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介護職に就いた私の理由(わけ)

さまざまな事情で介護の仕事に就いた方々の人生経緯と、介護の仕事で体験したエピソードを紹介していきます。「介護の仕事に就くことで、こんなふうに人生が変わった」といった視点からご紹介することで、さまざまな経験を経た介護職が現場には必要であること、そして、それが大変意味のあることだということを、あらためて考えていただく機会としたいと考えています。
たとえば、「介護の仕事をするしかないか・・」などと消極的な気持ちでいる方がいたとしても、この連載で紹介される「介護の仕事にこそ自分を活かす術があった・・」というさまざまな事例を通して、「介護の仕事をやってみよう!」などと積極的に受け止める人が増えることを願っています。そのような介護の仕事の大変さ、面白さ、社会的意義を多くの方に理解していただけるインタビュー連載に取り組んでいきます。


花げし舎ロゴ

花げし舎ホームページ:
http://hanagesisha.jimdo.com/

プロフィール久田恵の主宰する編集プロダクション「花げし舎」チームが、各地で取材を進めていきます。
久田 恵(ひさだ めぐみ)

北海道室蘭市生まれ。1990年『フイリッピーナを愛した男たち』(文藝春秋)で、第21回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。
著書に『ニッポン貧困最前線-ケースワーカーと呼ばれる人々』(文藝春秋・文庫)、『シクスティーズの日々』(朝日新聞社)など。現在、読売新聞「人生案内」の回答者、現在、産経新聞にてエッセイを連載中。

第141回 大工職人から介護の世界へ 
即断と柔軟さも求められるクリエイティブな仕事です

大下誠人さん(33歳)
銀木犀<鎌ヶ谷富岡> 所長
(千葉県・鎌ヶ谷市)

取材・文:進藤美恵子

大工職人の現場で出会った人と新たな仕事

 介護業界に転職して丸8年、サ高住で所長をしています。ここの運営母体は建築物の構造躯体開発や販売等をする建設会社です。職人時代の現場でその工法を用いた住宅建築に携わることが何度かありました。それから数年を経て、建設会社の代表の方から、「高齢者事業をやっていきたいが、うちの会社に興味はあるか」と声をかけていただいたのがきっかけで転職しました。

 この方と一緒に仕事ができたら楽しいだろうなという気持ちで、「ぜひ、仕事をさせてください」と即答していました。現在、銀木犀は9か所のサ高住と2か所のグループホームがありますが、転職当時は未だ一つもありませんでした。建築の営業や、サ高住新規立ち上げの手伝いなどいろいろ携わる機会をいただきました。

 2011年に最初の銀木犀<鎌ヶ谷>のオープンとともに介護事業が本格的にスタートし、以来ずっと銀木犀で働いています。それまで介護の経験は一切ありませんでした。最初は介護職員として寝泊りをしてゼロから現場で学びました。8か月くらいですかね。その後、ほかの銀木犀の立ち上げや運営に関わり、昨年4月にオープンした銀木犀<鎌ヶ谷富岡>の所長となりました。

すべて非常識だと思いましたね

 現場に出る前から、いろいろな場所等で研修させていただく機会がありました。驚きというか、そこでまかり通っている慣習であったり、風習であったり、介護業界内の常識的なものがあるのだとすれば、それはすべて非常識だと思いましたね。そこに関わる人が楽しそうじゃなかった。働いている人も、そこに住んでいる人も楽しそうじゃない。普通に一人の人として関われたらいいんだけれども、なぜかそこが一番後回しになっているような雰囲気があると感じましたね。

 介護の知識や技術を深めていくというのは、ものすごく大事なことだと思います。その前に、一人の人として面と向かって関わっていくことが一番重要だと思っています。それは、高齢者に対してだけではなく、スタッフ同士もそうですし、生きている限り死ぬまでは誰もが関わる部分ですから。人としての関わり方というのがありますよね、すごくシンプルなことですけどね。

 いろんな法人もありますし、事業の方向性も全然違いますので一概には言えないとは思いますが、銀木犀は入居されている方の“お家”ですから、楽しく、最後まで暮らしていけるようなところにしていきたいと思います。そうすると、おのずと関わり方は変わってくるのかなと思います。ここでは介護する・される、お世話する・されるが全面に出ないんです。それが全面に出てしまうと、おそらく双方にとっていい関係性は生まれないと思います。

みなさん好き勝手に生きています

 単純に、事業者側の都合で生活をしてもらいたくないじゃないですか。入居者の方が好きなように暮らせればいいですし、銀木犀は、施設ではなくて一人ひとりの“お家”ですから。“お家”ですけど、一つだけ違うのは、玄関の鍵を施錠していないことです。

 以前、新しく入居されてきた方が、毎日のように「家に帰る」って玄関を開けてずっと帰ってこないことがありました。認知症のある方でしたが、「いっそのこともう開けようよ。出たいときには出ればいい」と施錠するのをやめたら、自分で戻ってきてくれるようになったんです。

 ここでは必要のない管理はしていませんので、自由です。好き勝手にみなさん生きています。制限の多いような環境下で生活したいのであれば、そういう施設を選ぶべきだと思いますし、私はそういうところでは生活したくはありません。ここに入居されている方すべてに、さまざまな面で開放的であることを説明させていただきますし、それをしっかりと理解されたうえで入居されてきます。

お世話を“する”、“される”ではなく、「ともに」の関係を

 この業界で働きたいと明確な考えを持って介護職に就かれる方はそんなに多くないのかなと思っています。私自身も転職当時は、「介護の仕事をしたい」という思いはなく、なんとなくやってみようという興味はあった。でもそれは介護に興味があったというよりは、建築業界の一現場で働くのとは別の環境で仕事をしたいという興味の方があったのかな。それがたまたま介護業界だった。

 でもやってみてよかった。サ高住では、人生の一番最後をここで暮らして生き遂げたいという思いを持って入居される方がすごくたくさんいます。それに携われるというのは素晴らしいことだし、経験できないような経験をたくさんさせてもらっています。だからこそ、事業者側の都合で生活してもらいたくないんです。お世話をする側、される側ではなくて、本当に一人の人として、ともに支え合いながらの関わりが大切だと思っています。

 介護の仕事は、いろんな人と関われる、さまざまな人と関われるところに醍醐味があります。人と人とのつき合いは、型にはめられるわけがないんです。即座に判断を求められるすごく難しい仕事だとは思いますが、さまざまな柔軟な考えや発想というクリエイティブさや、行動力が常に求められているからこそ、やりがいのある仕事だと思います。

【久田恵の視点】
自由に出入りのできない場所は、「家」ではなく「牢獄」。施設のルールには、「相手のためです」と言いつつ、管理する側の都合によるものが多いもの。そのことを肝に銘じていなければなりませんね。大事なことは、体験や事例からこそ学びます。