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「生きる・暮らす・よりよく暮らす」を実現するための経済的支援

第6回:交通運賃の割引―鉄軌道に焦点をあてて

日本福祉大学 青木聖久

 連載の6回目は、交通運賃の割引を紹介します。ただし、ここでは、精神障害者保健福祉手帳(以下、手帳)所持による鉄軌道(鉄道及び路面電車を含めたもの)の割引に焦点を当てます。

地下鉄間において異なる割引状況

 まずは、公営事業者によるものをみていきます。
 現在、公営事業者は11者が地下鉄や路面電車の運営をしています。なお、ここでは、2018(平成30)年に民間事業者(大阪メトロ)に運営を譲渡した大阪市地下鉄も含めた、12者について紹介します。12者のうち、地下鉄を運営しているのが、札幌市、仙台市、東京都、横浜市、名古屋市、京都市、大阪市、神戸市、福岡市の9者です。
 表1のとおり、精神障害がある人のうち最も数の多い手帳2級所持者に対しては、東京都、横浜市、名古屋市、京都市、大阪市、神戸市の6つの地下鉄では無料となっています。さらに、名古屋市では介護者1人分も無料です。一方、札幌市、仙台市、福岡市は、手帳2級所持者に対して半額となっています。

表1 地下鉄における精神障害者保健福祉手帳所持による割引状況

1級 2級 3級 市外居住の手帳所持者
札幌市 半額(介:半額) 半額(介:半額) 半額(介:半額) 半額
仙台市 半額 半額 半額 半額*ただし、宮城県内居住者
東京都 無料 無料 無料
横浜市 無料 無料 無料
名古屋市 無料(介:無料) 無料(介:無料) 無料 半額
京都市 無料(介:無料) 無料 無料
大阪市 無料(介:無料) 無料 半額
神戸市 無料(介:無料) 無料 無料
福岡市 無料(介:半額) 半額 半額 半額

注 「介」は介護者のことで、手帳所持者と同乗する場合の運賃を表示 

意外と知られていない市外居住者の交通運賃の割引

 一方で、意外と知られていないのが、市外居住者に対する交通運賃の割引です。仙台市、名古屋市、福岡市では、市外居住者も基本的に改札口で手帳を提示することによって、半額となります。ただし、仙台市では宮城県内の居住者に限定されています。
 なお、もう一歩踏み込んで調べてみると、表には掲載していないプラス、あるいは、マイナスの特徴のあることがわかります。
 まずプラス部分について、大阪市の地下鉄では、等級によらず手帳を所持している人が12歳未満であれば、介護者も含めて無料になります。
 一方で、マイナス部分については、横浜市の地下鉄では、年額1,200円(20歳未満の場合は600円)の利用者負担金が必要です。また、福岡市の地下鉄では、手帳1級所持者が無料になる場合、所得制限があります。

大手私鉄の手帳による交通運賃の割引

 次に、大手私鉄における、精神障害がある人への交通運賃の割引をみます。
 JR4社を含めた、事業者は20者です。利用者数や影響力を考えると、ぜひとも大手私鉄の状況を知っておきたいところです。結論からいうと、20者のうち、精神障害がある人に対して交通運賃の割引を実施している、あるいは今後予定があるのは3者となっています。
 ただし、その3者の適用状況は一様ではありません(これについては、後ほど述べることにします)。

JRでの障害者割引の状況

 さて、議論の前提として、まずおさえておきたいのがJRの状況です。民間会社とはいえ、JRのもつ影響力が大きいことはいうまでもありません。JRが実施している障害者割引について、概要を整理したのが表2です。

表2 JR4社で定められている障害者割引の概要

区分 割引対象 割引額
第1種障害者の単独利用 100㎞を超える区間の普通乗車券 5割引
第2種障害者の単独利用 100㎞を超える区間の普通乗車券 5割引
第1種障害者と介護者 すべての区間の普通乗車券、定期乗車券、急行料金 5割引
12歳未満の第2種障害者に同乗する介護者 定期乗車券 介護者のみ5割引

身体障害における第1種障害者と第2種障害者

 現在、JR4社が対象とする障害は、身体障害と知的障害です。
 身体障害については、その範囲はかなり広く、具体的には、①視覚障害、②聴覚障害、③平衡機能障害、④音声機能、言語機能またはそしゃく機能障害、⑤上肢の肢体不自由、⑥下肢の肢体不自由、⑦体幹の肢体不自由、⑧上肢機能における乳幼児期以前の非進行性の脳病変による運動機能障害、⑨移動機能における乳幼児期以前の非進行性の脳病変による運動機能障害、⑩心臓、腎臓、呼吸器、小腸の機能障害、⑪ぼうこう、直腸の機能障害、⑫肝臓の機能障害、⑬ヒト免疫不全ウイルスによる免疫の機能障害の13の区分に分けられています。
 等級については身体障害者手帳によって、おおむね1級・2級が重度、3級・4級が中度、5級・6級が軽度となります。
 重度と中度の一部が第1種障害者、中度の一部と軽度の一部が第2種障害者となります。ただし、①~⑬の区分ごとに、それらの障害の範囲は異なります。

知的障害における第1種障害者と第2種障害者

 知的障害については、全国的に統一された手帳の基準がありません。療育手帳、愛の手帳、愛護手帳とその呼び方もそれぞれです。また、等級についても、①A1、A2、B1、B2、②A、B1、B2、③1度、2度、3度、4度、④A、B、C、⑤A、Bといった具合に、都道府県及び政令指定都市によってばらばらです。そこで、おおむね自治体が重度障害と認定している基準及びそれに準ずる人を第1種障害者、それ以外の中度及び軽度障害と認定されている人を第2種障害者と位置づけています。
 現在、精神障害は、JRでは障害者割引の対象になっていません。
 仮に第1種障害者と第2種障害者にわけるとすれば、どのようになるでしょうか。その前提として、精神障害者保健福祉手帳では1級が重度、2級が中度、3級が軽度とみなされています。これを、単純に知的障害の基準にあてはめれば、精神障害者保健福祉手帳1級所持者が第1種障害者、精神障害者保健福祉手帳2級・3級所持者が第2種障害者となるのではないでしょうか。実際、西鉄(西日本鉄道株式会社)と近鉄(近畿日本鉄道株式会社)では、精神障害を交通運賃の割引の対象にしており、このような区分にしているようです。

100㎞を超える区間

 次に、割引の対象である「100㎞を超える区間」とは、どのあたりでしょうか。
 東京駅を起点にすれば、東海道本線で熱海駅までが104.6km、東北本線で雀宮駅までが101.8km、中央本線で笹子までが100.4km、総武本線で旭駅までが103.6kmとなります。距離にかかわりなく割引が望まれることはいうまでもありません。

精神障害を対象に交通運賃の割引を実施している大手私鉄の現状

 精神障害を対象に交通運賃の割引を2023(令和5)年8月時点で、すでに実施しているのが、西鉄と近鉄です。西鉄では、2017(平成29)年4月から精神障害がある人を対象に交通運賃の割引をしています。精神障害者保健福祉手帳のすべての等級に対して、距離の制限を設けず、すべての区間で普通乗車券と定期乗車券に対して5割引を実施しています。さらに、1級の精神障害者保健福祉手帳所持者の介護者に対しては、普通乗車券と大人通勤の定期乗車券に対して、5割引を実施しています。
 また、2023(令和5)年4月から、精神障害がある人を対象に交通運賃の割引を開始した近鉄は、表2と同様の基準で運用しているようです。
 一方で、2023(令和5)年10月から実施予定の京急電鉄(京浜急行電鉄株式会社)では、精神障害者保健福祉手帳1級所持者が介護者と一緒に京急線を利用する場合に限って、本人・介護者ともに普通乗車券(紙の切符)が5割引になります。手帳1級所持者の割合が、手帳所持者全体で約1割ということを考えれば、かなり限定的な内容だといえるでしょう。

制度やサービスがなくても窓口の人に伝えてほしい

 これまで、全6回にわたって、精神障害がある人が使える経済的支援(所得保障、出費の軽減)について述べてきました。特に、心がけた点は「もしかしたら、こんな制度やサービスがあるのではないか」というように、支援者に「ひっかかり」をもってもらえれば、ということです。仮に自治体や、企業に制度やサービスがない場合、「え、他の○○では、このようなものがあって助かっているんです」と、可能ならば一言、窓口の人に伝えてほしいと思います。それだけでも、ひとつの実践になります。

どのような未来を社会の一員として創造するのか

 本連載ではお伝えできませんでしたが、プロ野球でも、約半数の球団が、精神障害がある人に対して、チケット料金の割引をしています。その状況を調べるために、私が某球団に電話で問い合わせたとき、「そのようなサービスは一切ありません」と冷ややかにいわれたことがあります。もちろん、謝る必要はありません。でも、なのです。一企業の窓口担当者には、社会のありようにも、目を向けてもらい、社会全体のなかで、どのように自身の企業が取り組みをしているのかに関心をもってもらいたいと思っています。
 私たち支援者にも、同様のことがいえます。サービスがある・ない、の二者択一で完結せず、社会全体との関係で、自らが知るべきこと、なすべきこと、そして、どのような未来を社会の一員として創造するのかを考えてもらえればと思います。