自傷・他害をしており、中には希死念慮があると告白してくる回答のあること等です。

 半谷さんは、子どもの出すSOSは大人から見逃されやすく、そもそも子どもはSOSの出しづらい状況に置かれていることを指摘した上で、親は自分のことに手一杯なのか、35%もの親が「子どもと過ごす時間を減らしたい」と答えているところに問題の深刻さをみています。

 さらに、学校や教師には、子どもたちのネガティヴな声を聞くようなアンケートを実施したくないと考える傾向が強いと言います。もし、子どもたちから「死にたい」という声が上がってきたときに対応の責任が取れないことがその理由です。いじめへの対応に自信がないから、「いじめの存在自体を見てみぬふりをする」のと同様の問題だと指摘します。

 酒井朗(上智大学教授・教育社会学)さんは、「新型ウイルスが問う『学校』」(194-203頁)で、感染拡大による学校の一斉休業から再開をめぐる文科省・学校の対応と子どもたち・保護者の受けとめにある大きなギャップを明らかにしています。

 文科省は、2021年5月に実施された「全国学力・学習状況調査」の結果にもとづいて、2020年度のCovid-19の感染拡大による学校の一斉休業の学力へ影響はなかったと結論づけています。

 ところが、同調査では、「学校に行くのは楽しいか」という問に対し、小6、中3ともに「あてはまる」と答えた子どもは減少していることも明らかにしているのです。

 2020年度に一斉休業から再開した学校は、授業時数の確保のために運動会や文化祭を中止し、部活動や給食では活動やコミュニケーションに大きな制約を設けました。そこで、子どもたちの学校生活は学習だけに追い立てられることなり、魅力あるところではなくなったのです。

 酒井さんの保護者に対する調査の結果によると、「親が関わらないとできない宿題が出た」「まだ学校で習っていない内容の宿題が出た」の回答がおよそ6割もあるのに対し、「宿題で分からないことは学校に質問することができた」は回答の3割にとどまっています。

 つまり、文科省は「全国学力・学習状況調査」が子どもたちの学力水準に一斉休業やCovid-19禍の影響はなかったとしていますが、その背後で、子どもたちと家庭に大きなしわ寄せのあったことは間違いありません。

 「コロナ×こどもアンケート」は親の35%が「子どもと過ごす時間を減らしたい」と答え、学校・教師はCovid-19禍の下で自傷行為や希死念慮を抱える子どもの深刻な声に耳を傾けようとせず、学力維持の影では子どもたちと親に大きなしわ寄せが生じていたのです。

 このようにみてくると、以前のブログ(2022年4月25日ブログ参照)で論じたように、わが国では子どもの意見表明と子どもに係わる政策決定に参画する権利が剥奪されている実態にあることを、Covid-19禍は白日の下にさらし出しました。

 子どもたちの声に耳を傾けて様々な仕組みや施策を改善しようとしない、わが国の頑なな構造的問題です。それは、Nothing About us without usを柱に据えて障害者施策を改善しようとしない問題と同根です。

 先日、とても気にかかる学校の先生の声を耳にしました。

 「貧困、虐待、障害、不登校、いじめ等、今の子どもたちの抱える支援課題は山のようにあることは分かっています。けれど、教員不足の多忙さの中で、学習指導要領どおりに授業を進めるだけで手一杯。虐待や発達障害に係わる専門的な支援スキルを学ぶ暇はないし、新たなスキルを学んだら学んだ分、今よりさらに忙しくなるだけ。そんなことになると自分の生活そのものが破たんするから、これ以上何も研修で学びたくないのです」と。

 そして、「コロナ×こどもアンケート」が明らかにしたように、親も自分のことで手一杯だから、35%の親が「子どもと過ごす時間を減らしたい」と答えています。家族依存型教育・福祉はすでに破綻しているのです。

 Covid-19禍が、学校の教師も親も、子どもたちの声に「これ以上、耳を傾けることができない、したくない」という現実をあぶり出した事実は、子どもに係わる「社会的ネグレクト」のステージにわが国は進行したという深刻な事態を明らかにしているのではないでしょうか。

育雛をはじめたツバメ

 さて、この5月10~16日は愛鳥週間です。この連休前から、野鳥たちは育雛に向けて、囀りや動きが実に活発になっていました。近所のお寺に、毎年5月初めにやってくるアオバヅクのオスは、メスを呼び寄せるために夜通し「ホッホッ、ホッホ」と盛んに声をあげています。真夜中にこの鳴き声を耳にすると、命をつなぐための一所懸命さを感じます。

ツバメは小柄な野鳥ですが、東南アジア一帯から2,000~5,000kmもの距離を渡って日本にやってきます。渡りの往復で3割ほどのツバメが亡くなるそうですから、昨年の巣に戻ってきた画像のツバメは、実に逞しい。巣で抱卵する佇まいは威風堂々です。

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