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梶川義人の虐待相談の現場から

梶川 義人 (かじかわ よしと)

様々な要素が絡み合って発生する福祉現場での「虐待」。
長年の経験から得られた梶川さんの現場の言葉をお届けします。

プロフィール梶川 義人 (かじかわ よしと)

日本虐待防止研究・研修センター代表、桜美林大学・淑徳大学短期大学部兼任講師。
対応困難事例、家族問題担当ソーシャルワーカーとして約20年間、特別養護老人ホームの業務アドバイザーを約10年間務める。2000年から日本高齢者虐待防止センターの活動に参加し、高齢者虐待に関する研究、実践、教育に取り組む。自治体の高齢者虐待防止に関する委員会委員や対応チームのスーパーバイザーを歴任。著書に、『高齢者虐待防止トレーニングブック-発見・援助から予防まで』(共著、中央法規出版)、『介護サービスの基礎知識』(共著、自由国民社)、『障害者虐待』(共著、中央法規出版)などがある。

こちらの水は苦いぞ!

 国による全国の対応状況調査によると、令和元年度の養護者による高齢者虐待の件数が、調査が始まって以来はじめて減少しました。前年度から321件(-1.9%)減ったのですが、年々増加し続けてきたものが何故減ったのか、よく考えてみないといけません。

 これまで増加し続けてきたことについては、発生率の高まりというより、虐待の認識が浸透するにつれて「事例の掘り起こし」がされているからだ、と考えられてきました。ですから、事例の掘り起こしが終わった、とみることもできます。しかし、今後の経過もみてみないとキチンとした判断はできません。
 令和2年度の調査結果には日常生活のあり方を大きく変えた新型コロナ感染症の影響が反映されるでしょうし、本当に掘り起こしが終わったと言えるのか検証しないといけないからです。
 本当の実態が分かってくるのは、最短でも来年から再来年にかけて、といったイメージでしょうか。高齢者虐待の取り組み自体に、身体拘束廃止の風化のような問題が起こっていないことを願うばかりです。

 ところで、虐待問題は新型コロナウイルス感染症の問題同様、まだまだ不明なことが多いため、研究者的な姿勢で取り組む必要があります。しかし、私には、わが国の取り組みには研究者的な姿勢が不足しているよう思え、かねてより懸念を抱いてきました。

 本音を言うと、社会問題への取り組みの底上げを望むなら、「国民総研究者化計画」くらいのことをしないと駄目なのでは、と思うほどです。つまり、義務教育のうちに研究の「いろは」が身につくようにし、後は各自が主体的に学びたいことを学べるような教育環境にするわけです。

 本を読めば誰でも分かるようなことから詰め込んで、目先の教育成果とするわが国の傾向には溜息が出ます。問題に対して、恐れずに畏れをもって探求する研究者的な姿勢は育まれず、社会問題への取り組みだって建設的になるはずはないからです。

 しかし、わが国が目先の利益を生まない研究に酷く冷たいのは有名で、国民総研究者化への道のりは想像以上に険しいのかもしれません。先日も、中国の「千人計画」に何十人もの日本人が参加していることが分かったと報道されたばかりです。

 知識や技術の流出は困りますが、むしろ研究を軽んじていることを反省したいと思います。千人計画はいわば、中国内外の優秀な研究者などに「あちらの水は苦いぞ、こちらの水は甘いぞ」と呼びかける制度であり、「苦い水」そのもののわが国にいる優秀な人材が、中国の呼びかけに応じたとして何の不思議もありません。

 こう考えると、新型コロナウイルス感染症の新規感染者数急増の今は、目先の成果や利益へのこだわりをちょっと我慢して、研究者的な発想の普及と研究環境の改善に努める良い機会だと思います。物事の本質を押さえたうえで少し長い目でみる姿勢を持ちたいものです。

「甘いって、いくらくれるの?」
「なんと現金なホタル…」

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