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宗澤忠雄の福祉の世界に夢うつつ

宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

疲労が溜まりやすい福祉の現場。
皆さんは過度な疲労やストレスを溜めていませんか?
そんな日常のストレスを和らげる、チョットほっとする話を毎週お届けします。

プロフィール宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

大阪府生まれ。現在、日本障害者虐待防止研究研修センター代表。
長年、埼玉大学教育学部で教鞭を勤めた。さいたま市社会福祉審議会会長や障害者施策推進協議会会長等を務めた経験を持つ。埼玉県内の市町村障害者計画・障害福祉計画の策定・管理等に取り組む。著書に、『医療福祉相談ガイド』(中央法規)、『成人期障害者の虐待または不適切な行為に関する実態調査報告』(やどかり出版)、『障害者虐待-その理解と防止のために』『地域共生ホーム』(いずれも中央法規)等。青年時代にキリスト教会のオルガン演奏者をつとめたこともある音楽通。特技は、料理。趣味は、ピアノ、写真、登山、バードウォッチング。

日本型福祉多元主義の惨状


 1973年の石油ショックから長引く不況に入ったヨーロッパの福祉国家は、1980年代以降福祉多元主義に舵を切りました。

 この福祉レジームは、国家に市場と家族を加えた3つのセクターを福祉サービスの供給者とするもので、「福祉トライアングル」と呼ばれます。福祉多元主義は、財源の多様化ではなく、あくまでも供給主体の多様化です。

 落合恵美子さんは、この3つに「コミュニティセクターもしくはNGO等のボランタリーセクター」を加えた4つのセクターからなる「福祉ダイアモンド」の図式を提起しています。落合さんの図式は、「ケアの脱家族化」を図るための工夫や、社会間の比較等に有用です(落合恵美子著『親密圏と公共圏の社会学』、99頁、有斐閣、2023年)。

 スウェーデンの政治学者ヴィクター・ペストフは、福祉国家の危機に陥って以降、福祉サービスの民営化は避けられなくなっているとして、次の3つのあり方について検討しています。

 それは、①福祉サービスの市場化、②家族・コミュニティ等の私的セクターの活用、③アソシエーション(非営利・協同)による民営化です。

 ①は福祉サービスの受給に格差をもたらし、ユニバーサル・アクセスの原則にそぐわない。②は家族や地域で「女性の主婦化=ケア役割」を強化し、女性差別を助長しかねない問題があるとして退けます。

 そして、福祉国家の福祉社会化は、③のアソシエーション(非営利組織・協同組合)を通じてのみ可能であると主張しました(川口清史著『ヨーロッパの福祉ミックスと非営利・協同組織』41頁、大月書店、1999年)。

 川口さんの研究によると、1980~90年代の間、ヨーロッパ各国はそれぞれのやり方ではありますが、アソシエーションを主要な供給セクターとして福祉多元主義を進めていったことが分かります。

 例えば、スウェーデンでは保育所の利用者である親を組合員とする「保育協同組合」が急増し、1995年現在で1300組合あるそうです。このような協働組合は、高齢者や障害者の領域でも広がりをみせています(川口さん前掲書、101‐127頁)。

 落合さんは、1980年代以降のヨーロッパ各国の年金や福祉・介護サービスに係わる公的支出が増大する推移から、ヨーロッパの福祉国家は「削減」されてはおらず、財源も多様化していないことを明らかにしています(落合さん前掲書、238‐272頁)。

 しかし、その性質には変化があると指摘します。それは、「年金や失業保険のような消極的社会政策から、幼児教育・保育・ワークライフバランス・積極的労働市場政策など経済効果を生む積極的社会政策に資源をシフトさせる『社会投資型福祉国家』」の方向への転換です(落合さん前掲書、246頁)。

 その内実について、落合さんは、フランスにおける2010年代半ばの子どもケアの調査研究から明らかにしています。それによると、フランスの子どもケアは、自治体とともに多様なアソシアシオン(非営利・協同組織)が供給し、利用者の満足度は高い。

 コミュニティセクターによる民営化は、アソシアシオンに対する公的規制によるケアの質保証と補助金を与えることで、あくまでも公的保育に含まれる位置づけです。自治体直営の保育所の中には、施設長と副施設長がともに看護師で、子どもが熱を出しても利用できる(インフルエンザは除く)ところが紹介されています。

 このように、ヨーロッパの福祉多元主義は財源の多様化ではなく、自治体のサービスに加えて非営利・協同組織による供給主体の多様化を図る中で、さまざまなニーズに応えることのできるサービスの多様性を構築していることが分かります。

 つまり、地域のケアシステムの公共性を担保しながら、親密圏で成立するケアの質と柔軟性を守り、子どもの多様な困難に対応するための社会的ネットワークを形成するのです。地域の包括的な支援システムは、断片化されたサービスのパッチワークではありません。

 不適切な養育や虐待に対しては、わが国でいう児童相談所・保健所・医療機関と保育所等との連携が、障害のある子どもたちについては、発達支援を優先的に受けとめる社会資源がそれぞれ用意されています(詳しくは、落合さん前掲書、238‐272頁を参照のこと)。

 非営利・協同組織を主要な供給セクターに据えることは、利用者それぞれが共同組織の組合員であり、ケアとケアシステムに対する利用者の参画が当たり前のこととして位置づくとともに、これらの非営利・協同組織が福祉政策のあり方に対して発言し、政策形成に関与すること仕組みになっています。

 このようなヨーロッパにみられる福祉多元主義は、協同組合、共済、アソシエーションなどの諸組織からなる「社会的経済」(https://imidas.jp/jijikaitai/a-40-152-24-01-g471)の広がりを示すものです。

 「簡単に言えば、企業間の競争による利潤の追求とそれを基盤とする経済成長よりも、協同組合や社会的企業などによる、人と(地球)環境を第一に考えた経済を広めよう」とする考え方です。

 この社会的経済は、欧州委員会が1989年以来、「社会的経済部局」を置いて、社会的連帯にもとづく社会経済のあり方を非営利・協同組織のネットワークによって追求してきた政策であり、現在のEUに引き継がれています。

 わが国における福祉多元主義は、私見によれば、惨憺たる有様です。利用者とサービス提供者が民法上の対等な行為者としてサービス利用契約を結ぶとはいえ、サービス需給のひっ迫によるサービス提供主体の力の優位性や情報の非対称性によって、利用者の参画や権利は一向に擁護されることはありません。

 生活協同組合の介護保険事業への参入はごく一部に限られ、期待外れに終わっています。

 社会福祉法人やNPOは、非営利組織ではありますが、利用契約制の下で利用者の権利を擁護することはなく、参画の仕組みが保障されることもないのです。「非営利」といいながら営利セクターに接近しつつ、一部の幹部や同族による私物化と利用者に対する抑圧はそこかしこで普通に見受けられます。

 つまり、わが国の福祉多元主義における供給主体には、アソシエーション(非営利・協同組織)が欠如し、ケアとケアシステムの公共性が担保されることなく、私化される一方向に進展してしまうのです。

 この点で、社会福祉法人やNPOがケアの公共性を担保するために積極的な役割を果たしてきたと評価することは、無理があります。社会福祉法人の出自は、あくまでも社会福祉事業法の時代の「行政の化身」に過ぎないのですから。

 その上、わが国には、ケアの質保証が実質的にありません。何の資格や専門性がなくてもベビーシッター、グループホームの世話人、障害者支援施設の施設長になるこができるのです。そうして、ベビーシッターが幼い子どもに性加害を行い、グループホームや障害者支援施設で支援者による虐待が発生しています。

 雑誌『週刊東洋経済』(第7159号、2024年2月17日)は、「介護異次元崩壊-こんな介護保険に誰がした!」と題する特集を組みました。この目次の一端を紹介しますが、一瞥するだけで嘆息します。

・80歳超のヘルパーが奮闘 人手不足で崩壊寸前
・特養は崖っぷち-夜勤密着ルポ!コールが鳴りやまない 22人に1人だけで対応
・「塾には行かせられない」「結婚相談所は退会した」低賃金に喘ぐ介護職
・過去最多の高齢者虐待-部屋に閉じ込める、薬で動けないようにする
・急増する“単身高齢者”は介護保険だけでは救えない
・国が就労での利用を認めない 障害者介護の死角
・過剰な介護サービスが給付費のムダを生む ケアマネは「集客マシン」か
・大規模化と収益増を図る投資ファンド
・介護保険料が人材紹介会社に流れる

 介護保険制度は、「日本型福祉荒野」を広げながら「定着」したのです。ケアの質保証はなく、介護保険を取り巻くビジネスが活況を呈し、供給セクターの大規模化によって利益率と収益を上げるために投資ファンドが暗躍する。

 小規模な訪問介護の事業所が、地域を走りまわって介護サービスの提供を続けると赤字になり、サ高住に集中して訪問介護をするところは高収益を上げる。これは、単なるサービスの「薄利多売」であり、ケアのあるべき姿を見失っています。「スマイル\0」で提供されるマックのフライドポテトとどこが違うのでしょうか。

 介護保険から本格化したわが国の福祉多元主義は、地域支援システムの公共性を担保することなく、ケアを破壊する私化の方向に進展し、「日本型福祉荒野」を広げてきました。地方部の少子高齢化の著しい進展に応じて、クマやイノシシが盛んに出没するようになった光景とだぶります。

 わが国の持続可能性が、根底から問われています。

柚子塩

 庭にできた柚子の余りで、柚子塩を漬けました。カブや大根の浅漬け、焼き魚、ゆで卵目玉焼き、しゃぶしゃぶなど、シンプルながら万能の調味料です。梅干しを漬ける要領と似ており、柚子の種を取り出す手間がちょっと厄介としても、作り置きするに値しますね。